雨で隠れた太陽の行き先

CHOPI

雨で隠れた太陽の行き先

 夏は、炭酸水みたいにシュワシュワはじけて、爽やかですっきりしていて。だけど少しだけ胸が切なくなる。


 これは私に訪れた、私だけの炭酸水の思い出。



 ――突然の通り雨。これは神様がくれた最初で最後のチャンスかもしれない。そう思った理由は、たまたま横にキミが雨宿りに来たからで。……だって、思わないでしょう。大好きな人と二人きりになるチャンスがこんな形で、急に訪れるなんて。


 私の住んでいる地元には、ちょこっとだけ縁結びで有名な神様を祀っている神社があって。キミに恋をした日から、学校帰りに少しだけ遠回りをして毎日欠かさずお参りしていた。


 その日もいつものようにお参りをしていると、急に雨が降り出した。


 あまりの突然の雨の音に驚いて、お社に背を向けて参道の方を見る。ゆっくり石段を下まで下りると、屋根の届かない場所はもうすでにシミがいくつも重なって地面を濡らしていた。結構な勢いで降ってきたそれは、夏特有の通り雨の類だった。私は基本、折り畳み傘を常に携帯しているから突然の雨にも困ることは無い。だけど今日は、それを使う気にはなれなかった。


 雨の降る中、視線を向けた参道の先。鳥居をくぐってこちらの方に駆け込んでくる人の姿。……あぁ、神様。だってそんな、それはあまりにも急な話しじゃないですか。


 「お、先客いるー!」

 そう言いながら小さなお社の屋根の下、キミが滑り込むようにして私の隣に立つ。そのまま走ってきた参道の方を振り返って『急に降ってきたなー』と独り言のように呟いた。そのまま続けてキミは『あちー……』と言いながら、少しだけ濡れた、第一ボタンを開けているワイシャツの首元を引っ張ってパタパタと風を自身に送り込む。どうやら雨の降り始めにはこの近くに居たらしい。駆け込んできた割にはそこまで上がっていない息と、まだいうほどには濡れていない様子から、そんなことをぼんやり考えた。


 空を少し睨むようにして見上げて、口元をとがらせながら『やられたわ……』とぼやくキミ。私は、というと、そんなキミの様子を横目で確認するのが精一杯だった。


 雨の音にキミと二人、包まれて。元来人気の少ないこの神社は、その世界が雨に切り取られたかのようで、この世界にキミと二人だけ。そんな錯覚を起こす。


「今日、雨の予報なんてあった?」

 突然話しかけられて、少しだけビックリした。普段同じクラスにいるとはいえ、キミと話す機会なんてそうそうない。いつもキミは、仲のいい友達と楽しそうに窓辺の席で盛り上がっていて、私はそんなキミを視界の隅に密かに入れる、だけ。そんな感じのキミとの関係。


 友達もほとんどいない、自席で本を読んで過ごすことの多い私。そんな私と正反対のキミは、いつもみんなの会話の中心にいるのに嫌みがなくて、まるでみんなを照らす太陽みたいだなって。太陽に惹かれるのは自然なことなのかもしれない。なんて思う。


 「えっと、たぶん。にわか雨、くらいには言ってたような……?」

 慌ててキミの言葉に返事を返す。それを聞いたキミは『じゃあすぐ止むんだ。このまま少し待ってよ』と呟いた。……あぁ、神様。私、心の準備なんてとてもできていません。


「立ってて疲れない?」

 そう言ってキミは先に石段に腰を下ろした。そんなに広くない石段の幅、私が座れば必然的にキミとの距離は数センチになる、そのことにドキドキして。神様に毎日お願いしていたご利益、だろうか。


「えっと、じゃあ……」

 そう言って、ありったけの勇気を振り絞ってキミの横へと座る。もう、視線をキミの方へ向けることは叶わなかった。その分、視界の隅に映るのは、キミの袖をまくったワイシャツから見える腕から、足先のスニーカーにかけての半身部分。心臓の鳴るドキドキという音がキミに聞こえはしないだろうか、なんてことを現実で考える瞬間がやってくるなんて思わなかった。少しでも身体を動かせば触れてしまうくらいの、だけど触れることのないギリギリの距離感。思わず息を詰めてしまうくらいに、とても距離が近くて。


