第9悪 私はいずれ世界を征服する女
私は、内心で悲鳴をあげていた。
「老師、それは本当ですか?」
ファスロの気配が変わる。ゴリアテの、リーリスの気配も変わる。
魔王の膝の上のシュトライアまでもが私を突き刺すようなまなざしで見ている。
「物証はないが、確信はあるぞ」
「説明を」
主君に促されて、老師が「心得た」を首肯する。
「皆の衆も覚えとるじゃろ、ヴェイゼル平原の戦いで現れた、黒いデカブツを」
「あやつかァ……!」
老師がそう言っただけで、ゴリアテが怒りを爆発させた。
無論、私にも心当たりがある。間違いなく、
――剛魔甲冑。
それは搭乗者の魔力を動力源にして動く、纏うゴーレムだ。
すごくわかりやすい言い方をすれば、ファンタジー世界の人型ロボットである。
搭乗者の思念によって操縦できるが、乗りこなすには相応の熟練が必要となる。
でも、乗って暴れるだけなら誰でもできる。例えそれが、ゴブリンでも。
「あの金属のゴーレムのことよねぇ? 魔法が全然効かなかったヤツゥ」
リーリスが苦々しい顔つきで呟く。
「ありゃ、アレスティアがこさえた兵器じゃろ、大首領の嬢ちゃん」
老師が、空の眼窩を私に向けて同意を求めてくる。わかってるクセに。
「今、リーリスが言っとった通り、あのデカイのは生半可な魔法など効きやせんかった。そんな能力を持つゴーレムなんぞ、限られとるわなぁ?」
「かなりの高級品。グレードの高いものである、ということですね」
ファスロが、視線を私に固定したまま、それを言う。
「およそゴブリン如きが使ってよい品ではない。本来は人間の国の軍の、それも、相当に地位の高い連中でなければ使わせてもらえんようなシロモノじゃろう」
うん、まぁ、正解。
老師の言う通りである。魔法耐性を持ってる剛魔甲冑なんて滅多にない。
アレスティアでも扱えるのは、伝統と実績を兼ね備えた一部の騎士団くらいだ。
「問題は、そんなモノを誰がゴ連に流したか、じゃよ」
「なるほど」
ファスロからの視線の圧が、グッと強まった。
そして彼は、それができる者の条件をいちいち口に出し始める。
「それができるのは、アレスティアの人間で、なおかつ軍に関与できる立場にあり、仮に実行した場合、その事実をもみ消せる権力と財力を備えた者――」
つまりそれが――、私。
かつて公爵令嬢として、国内随一の領土を実質的に支配していた女。
アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム。
「重ねて言うが、物証はない。しかし、そこな嬢ちゃん以外にはありえまいよ」
そうして、老師の説明が終わる。
私はその間、口を閉ざし続けていた。背筋を伸ばし、顔には笑みをたたえつつ。
でも、心の中は凍え切って、震え出しそうになる体を必死に堪え続けている。
沈黙。静寂。魔王軍が、視線の刃で私を切り刻んでいく。
「あのデカブツに、うちの兵は何人やられたかのう」
ゴリアテが、彼にしては静かに口を開く。
だが紡がれた声からは灼熱の憤怒しか感じられない。
「要するにあんた達ィ、ゴ連の味方だったんだァ?」
続いてリーリス。
嘲りの笑みと嘲りの声。その目元が、あまりの怒りに痙攣している。
「君達は魔王軍にトドメを刺しに来たんですか?」
魔王ファスロが、直接私に確かめようと尋ねてくる。
彼の色のない声に私は直感する。
ここで答え方を間違えれば、彼らは命を捨てて私達に挑んでくる。と。
――気がつけば、私は崖っぷちに追いやられていた。
それは魔王城に飛び込むときの浮き島とは比較にならないくらい険しい断崖。
前には魔王軍がいて、後ろには何もない。もちろん退路もない。
全身に吹きつける風を錯覚して、私は息を呑む。
いつか来ると思ってはいた。過去の私の悪行が、今の私を追いつめるときが。
それは覚悟してたつもりだけど、まさかこんなタイミングで……!
空気が、怨嗟に濁っていく。無言の糾弾に、私の心は粉々になりつつあった。
きっと今すぐにでも、彼らは私を八つ裂きにしたいはずだ。
私の力を借りようだなんて、死んでもゴメンだと思い直したに違いない。
心の底から、いなくなりたくなる。
後戻りできない状況で、責められるしかないこの居たたまれなさに。
生まれ変わっても何も変わらない。
所詮、私はこんなモノなんだと思い知らされる。
いっそロールプレイもやめて、彼らに土下座して泣いて謝ろうかな。
それで許してもらえるとは思えないけど、でも、我慢はしなくてよくなるよね。
私にできることなんか、もう、それくらいしか……、
「顔を挙げろ。自分が何者なのか、貴様は知っているはずだ」
聞こえたその声に、私はハッとして振り返った。
腕組みをしたサードが、私をまっすぐに凝視している。
自分が何者なのか、なんて、そんな言い方。
でも、そう。そうだった。私は――、
「……そうよね」
私は、ただの女子高生。
〈七つの月のエトランゼ〉と〈太天烈騎ガンライザー〉が好きなだけの一般人。
だから、そんな言われ方をされたら、心が熱く燃えちゃうのよ。
そんな――、ガンライザー第34話の名ゼリフを生で聞かされたら!
