第11悪 明日、ゴブィエト連邦は滅亡する

 大きなオレンジ色のまん丸が、黒いギザギザの向こうに落ちていく。

 すごい遠くに見える夕暮れがとってもきれい。

 と、そこまで考えて、私の口からか細いため息が漏れる。


「……語彙力足りてなーい」


 いや、すごく心を震わせる景色だったんです。

 それを目の当たりにして、ちょっと私も気分が詩的な感じになったんです。

 だから、こう、頑張ってポエミィな表現をしようとしたんです。


 ――その結果が、まん丸とギザギザだよ!


 あー、語彙力ほしーなー。

 豊かな表現力とか憧れるなー。言葉で人の心を震わせるとかやってみたいなー。


 で。


 ステラ・マリスの大首領ことわたくしアンジャスティナ。

 魔王城にいたはずなのに、どーして山の向こうに落ちる夕陽を見ているのか。

 何故、大首領の黒ドレス姿ではなく、紫色の芋ジャージを着ているのか。

 っていうかそもそも、私は今、どこにいるのか。


 謎が謎を呼ぶ新展開!

 悪の秘密結社ステラ・マリスに起きた、衝撃の事実とは!?


「何を一人でブツブツ言っているのだ、愚物」

「ちょっとしたげんじつとーひでございますので、お気になさらないでください」


 背後から声をかけてくるサードへ、私は振り向かずに答えた。

 あー、振り向きたくなーい。振り向きたくなーい。そもそも下を見たくなーい。


 だって、ここ、そこら中に死体転がってるんだモン!

 そう、私の現在地はヴェイゼル平原。魔王軍がゴ連に負けた現場だよ!


 魔王城にダイナミック謁見を果たしたのが昨夜。

 そして今日、ハイパー寝不足で頭重たい私に、サードが言ってきたのだ。


 ――行くところがある。ついてこい。


 昨日、私にあんなコトしておいてこいつ、すっごい平然とそう言ってきたの。

 何かさぁ、その態度が、もう、すっごい普通でさぁ……。

 話しかけられたときにちょっと身構えた私がバカっていうかさぁ!?


 ……はいはい、行きます行きます。


 でも私はそう答えた。

 だって、魔王城に一人で残るのも、まだちょ~っと怖かったし。


 結果、こんな場所に連れてこられたワケですけどね!

 ウヒィ、死体が、人の死体がいっぱい転がってるのよォ!


 広~い平原のどこを見ても、壊れた武器が転がってたり、人が横たわってたり。

 そこに倒れてるのは、人だけじゃない。ゴブリンの死体も転がってる。


 いや、一見してわかる。兵士より、ゴブリンの死体の方がずっと多い。

 魔王軍は数に圧し潰された。その事実の痕跡が、ここに色濃く残っていた。


 そして、臭い。

 なるべく鼻で息しないようにしてるけど、それでもひどい臭気に辟易する。

 当たり前か。つい先週のことだモンね、ここに倒れてる人達が死んだのって。


 って、何でこんなコト、冷静に考えてんだろ、私。

 死体だよ。人がそこで死んでるのに、ぶっちゃけあんまり動じてない。


 いや、怖いけどさ、見たくないけど。

 でも、思ったより動揺してない自分を感じる。


 これは前世の私――、ではなく元のアンジャスティナの気質の影響かな。

 キモの据わり方がハンパじゃなかったモンなー、前の私。


「オイ、そろそろ戻るぞ」

「あ、は~い。結局、サード様は何がしたくてここに――」


 考えていたところを呼ばれて、私は警戒もなしに振り返ろうとしてしまった。

 両脇にゴブリンの死体を抱えているサードがいた。


「何持ってるんですかァァァァァァァァァァ!!?」

「見てわからんか、ゴブリンとやらの死体だ」


「そうですけど、そうじゃなくて!」

「大半が腐敗していたが、この二体は保存状態がよい。厳選した甲斐があったぞ」


 何でちょっとホクホク顔なのよ、このダークヒーロー様は!


「その死体、何に使うんですか……」

「フ、わからんか?」


 わかってたまるか。

 こっちは死体の使い道なんて、考えたくもないんですよ!


「まだまだ、組織を率いる者として不完全だな、愚物」

「不完全で悪かったですねー。私は完全なるサード様ではないのでー……」

「そう、俺はサード。完全にして最強にして唯一にして無二なる〈無欠の月〉だ」


 死体抱えた状態でカッコつけても色々無理です、サード様!


「喜べ、愚物。この完全なる俺が、貴様に今後必要となるモノを指南してやろう」

「はぁ……、ありがとうございます?」


 彼の言ってるコトがほとんどわからず、私、とっても生返事。


「では戻るぞ」

「え、あれ……? あの、指南は?」


 くるりと踵を返して私に背を向けたサードに問うと、


「まずは自分で考えろ。それもまた、指南の一環だ」


 そんな答えが返ってきた。言うだけ言って投げっぱなしか!

