第10悪 簡易的な儀礼行為を行なっているだけだ

 ものすごく頑張って大首領したのに『お断りです』されてしまった。

 どうしよう、ちょー泣きそう。


 え、何で。どーして。

 私さ、我ながら大首領頑張ってたと思うんだ。


 かなりイイ感じに悪の大首領やれてたと思う。

 魔王軍の皆さんも、私の大首領ロールプレイにビキビキきてたよね?


 …………だからか!?


 悪の大首領が悪すぎて、みんなキレちゃった? やりすぎた!?

 え、でも、う~ん。

 あー、うー、頭の中がグルグルするよぅ。


 ああ、何だろう。何が悪かったんだろう。

 断られた理由が皆目わからず、私の中で様々な可能性が浮かび上がってくる。


 こういうとき辛いのが、浮かんだ疑念がなかなか消えないコトだ。

 自分のここが悪いんじゃないかという思いが、ずっと頭に残り続けるの。


「僕がステラ・マリスに降る。それは別に構いません」


 って、あれ?


 『お断りです』とか言ってた魔王陛下がいきなり真逆のコトを言い出した。

 無表情のまま、彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「しかし、恥を晒しますが、もう少しだけ僕は魔王である必要があるんです」


 ああ、そういうことか。

 彼が私の誘いを断った理由が、今、すとんと腑に落ちた。


「ゴ連との決着、ですわね」

「そうです。魔王として、最後にそれだけは果たさなければなりません」


 ――同胞の仇を討ちたい。


 彼の中にあるのは、そんな、単純で、明快で、当たり前の感情だった。

 寒々しい玉座の間で、ファスロとその周りだけが熱を放っている。


 その熱気が、傍らで見ているだけの私にも伝わってくるかのようだ。

 やはり彼はファスロ・L・グラハム。

 沈黙の内側に仲間を想い、灼熱の心を盛らせ続ける、情熱の人。


「バカバカしい。不完全にもほどがある」


 だがそこに、その熱を一切理解しない、冷たすぎる差し水。

 今、この空気の中でそんなことを言っちゃえるのは――、


「さっさと俺達に降るがいい。くだらん感傷は、そのあとにでもやれ」


 サードに決まってんだよねー!


「ゴ連に仕掛けたくば貴様らだけで行け。魔王城は俺達が使うからな」


 あああああああああ、もおおおおおおおおお、この人はあああああああああ!


「あんた、ねぇ……!」

「ようも言いよるが、こんガキがァッ!」


 ほらぁ、鎮火しかけてたリーリスとゴリアテにまたガソリンぶっかけて!

 絶対にSNSとかやらせちゃダメなタイプだよ、この人!

 特に煽る意図もないのに毎日炎上しまくってる姿が超高解像度で目に見える!


「……どうやら、僕の最後の願いは聞き届けてもらえないようですね」


 うわあああああ、ファスロの声から諦めの響きがァァァァァ――――!?


 ダメだ、今すぐ何とかしないと、今度こそ彼らはこっちに決戦を挑んでくる。

 何とかしなきゃ。何とかしなきゃ。今、何とかしなきゃ――――!


「ふぅ……」


 胸中、F5ランクの竜巻が吹き荒れている私は、平静を装いつつ息をつく。

 そしてサードを流し見て、渾身のダメ出しをする。


「では、あなたも『彼』との決着をつける必要はありませんね、サード」

「何ィ……?」


 セカンドのことを挙げると、彼はこっちをギロリと睨んできた。


「因縁の相手と決着をつけたいという願いは、くだらない感傷なのでしょう?」


 私はサードを真っ向から見返し、強い調子で言ってやった。

 ふふ~ん、残念だったわね、サード。

 推しと見つめ合う機会なんて、ファンにとってはご褒美でしかないのよ!


