第11話 会議

 ランタンが光源である長方形の部屋に集まるのは新保進派をまとめる幹部。そこには茜の姿もあり、俺は茜の左隣で会議室を見渡していた。


「今回の奇襲でこの戦いを終わらせます」

 幹部たちによる感嘆の息が洩れる。

 俺たち先を知っている者からすればシナリオに従うのだから驚きもなく、なんなら結果すらも知っている。だからといって俺はそのシナリオには関係ないのだが。


「明日の正午、元化派の第一基地バベルでの戦闘に備え、各々部隊の管理をお願いします。私は元化派代表との一騎打ちが予想されるため、戦力として数えないように」


 凛々しく取り仕切る姿は派閥の代表そのものであるが、周りの視線は上司を見る目ではなく、スターを見る憧れの視線であるように感じた。


「一人であの代表を相手してくれるというのであれば、我々が負けるはずはありません。征條さんがいてくれてよかった。あなたがいなければ我らは奴らの奴隷にしかなり得なかったでしょう」

「そうです。奴らはグラティアを散々否定しておきながら、結局はグラティアの力に頼ってばかり。そんな奴らの泣きっ面がやっと見られるのです」


 こいつらを見ていると、どれだけ茜が崇高な信条を持っているのか、そして彼らには真の意味で信条を理解、納得できていないのだとわからされる。


 俺流に言えば、ロマンを持たないってやつだ。


 ここにいるすべての人間がそうではないのだろうが、俺としては彼らの姿にロマンを見いだせないからどうも好ましく思えない。

 しかし、彼らは幹部だ。両派閥における意思の尊重がこの派閥の理念であることは決して忘れてはいけないがゆえに言わなければいけなかった。


「私たちはむやみやたらに殺しをしてはいけません。当然貶めることも許しません。そんなことをすれば彼らとなんら変わらない」


 だが余程興奮しているのか、茜の代表らしい発言を盛り上げるよう拍手が巻き起こる。

 俺にはここが幹部の集まりには決して思えない。


 ――盲目な信者による茶番だ。


 だから茜は力強く訴える。代表として、自分の信条をわかってもらえるように強く――


「皆さん。わかっていますか。私たちは旧保進派のようにはしてはいけないんです。当然、今の元化派の行いも許されません。だからといって、新保進派の意見を押し付けることも許されないのです」


 もっともなことだろう。だが同時に、それはあまりにも理想的すぎるのだ。それ自体は俺好みだ。しかし、代表として前に立つ人間が言ってしまうと話は変わってくる。


 誰もが気高くない。ここに集まる幹部のように。


 俺は知っている。このような場で、理想を――ロマンを語るとどうなるか。


「征條さん。あなたの言うことに間違いはないのでしょう。ですが、あまり綺麗ごとばかりを言っていると派閥の心が離れていってしまいますぞ?」

 脅すような文言を言うのは骨のような男。濡れたような長い髪で顔がよく見えないが、じっと見つめる目には不快感を覚える。


 そしてまた、茜も何が起こったのかわからず声に動揺をのぞかせた。

「え? 北方(きたかた)さん? 何を言ってるんですか」

 北方と呼ばれる男は偉そうに立ちあがると、高い身長を見せつけ、見下しながら強い口調で語りだす。


「我々は元化派に今までされてきたことを、誰一人忘れていません。それにも関わらずそんな綺麗ごとが本当にまかり通ると思っているのですか?」

「ここは旧保進派ではありません。新保進派です。戦いに勝っても、決して貶めることはしないと作られた派閥です。その理念を忘れたのですか」

「忘れるわけがありません。私はここにいる誰よりも、その理念に共感しておりますぞ。だから保進派を抜け、新保進派を支持し、幹部にまでなれたのです。ですが、私の感情とは別に大衆の感情は、綺麗ごとで片付くものでもありません」


 嫌味な奴だ。自分の意見を大衆の意見だと豪語し、会議の主導権を奪おうとしている。

 加えて、言っている言葉も間違ってはいないから厄介。

 茜の語る綺麗ごとは、いわゆる茜のロマンだ。


 今までは、茜が語るロマンがあったからこそ周囲はついっていったのだろうが、いざ結果を目の前にすると気高きロマンを持ち続けるのは簡単ではない。

 きっとこの会議室で茜の信条を真の意味で理解している人はいないのだろう。

 だから会議室の空気は憧れから不安へ、やがて疑問を醸し出すようになる。


「し、征條さん。我々はあなたを支持致していますが、北方さんの言うことも一理あるように思うのです」

 それに勢いづくよう北方が言う。


「綺麗ごとでは済まないのですよ。あなたの立場はそろそろ現実を見るべき時だと私は思いますぞ」

「皆さんの意見はわかりました。ですが、当初見つめた目的から眼を離せばもう見ることは二度と敵わないのです」

 茜は冷静に、それでいて熱のこもった言葉を紡ぐ。


「新保進派は両派閥の共存を目指してきたではありませんか。平和により解決したいから、皆さんだって私に付いてきたのではないですか。思い出してください、そしてどうか賛同する皆さんのお力をお貸しください」