 結局、サードは何も教えてくれないまま、私と彼は魔王城に戻ったのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 疲れた。とても、疲れた。

 体の疲れはほとんどないけど、メンタルが疲れた。全身、鉛みたいに重い。


「はぁ~、しんどい」


 あてがわれた部屋で、私は指輪に触れて黒ドレス姿になる。

 すると体についていた匂いもさっぱり消えて、代わりにフワリと薔薇の芳香。


 サード曰く、お風呂に入らないでもこの指輪で体の清潔さを保てるとのこと。

 さらに、香水をつけずに、好きな香りを纏うこともできる。


 これ、どんだけのチートアイテムなのよ。

 一つあるだけで、人の生活に与える影響が大きすぎるんですけど?


 と、いっても、それで私が生き残れるワケではない。

 私がこの世界で生き残るには、大首領を演じ続けるしかないのだ。

 どれだけ、メンタルが削れていようとも。


「お風呂、入りたいなぁ……」


 ボヤき、そして部屋を出る。

 これから対ゴ連に向けた本格的な作戦会議が行なわれる。


 朝にも軽くやったけど、ブリーフィングってやつ?

 サードはそう言ってたけど言葉の意味は知らないんだよね。ハマチ?


 色々考えながら歩いているうちに、私は玉座の間の前に到着する。

 そこで一度、軽く深呼吸。

 頭の中のスイッチを切り替えて、これから私は大首領アンジャスティナ。


「お待たせして申し訳ございません、皆様」


 両開きの大扉を開けて、まずは中にいる全員へと声をかける。

 すると――、あれ、何この空気。


「来おったわ……」

「来ちゃったわねぇ、あの子ぉ」


 ゴリアテとリーリスが、何やら顔を青ざめさせてこっちを見ている。

 シュトライアも、玉座の陰に隠れながら私の方を覗いてるけど、一体何事?


「来ましたか、大首領さん。ところで――」


 ファスロが、私への反応もそこそこに、いきなり切り出した。


「……本気ですか?」


 何が!?


「フン、本気に決まっているだろう」


 言ったのは、サード。

 先に来ていた彼は、ファスロの隣に立って訳知り顔で腕を組んでいる。


「やると言ったらやる。この女はそういう女だ」


 だから、何が!!?

 何、何なの! 私、一体何をやらかすことになったの!?


 全くワケわからないけど、とりあえずサードの仕業なのはわかった。

 彼が、魔王軍の皆さんに何かとんでもねーコトを吹き込んだに違いない。


 何つーことをしてくれてるのよ、この最強戦士。

 皆さんの顔色を御覧なさいよ。完全にドンビキしあそばれてるじゃないの!


「ホーッホッホッホッホ、つまりはそういうことでしてよ、皆様!」


 まぁ、私もノるんだけどさ!

 ノらないと怪しまれるだろうし、何か大首領っぽさも演出できそうだし。


 すると、途端に空気が重みを増した。

 ファスロがなおさら真顔になり、ゴリアテとリーリスがゴクリと息を飲む。

 私を覗き見していたシュトライアが、サッと玉座の陰に隠れた。


 思った以上にリアクションが深刻だった。

 サードは一体、彼らに何を言ったのだ。戦々恐々としながら、私は彼を見やる。

 すると、サードは腕組みをしたままのどの奥で笑い、


「わかったら貴様も腹を括るがいい、魔王の雑魚」


 魔 王 の 雑 魚 。


 ちょ、あの、サード様……?

 あなた、仮にも一国の元首であらせられる魔王陛下に、何という呼び方を……。


「デカイ雑魚、羽根の雑魚、ガキの雑魚、骨の雑魚、貴様らもだ」


 ご丁寧に全員分の呼び方用意してあるぅぅぅぅぅぅぅ!!?


「この作戦によって、明日、ゴブィエト破戒主義狂魔国連邦は滅亡する!」


 ――って、何ですと?


 ゴ連が、明日滅亡する、ですって?

 DLC追加ルートでも散々苦労してやっつける相手なのに、それを、一日で?


「信じがたいことですが、本気のようですね」


 ファスロが俯き、重々しく言う。

 そうですね、信じがたいですよね。私も今まさに信じがたいです!


「ステラ・マリス、何ちゅう、恐ろしい作戦を考えよるんじゃ……」


 ゴリアテがその巨体をにわかに震わせ、かぶりを振った。

 その、ステラ・マリスの考えた恐ろしい作戦、私、まだ何も知りませんけどね!


「はぁ~……」


 リーリス、長い長~い、ため息。

 お願いだから、せめて何か一言くらい言ってよォ!


「…………大首領の嬢ちゃんは、怖いのう」


 ちょっと。いつも飄々としているスケルトン老師がこの反応って、どんだけ。

 思わず、私も真顔になりかけてしまった。


「その顔つき、心底からの本気、という顔ですね」


 そしてファスロに勘違いされた。


「ならば僕も、付き合いましょう。とことんまで」


 さらに彼に覚悟まで決めさせてしまった。

 サードと、それから魔王軍の面々の視線が、内心汗ダラダラの私へと集中する。

 その視線に、私は――、


「ええ、共に参りましょう。――地獄の底まで」


 陰のある笑みを浮かべ、そう返すのだった。

 こんな空気の中で、他にどう答えればいいっていうのよォ――――!

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