「理解しろとは言いません。ですが、邪魔をすることも許しません」


 私は、罵られたいという衝動と何とか抑えつつ、ピシャリと言い切った。

 ちょっと危なかったわ……。

 サードの視線が暴力的過ぎて、心がキュンキュンしてしまった。


「……フン。好きにしろ」


 私の内なる葛藤など知る由もなく、彼はそれだけ言って押し黙る。


「あのクソ野郎をやりこめちゃったぁ。これが、大首領……」


 そして、リーリスが顔を青ざめさせていた。

 何です? その反応はどういうことなんです? 何で後ずさるんです?


「えー、大首領さん、それでは――」

「あ、ええ、はい」


 ファスロに呼ばれて、私は改めて、彼に向き直る。


「ゴ連との因縁を清算したい、とのことですわね。ステラ・マリスとしましてもそれを掣肘する理由は何もございませんわ。ただし、全てが終わった暁には――」

「わかっています。魔王軍は解体し、ステラ・マリスに加わりましょう」


 ――だから、そちらにも全力で手伝ってもらいますよ。


 という、ファスロの言外の含みが、耳に聞こえてくるかのようだった。

 私は、微笑みをもって返す。


「交渉成立ですわね」

「色々ありましたが、有意義な時間でした。――ところで、このあとは?」


 あ。


 言われて思い出したわ。

 ステラ・マリス総勢二名、現在、宿なしでございました。


「魔王城に、空いているお部屋などはございますかしら?」


 悪の大首領は、厚かましくも魔王陛下に宿泊許可を求めるのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 おおおおおおおお、天蓋付きベッドだああああああああああああああ!


 来賓用の部屋に案内された私は、そこにあるベッドを見て一瞬で素に返った。

 うああああ、お部屋広いよう! ちょーどひんが立派だよう!

 椅子もテーブルも、深い飴色をしてて、何かこう、ごーじゃすだー!


 ああン、とっても感動してるのに、語彙力が全然追いつかない。

 とにかく豪華。すごい絢爛。

 見るからに貴族貴族してて『貴族ッ!』っていう擬音が聞こえてきそうだよ!


 そして、やっぱ天蓋付きベッドなんだよなー。

 フカフカおふとんが決め手なんだよな~。おふとんしか勝たん、って感じ?

 アレスティアを出て以来、かれこれ何日ぶりのおふとんだろーなー。


 もう、目の前のおふとんがどうしようもなくいとおしい。

 このおふとん、もしかして魂を吸い寄せる魅了の魔法を宿した品なのでは!?


「ベッド、ベッド! おふとん、おふとん!」


 そして私は、見るも豪華な天蓋付きベッドに飛び込もうと――、っとと。


「いけない、ドレスのままだった」


 私は自分の格好に気付いて、私は左手人差し指にはめた指輪を撫でた。

 すると、一瞬で私の格好が変わる。


 この指輪は、サードからもらった変装用のアイテムだ。

 ガンライザー世界におけるステラ・マリス驚異のテクノロジーの産物である。


 大首領の正装である漆黒のドレスから、全身を包む三毛猫パジャマへ!

 ダボッとした感じのいわゆる着ぐるみパジャマで、かわいい猫耳フードも完備!


 毛布生地がモフモフのモコモコ、触り心地が良くてお顔スリスリしちゃう。

 部屋にある鏡台の前に立ち、私は今の自分の格好を確認する。

 すると、猫の着ぐるみを着た金髪の美少女がこっちを見つめ返していた。


 その顔立ちは可愛い、というよりは純粋に美しい。

 とんだ自画自賛だけど、その自画自賛に、私は違和感しかない。


 だって私が指す『私』は、単なるボッチの高校生。

 こんな、絶世とついてもおかしくないような美人が私なんて、未だ信じがたい。


 それに何よ、このおっぱい。

 着ぐるみパジャマの上からでも見てわかるって、どんだけおっきいのよ!


「にゃーん」


 何となく、猫のモノマネをしてみた。

 わー、すっごいかわいい。これぞまさしく、ニャンジャスティナ!


「…………」


 だから何なのさ。

 強烈なむなしさが私の心をささくれ立たせた。


「いるな。入るぞ」

「にゃーんッッ!?」


 いきなりドアが開き、サードが入ってきた。せめてノックくらいして!?