 視界に映る自分の両足を抱えて、靴のつま先をじっと見ている、フリをする。だけど頭の中はもう、大パニックだった。いつも教室で見ているはずのキミなのに、距離がこれだけ近くなった途端、他の、いつも見ていただけではわからなかったことばかり目がいってしまう。


 例えば、近くで並んでみると意外と頭一個分違うんだな、とか。ちょっとだけ見える腕が実は結構筋肉があるんだな、とか。キレイだと思って見ていた手は、近くで見ると意外と大きいんだな、とか。その手が思いの外、節くれだった手をしていて、あぁ、“男の子”なんだな、とか。


 二人並んで眺める雨の世界。会話らしい会話なんて全然、何一つ出来なくて。……あぁ、神様、意地悪すぎやしませんか。憧れの人と会話するにはもう少し、準備が必要なんです、なんて。いつも“キミと話してみたい”“キミと仲良くなりたい”なんて毎日飽きもせず願っていたくせに、いざチャンスが来ると逃げ腰になってしまう私は、正真正銘の臆病者で。


 少しずつ白んでくる空に、あぁ、タイムリミットが近づいている、そう思った。もうすぐこの通り雨は止んでしまう。そうしたらこの二人の世界は終わりを告げる。また、太陽はみんなの元へと帰ってしまう。


「もうすぐ止みそうだな」

 キミも同じことを考えていたようで、その言葉に『そうだね』と返す。雨脚は確実に弱まっていて、あぁ、本当に、あともう少し、だ。


「あ、向こう。虹、出てるじゃん!」

 キミが叫んで指さす先に視線を送る。そこにはまだ薄暗い雨雲を背に、キラキラと輝く七色の橋が架かっていた。キミは嬉しそうな声で『写真撮っておこー』と言いながら、スマホを空に掲げている。数枚撮ったのか『お、上手く撮れた! これ、送ってあげるよ』と言ってクラスLINEから私の個人LINEを見つけて写真を送ってくれた。LINEの通知音が響いて、自分のスマホを開いてみれば、そこには空に架かる橋が奇麗に収まった写真が数枚。


 キミがこちらを見ていないうちに友達登録をする。勝手にLINEを登録するのは忍びなくて今まで登録していなかったから、あまりの嬉しさにスマホを両手で握りしめて胸にあてて俯く。口の端が自然と上がってしまうのが自分でもわかった。


 少し経って、完全に雨が止んだ。キミはその様子を見て『お、よし止んだ!』と言いながら、立ち上がる。荷物を持って一歩踏み出して、一度こちらを振り返ったキミが『じゃ、また明日。学校で!』と言う。その声でキミの方へようやく視線を上げられた。いつも教室で遠くに見ていたみんなに向けているその笑顔が、今はとても近くて。しかも私だけに、向けられていて。


「あ、うん。また明日」

 私がそう答えると、キミは私に背を向けて、参道を鳥居に向かって歩き出した。その背中に無意識に手を伸ばそうとしている自分に気が付いて、何しているんだろう、と慌ててその手を引っ込める。せっかくのチャンスだったのに、とか、もうそういうことは頭に一切浮かぶことは無くて。私のキャパが本当にギリギリだったんだ、と思った。


 先を歩くキミの背中を見つめながら、私は一人、まだ石段に座ったまま動けなかった。さっき架かっていた七色の橋は、もうとっくに薄くなっていて。もう一度、キミが送ってくれた写真を見返して、今度は写真を保存しておく。もう二度とこんな幸運は無いかもしれない。でも、それでもいい。そう思ってしまうくらいには、浮かれている。


 雨上がりの空、もう見えなくなったキミの背中。


 写真ですら残せないこの感情は、だけど一生、私の中で消えることが無いんだろう。


 そんな予感がした。

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