第12悪 真の悪を教えて差し上げなさい

 丘陵地帯を越え、ヴェイゼル平原を越え、山脈を超えた先に、その国はある。

 ゴブィエト破戒主義狂魔国連邦。その首都、ゴブーリングラード。


「見えてきたわねぇ……」


 眼下に広がる景色を目にして、リーリスが緊張を孕んだ声を出す。

 ここは変わらず、魔王城の玉座の間。

 しかし、今、私達が立っているその床全体に、外の景色が映し出されていた。


 魔王城は空中機動要塞であり、玉座の間はそれを操縦する管制室でもあるのだ。

 操縦しているのはファスロ――、ではなくシュトライア。

 ファスロは魔力が低くて浮かせることもできないからね、仕方ないよね。


「俺達の存在は、気づかれていまいな?」

「隠蔽用の鏡面結界を展開していますので、まず大丈夫でしょう」


 操縦中のシュトライアを膝の上に乗せ、ファスロがサードにそう返す。

 魔王城は現在、かなりの高度を航行している。

 しかも誰にも見つからないよう、周囲に魔法のバリアを張ってるんだって。


 魔法ってすごいなー。

 と、私がのほほんとそんな感想を抱いていると――、


「では、我が主より改めて対ゴ連に関する説明がある。拝聴せよ」


 ぴゃいッ!?

 ちょっとサード様ったら、いきなり何の冗談でございますこと……?


「わかりました、お聞きしましょう」


 ああああああああ、ファスロの反応が早いィィィィィィィィ!


 そして、魔王軍の皆様の視線が私へと集中する。

 あれ、これって何だかちょっとデジャヴュ。つい昨日くらいにもあったよーな。


「フフフ、求められたからには、仕方ございませんわね」


 意味深微笑で何とか間を繋ぎつつ、私は足りてない頭を全力で回転させた。

 何だ、いきなり何なんだ。

 何でサードは、こんなタイミングであんなことを言い出したんだ。


 意味がないとは思えない。

 いかにぶっきらぼうで人の心がわからない俺様野郎でも、彼はサードなのだ。

 私の知る〈無欠の月〉は、意味もなく人を困らせるようなことはしない。


 意味があれば人を困らせることをするのかって?

 今の私を見てみなさいよ。それが全ての答えですわよ!


 とはいえ、さすがに何のヒントもなしっていうのは辛いです、サード様。

 そんな気軽に『俺の脳内を当ててみろクイズ選手権』を開催しないでください。


 半ば折れた心で、私は助けを求める視線を彼へと送る。

 全くの同時、サードも私を見ていた。視線がぶつかり、彼の口角が吊り上がる。

 何を『上手くコトを運んでやったぞ』みたいな笑み浮かべてんですかァ!


 ううう、全然わかんない……。

 彼は一体、私なんかに何を期待してるんだろう。


 …………ん? 期待?


 え? 期待?


 き、き、き、期待ッッッッ!?


 私、サード様に期待されてるゥゥゥゥゥ――――!!?


 それに気づいた瞬間、私の脳内の中にあった不満と不安が消し飛んだ。

 まるで、ガンライザー最終回で自爆したステラ・マリスの宇宙要塞のように。


 全身を、激しい熱流が巡っていく。

 サードが私に期待を寄せてくれている。そんなの絶対に裏切れない!


