第7話 世界の仕組み
「茜さん‼ 大変です‼」
「どうしたんです。落ち着いてください」
「あ、あの、元化派がこちらに攻め入って、その数、千を越えるという報告が」
千を越えるだって? この世界でどれだけの人がいるのかわからないが、それにしても数が多いように感じる。しかもここは地下世界だ。だというのに――
「どうしてこの場所が?」
「わかりません……」
報告に来た女性の視線は楼を僅かにとらえる。
このタイミングは致し方ない。俺でも俺を疑う。
「彼は違います」
「ですが!」
楼の前に立ち真剣に一点を見据えるその姿には貫禄を感じた。その姿はこれまでに見たことない派閥の長としての姿。
「彼を疑うなら私を疑いなさい。私はずっと彼と一緒に居ましたので」
「……申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼女に楼は手で大丈夫と伝える。その場に居づらそうにする彼女は茜に外へ出るよう伝えその場を去っていく。
観光気分だった空気もすっかり真剣そのものに変わった。
「これはシナリオ通りか?」
「ええ、ですのでワームは関与していないかと」
それなら俺も実戦で試すことはできないし、ただの足手まといだ。
だが、ここで一つ疑問に思う。
「シナリオ通りなら、緊急事態に対応できたんじゃないか?」
「対処しましたよ。車で送ってくれた仲間を通じて、戦闘の準備だけするよう伝えました。その結果、私では変えることはできないのだと改めてわかりました」
「だが、戦闘準備しか伝えていない訳だろ? 変えられないと決まったわけじゃ」
「変えられないんです。このシナリオには私が必要だったから。だから私がきたタイミングに合わせて攻めてきたのでしょう。おそらく戦闘準備だってされてません。されているのであれば焦って報告などしに来ませんから」
細くハッキリとした眉を顰める茜。
主人公である茜ですら変えられないのだから他に誰が変えられるというのか。そんな人はこの物語の登場人物にはいない。物語を変えることができるのはおそらくワームだけ。
話しているうちに辿り着いた地上ではやはり戸惑っている人々。
その姿こそがシナリオを変えられないという証明だった。
地平線上に昇るようにして現れる数多の人間。
その姿がはっきり見えた刹那、世界から音が消えた。
――カァン
◇◆◇
「全体、止まれ‼」
軍隊さながらの足音でひりついた静寂を作る。
落ち着き払った田地からは風による草を撫でる音のみが残り、他の生物はこの空気に飲まれぬよう逃げ去ったようであった。
「新保進派に告ぐ。直ちに能力を解除し、こちらに投降せよ。さすれば命の保証はする」
よく声の通る男のセリフに納得できる者はいない。
それはお互いがわかってやっていた形式上の通告。よって反抗を行動にも表し、両陣営から〈グラティア〉の声が溢れんばかりの声量でぶつかり合った。
†
「おい、どうしたんだよ。さっきからおかしいぞ」
世界に響く拍子木の音によって、茜は楼の姿など見えないかの如く敵陣営を見据える。その手には硝子の剣が握られており、力強く握られるその手には迷いなどみせぬ逞しさがあった。
明らかに世界が変わった。茜だけではなく、先ほどまで何が起こったかわからないと騒いでいた男たちも、覚悟を決めた殺意を敵陣営へぶつけている。
「茜‼ 返事くらいしろよ。無視すんなよ!」
手で揺さぶろうにも微動だにしない茜。
まるでこの行動しか許されぬ人形のようで――
「まさか、そういうことなのか……今起こっているこの出来事すべてがシナリオ通りということなのか」
楼は自身の仮定に従い、田んぼだろうがいざ知らずと茜から離れようと駆けだした。
「俺はどうすればいいんだ。この雰囲気からここで戦闘が始まることは間違いない。こんなところ無力な俺がいていい場所じゃないんだ」
だが、この開けた土地で逃げられる場所なんてあるわけない。ましてやこの戦闘がどれほどの規模になるのかも、どのような結末になるのかも俺は知らない。
「こんなことになるなら本を読んでおけば、茜に聞いとけばよかった」
†
「「行けえええ‼」」
両派閥、両代表の叫ぶ声とともに両陣営左右に広がる能力者が地を駆け、技を放ち、空を駆け、血潮が舞うことで戦闘が開幕した。
その中でも周りが避けるように円形になった空間。中心には二人の代表がいた。
「茜……どうして君がそこにいるのか、僕は何度考えても理解できない」
頭痛を抑えるかのように白い髪を強く握る。
「私には自分の信じる正義があります。
それを皮切りに硝子の礫を当てる茜。それを腕から放つ炎で跳ねのける責人。
「信じる正義だって? 君も僕と同じ正義を語っていたじゃないか」
「ですが……その正義の裏にはたくさんの犠牲がありました‼」
「たくさんの犠牲など当たり前だ。それが己の正義なら犠牲を許容して貫かなくちゃいけないんだ」
間合いを詰め、上段から振り下げる剣を身体具現化により作られた炎の剣、もとい炎の右腕で防ぐ。互いのそれがぶつかることで飛び散る硝子と炎。
灼熱の炎により溶解した硝子はもはやマグマ同然だった。
この周囲に人がいないことだけは幸いと言えよう。
†
「うわあ、あっぶねぇ」
いないも同然の楼の目の前には、ぐつぐつと煮立ったマグマ擬きが飛び散っていた。
結局この周囲は地上も空中も、能力によって繰り出される当たれば必死の攻撃が飛び交う。そんな中唯一、誰も近寄らない円形の空間があったのだ。だからと、がむしゃらに走って飛び込んだ矢先のマグマ。
「俺を殺す気か!」
その可能性も濃厚だと冷静に考えつつ、目の前の光景に驚き腰を抜かす。
硝子の剣を持つのは茜。楼が見たこともないような形相で、剣をぶつけ、硝子の礫を降らし、捲し立てるような攻撃をしている。
だが、驚いたのは茜を見てではない。
炎を纏い、脂汗をにじませる白髪の男。年齢の程は二十五程。いや、そうではないとおかしいのだ。そもそも、その男から炎が出ていることがおかしい。
「ど、どうして街長が……」
彼は池袋の街の長であり、今朝会ったばかりの男、菊輪和重だった。
しかし、街長がこの世界にいることはどう考えてもおかしい。茜と共にこの世界に来た時、トレーラーの中には街長はいなかった。だからこの世界に来ていないはずだ。なのにどうしてこの世界にいるんだ。
「おい、街長ァ‼ 和重‼ 菊輪和重‼」
まったく反応せず戦闘を続ける二人。そんなこと楼もわかっていた。二人はシナリオ通りにここで戦闘をしているだけなのだから。
だが、呼ばずにはいられなかった。
だってこの世界で呼ばれている彼の名は――
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