 躊躇いもなく茜は頭を下げた。それは簡単のことではないのだと皆も知っているのだろう。茜の言葉に場の空気が再び傾こうとしたのだ。俺は思わず息が洩れてしまう。


 あまり本人には言いたくないが、茜がどうして派閥の代表なんてものができるのか理解できてしまったのかもしれない。

 それは彼女が背負った過去が形作った姿なのかもしれない。それでも俺にはチカ姉と同じような、ある種の才能のようにも感じる。

 茜はなるべくしてこの立場を背負ったのか。


 皆は見失っていたものに気が付くように目を見開く。ただ一人を除いて――


「現実は違う」

 それを言ったのはやはり北方。


「征條さんも気づいているでしょう? 賛同して今までやってきたものの、我々だけでなく皆の胸の内に、報復の感情があることを」


 茜が光だとすれば、北方は闇。光を蝕むよう支配する闇は続けて語る。


「この感情を持つことはおかしくありません。なんたって、皆が貶められてきたのですから。皆があなたのような気高さを持っていないといい加減気づいたらどうですか」

 茜はそれに気づいていなかったのか、硬直してしまう。

 実際に北方が言っていることは正しかったから。


 ロマンを気高さだとするなら、この会議でロマンを語っているのは茜だけ。あとは賛同して、付いていくことしかできない妄信する幹部ばかりだ。茜とて憧れの視線を一身に浴びているのだから気づかないはずがない。


 だからわかってしまったのだろう。北方が何をしようとしているのか。

 そんな彼らに現実を叩きつけたらどうなるかを。

 乾いたスポンジのようにすべてを呑み込む。


「だから報復をしましょう」

「そ、そんなこと、認められません‼」

 声を荒げる茜と、冷静に語る北方。皆がどちらの言葉に耳を傾けるか一目瞭然だった。


 本当は俺に見せたかったのだろう。茜の信条に賛同する彼らの姿を。

 しかし、今は見せたかった逆の姿。だから俺は動かない。


「何も同じように非戦闘員までとは言いません。ですが、あちらの代表くらいならいいでしょう」

「できません‼ そんなこと許しません」


 わかってやっているのだろうが、本当に嫌な奴だ。これでは……いや、なるほど、北方の目的はそこにあったのか。


「許さない? 我々に必要なことですぞ。報復無くして主要派閥からどうやってこの派閥を守ると言うのですか。それができないから、我々は明日、戦いに行くのでしょう?」

「そうですが……そうしたら今まで掲げてきた理念から外れてしまいます」

「時にそれは必要なことですぞ。それができないなら、派閥を捨て、理念を貫きますか?」

「そ、それは……」


 できない。できるはずがない。もしそんなことをしても、誰もついてこない。

 まるでこの時を待っていたかのような笑みと、大きな動きはこの部屋にいるみんなの注目を集めていた。


「できませんよね。なんたって、征條さんは裏切り者ですから」

「……」


 何も言い返せない茜。だが、事実なのだ。


 茜にどれだけカリスマがあっても、どれだけ賛同する者を集めても、一度付いてしまった裏切り者のレッテルが剝がれることはない。それを一番理解し、一番気にしているのは散々罵られてきた茜なのだ。


「征條さんは元化派の代表を倒すことだけお考えください。私とて、あなたに賛同してやってきたのですぞ。一人の犠牲で丸く解決できるよう考えてみましょう。私が現実を見据えて皆を導いて見せますから」


 これが北方の狙いだったのだ。

 茜から地位の略奪。


 こいつは以前にあったという保進派ではそれなりの立場だったのだろう。そして、自分では元化派の代表、責人を倒せない。倒せるのは茜だけ。であれば一番の功績をたたえられるのは茜だ。茜の立場は確かなものとなる。


 だからその前に派閥を自分の物にしていこうという意思を強く感じる。

 会議室には憧れの視線はもうない。

 各々が派閥の為にそうするべきだと、冷静に、それでいて諦観と納得の表情を浮かべる。


 北方を中心に会話が勝手に進む中、茜は影の中で子供の顔をしていた。

 きっと、散々そんな姿をしてきたのだろう。


 裏切る決断をするときも、裏切り者と罵られた時も、代表として立つときも。

 それでも賛同する皆が支えだったに違いない。


「おい。そこの裏切り者」

 だから俺は言った。

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