「今まで私達は、いまにゴ連を倒すかについて話し合ってきましたわ」


 サードのように胸を張って、私は朗々と言った。

 何を説明するかなんて、もう考えない。勢いのままに言葉を紡いでいく。


「しかし、ここまで一度も話し合っていないことがあることにお気づきかしら?」

「……話し合っとらんコト、じゃとぉ?」

「何よォ、あんた達のあの極悪無比の作戦以外に、何があるってのよぉ?」


 ゴリアテが首を傾げ、リーリスが怪訝そうな顔をする。

 まぁ、確かにそんな反応になるだろう。これ話してないの、気づいたの今だし。


 あ、ちなみに、私がファスロから本気を問われた、例の作戦について。

 あのあと、私もサードから内容を聞きました。

 この人、正真正銘の鬼だな。って思ったよ。いやー、何考えてんだ、ホント。


 ま、それは今は置いといて――、


「私達の、勝利条件についてですわ」


 たっぷりと間を置いたのち、私は答えを告げる。


「魔王軍を打倒し、諸侯らを吸収したゴ連は規模の上でいえばアレスティア、ヴァレンシアに匹敵するかもしれません。しかし、それは上辺だけのものです」

「国と呼ぶには、色々なものが足りていない、ということですね?」


 私の説明に、ファスロが口を挟んでくる。

 彼の言葉は正しい。ゴ連は、国としてはハリボテに等しい。


「ゴブリンは群れを作りますが、所詮はゴブリン。社会性も乏しく、文明レベルも著しく低い。そんな彼らをまとめ上げ、国として成立させているのが――」

「……ゴブーリンじゃろうが」


 ここまで言えば、脳みそマッスルなゴリアテでもわかるだろう。


「その通りですわ。テクの男ゴブーリンは、ゴブリンの最上位種であるエルダー・ゴブリン。下位のゴブリンを言葉一つで従わせる力をもっておりますのよ」


 エルダー種というのは、各種族の中に時々出現するその種の最上位の存在だ。

 その出現率は著しく低いらしく、魔王軍には一人しかいない。

 それがスケルトン老師で、彼はエルダー・アンデッドに分類される。


「つまり、ゴブーリンを確実に討伐すること。これが、一つ目の勝利条件です」

「一つ目――、ですか?」


 ファスロが問い返してきた。

 それはそうだろう。彼らにとっての勝利条件は、それ一つだけだったのだから。

 しかし、実は違っている。もう一つ、満たすべき条件がある。


「魔王軍の皆様は今まで不思議に思いませんでしたの?」


 逆に、私から彼に問い返した。


「ゴ連は莫大な兵力を保有するに至りました。それは一体、どのような手段で?」

「どのような、って、どういうことよぉ?」


 リーリスのその返しからもわかる。先入観が、彼女達の目を曇らせている。


「簡単な話ですわ。ゴブリンは繁殖力旺盛で、すぐに数を増やす種族ですが、それでも増えるペースが早すぎます。半年前はただの集落程度、だったのでしょう?」

「あ……」


 言われて、リーリスが軽く目を見開いた。気づいたらしい。


「繁殖とは別に、何かゴブリンを急激に増やしている要因がある、と……?」

「その通りですわ。さすがに魔王陛下、聡明であらせられますわね」


 そう、それこそが魔王軍の二つ目の勝利条件。

 ゴ連をゴ連たらしめている最大の秘密。

 ゴブリンの爆辰的な増加を支えるソレを制圧すれば、ゴ連の息の根は止まる。


「ええい、大首領の小娘! さっさと教えんか、そりゃあ、一体何なんじゃ!」


 いきり立ったゴリアテに、私は余裕の笑みを返し、説明する。


「それは――」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 胸の中が不安で一体。

 やったー、ちょっと罵倒されるだけでもすぐ泣いちゃうぞ、今の私♪


 ……吐きそう。


 いや、我に返ったんです。

 サードに期待されてるっていう邯鄲の夢から、さっき、覚めてしまったんです。


 そもそも、彼が誰かに期待することってあるのかなー。とか、

 それに、サードが私に促した説明の内容、あれでよかったのかなー、とか、


 我に返った私を襲う、数々の不安!

 さらに加えて、これからいよいよ対ゴ連作戦開始です!


 ひぃ、胃がキリキリするぅ!

 ううううう、おなかの中ががさっきからゴロゴロしてるぅ……。


「サードさん、準備はいかがですか?」

『問題はない。フフフ、魔王城主砲〈神滅雷ラース・インディグネイト〉か。なかなかよいな』


 玉座の間の空中を四角く切り取った中継用の投影スクリーン。

 その向こうで、アークムーンに変身したサードが、ご機嫌な声で笑っている。


 ――魔王城主砲〈神滅雷〉。


 魔王城の底部にあるそれは、地表に向けて魔法の砲撃を撃ち込むモノだ。

 その特徴は、撃ち込む魔法を自由に選択できるという点。

 原理は簡単で、発射口に設置された大宝珠で術者の魔法を超絶増幅するのだ。


 この武装こそ、私が考案した(ってことにサードにされた)作戦の要である。

 ただし増幅用の大宝珠は一発ごとの使い捨てで、残りは一つだけ。

 つまり、これから撃つ一発が最後で、もう二度と撃てないってことだァー!


 わぁい、胃が痛ーい!

 うううう、失敗が許されないっていうのが、こんなにストレスだなんて……。


『我が主よ』


 必死に胃痛に耐えているところに、いきなり呼ばれた。

 驚きつつ、私は表面上のみの笑みを浮かべて、スクリーンの方に目をやる。


「何か?」

『これから、ステラ・マリスの名のもとに多くの命を刈り取る。よく見ておけ』


 そんな、厳しい言葉を突きつけられた。

 作戦はサードが考案したもの。実行者もまた、彼。

 しかし、それは悪の秘密結社ステラ・マリスの名において行なわれるものだ。


 つまり責任者は、大首領である私。

 この私が、これからゴブリンを大量に死なせる責任を背負わなければならない。

 そう考えただけで、胃の痛みと吐き気が増し、全身が一気に重くなった。


 でも――、私は視線を足元に移す。

 そこには首都ゴブーリングラードの様子が、拡大して映し出されている。


 見るに堪えない光景だった。


 廃墟の連なりにしか見えない街並みを、ゴブリン達が闊歩している。

 多くがその手に鎖を握り、鎖の先には首輪に繋がれた四つん這いの裸の人々。

 彼らは、捕らえた魔族達を飼っているのだ。


 それだけじゃない。


 とある広場で多数のゴブリンが輪を作っている。

 輪の中では、粗末なナイフを握らされた裸の男の子と女の子が戦わされていた。

 魔王城の機能によって、拡大されたその光景の音声も聞こえてくる。


『やめてよ、やめて、お兄ちゃん……!』

『ごめん、ごめん、メグ! でも俺、まだ、死にたくない!』


 泣きながら逃げる女の子。泣きながらそれを追う男の子。

 そして、それを囲んで笑いながら声援を送る汚い顔をした背の低い小鬼達。


「サード」


 自分の心の中に鋼より硬い氷塊ができあがっていくのを感じながら、


「ステラ・マリスの名のもとに、彼らに真の悪を教えて差し上げなさい」


 私は、大首領として彼に命じた。


『了解した。我が主』


 かすかな喜色混じりの返答と共にアークムーンが〈神滅雷〉を発射する。

 蒼白い光の一撃が、ゴ連の首都に降り注いだ。

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