「む」


 三毛猫パジャマ姿の私を見て、サードが一瞬固まった。


「そうか、俺が来ることを予期して、自分が猫畜生程度の存在であることをアピールするためにそのような装いをしたか。……殊勝な心がけと言えなくもないが、さすがにそこまで生物としての品位を貶めるのは卑屈に過ぎるぞ、愚物」

「ちっが!!?」


 こんな可愛いニャンジュちゃんを見て、そんな解釈する人いる!?


「いるかー。この人だモンなー……」

「いきなり眉間をつまんでどうした、愚物。さては、俺の来訪に感極まったか」


 ナチュラルにこういうことを言うのがサード様なんだよねー。やれやれ。


「ちょっと待っててくださいねー」

「ん?」


 ドアを閉めた彼にそう言って、私はいそいそと準備をする。


「待て、愚物。何をしている」

「何、って、土下座の準備ですけど?」


 サードの前で膝を落とし、背筋を伸ばして、あとは手を頭を床につけるだけ。

 よーし、準備完了。これでいつでもおでこを床に擦りつけられる。

 今回は分厚い絨毯が敷いてあるから、おでこを床につけても痛くならないぞ!


「何故、貴様は俺に土下座をしようとしているのだ?」


 …………え?


 上から浴びせられた疑問の声に、逆に私が疑問を抱いて彼を見上げる。


「さっきの決着に関するアレソレで私を叱りに来たんじゃないんですか?」


 てっきり、これからサード様による大罵倒選手権が開催されるモノとばかり。


「貴様は俺を何だと思っているのだ」


 サードは腕を組んで、珍しく憮然とした表情を見せる。

 え、違ったの。マジで、え、マジで!?

 混乱をきたして挙動不審になる私を見下ろし、彼はいきなり舌を打った。


「チッ、高さが合わんな。オイ、そこのベッドに座れ」

「はい? ベッドですか?」


 彼がベッドを指さすので、私は疑問が尽きないながらもそれに従う。


「フードを取れ」

「はぁ……」


 何なんだろう。一体。

 と、思いつつベッドに腰を下ろした私は、猫耳フードを外す。


「よし」


 サードはうなずくと、私の前に立って――、


「ぴぇ?」


 頭に、何かが軽く置かれたような感触。

 しか置かれた何かは、私の頭の上でゆっくりと円を描くように動いている。


 あれ? これ? 私――、


「今日はよくやった」


 撫で? られ!? てる!!?


「貴様は不完全ながらも大首領の役割をこなしきった。労うに値する働きだ」

「あ、え、あの、な、撫で……」


 あああああああああ、か、体が硬直してまともに喋れにゃひ!


「あの魔王は自身の影武者を労う際にこうしていたろう。それに則ったまでだ。おそらく、王が配下に栄誉を授ける際に行なう、簡易的な儀礼行為なのであろうな」


 違うよ、それお兄ちゃんが妹をいい子いい子してただけだよ!

 って、言いたいのに口が全然動かない。石になったみたいに全身カチコチだよ!


 それから、彼はさらにしばらく私の頭を撫で続けた。

 態度も物言いも全然優しくないクセに、撫で方だけはやけに優しくて……。


 う、あ、あ、あ、あ、あ、あうあう、あうあうあうあうあう~~~~!


 やがて、サードの手が離れる。


「明日は朝からブリーフィングだ。遅刻したら殺すぞ」


 いつもの調子で言うだけ言って、彼はさっさと部屋を出ていった。

 あとには、ベッドに座ったまま呆けている私だけが残される。

 ちょうど直線上にさっきの鏡台があって、耳まで真っ赤な私が映っていた。


「……ぷしゅう」


 ついにオーバーヒートして、私はベッドに倒れ込む。

 念願叶って天蓋つきのでっかいベッド。久しぶりすぎるふかふかもおふとん。

 でもギンギンに目が冴えまくって、私は一睡もできませんでした。


 ――あの男、ホント、ズルい。

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