「ホホホホホ、オーッホッホッホッホッホッホ!」
魔王軍が見ている前で、私は手の甲を口元に当てて笑い出す。
自分が何者か、なんて問われるまでもない。
私はただの、ごくごく普通に世界征服を目指す悪の大首領アンジャスティナだ!
「剛魔甲冑のゴ連への供給? ああ、確かにございましたわね。些事ですが」
散っていった同胞を想い、心に悲憤を滾らせる彼らへ、私は優しく微笑んだ。
「きさんッ、言うに事欠いて、さ、些事じゃとォ!?」
私の物言いに、ゴリアテの形相はそれは凄まじいことになっていた。
だけどもう、その無念を私は斟酌しない。
――退路がないなら進路を往けばいい。
サードの本編での名言を胸に、私は今、切り立った断崖の先へと飛翔する。
「自らの敗戦の責任を私に押し付けるのはおやめください。無様でしてよ?」
そして、魔王軍をやり込めるための最初の一刺し。
「なるほど、確かに私はゴ連に兵器を供給しましたが、そこ止まりですわ。皆様からこのように責め立てられる筋合いは全くございません。甚だ心外です」
「よく言うわねぇ。ゴ連に味方したクセにぃ……!」
リーリスが私を咎める。確かに彼女から見ればそうなるのだろう。だが、
「武器屋で買った剣で誰かの命を殺めた場合、武器屋は罪に問われまして?」
そこで私は、公然と居直る。
この状況で私が生き延びる道。それはもう、一つしかない。
「当家は取り引き相手を選びませんの。それが儲けに繋がるなら、他国の貴族でも、ゴブリンでも、等しく商談の場を設けていましたわ。過去形ですが」
私自らが、今この場で過去の私に『死の商人』のレッテルを貼ることだ。
ゴ連との関係はあくまでも売り手と買い手。
売った商品の用途までは知ったことではない、と、私は胸を張って主張する。
どこかのステラ・マリスの最強戦士みたいに。
「当然、魔王軍ともお取り引きいたしましたわ。ですが、どうやら皆様は私という存在を認知しておられなかったご様子。些か、リサーチ不足でしてよ?」
ロールプレイの勢い余って魔王軍の力不足まであげつらっちゃった。
さーて、これからどうなるんだろうなー。
ここまでやっておいてなんだけど、さっきから胃の痛みがおさまんにゃい……。
「言い切られてしまいましたね……」
ファスロが天を仰ぐ。やめて、罪悪感が胸に痛いのッ!
「――巨悪令嬢、悪女巨星。噂ばかりかと思えば、実物は聞きしにまさる」
待って魔王陛下、私、その異名とか全然認めたつもりないですけど!?
「敗戦の責任を押し付けるな、か。耳に痛いですよ、本当に」
「何を言うとるんじゃ、ファスロ! この女がゴ連に兵器なんぞ流さなきゃ――」
「同じですよ、ゴリさん。彼女の行動がなくても僕達は負けてました」
国を治める王として、それは絶対に認めがたいことのはず。
でもファスロはそれを認める。彼は己の敗北をしっかりと受け止めているのだ。
なかなかできることじゃない。
私が同じ立場に追いやられたら、きっと色々と言い訳をしていただろう。
すごい人だなぁ、と、素直に思えてしまう。
「八つ当たりはやめましょう。今、僕達がすべきことは別にあります」
「ご理解いただけたようで何よりですわ」
「感情的な納得はまだしばらくできそうにありませんが」
まぁ、それは仕方がないだろう。
私が彼らに恨まれて当然の立場なのは、何も変わっていないんだから。
「何、納得が不完全だと?。では貴様が完全に納得するまで、この俺が――」
「控えていなさい、サード」
不完全に対する反応が早すぎるのよ、この完全フェチ!
今は私の出番なんだからしゃしゃり出てくるんじゃありません! めっ!
「それに、別の疑問も湧きました、大首領さん」
「あら、それはどのような?」
「単刀直入に尋ねますが、何故、僕達の側に? ゴ連の方がよほど上客でしょう」
ああ、なるほど。と思った。
特攻を目論むまでに追い詰められた魔王軍と、今も戦力を拡大し続けるゴ連。
比較自体はすでに成り立たない。まさにピンとキリの差だ。しかし、
「ゴブーリン様は美しくありませんので」
「は?」
私の返答に、リーリスが間の抜けた声を出す。
「私、悪の大首領として生き方に美学を持たない輩は許せませんの」
「そんな、まさかそんなことで、ゴ連を……?」
「魔王陛下、美学は大切ですわよ。生きるだけなら、畜生風情と同じですもの」
それっぽい言い方してるけど、単にゴブーリンが嫌いってことですね。
ファスロが首をかしげて髪を掻く。
相変わらず無表情のままだけど、彼、何か困ってるっぽい?
「……何とも。大首領さんは僕程度では測れないようです」
「それも仕方のないことですわね。私はいずれ世界を征服する女。余人に測れるような器はしておりませんので。オーッホッホッホッホッホッホッホッホ!」
笑っちゃえ笑っちゃえ。
せっかく相手が驚いてくれてるんだから、盛大にお嬢様笑いしちゃえー。
「世界征服、とは……。冗談、では、ないんでしょうね」
「いたって本気でしてよ」
私はあっけらかんと答える。
「最初はアレスティアを征服しようと考えていたんですけれど、私はアレスティア如きで収まる器ではないと気づいたので、世界を征服することにしたんですの」
「気ィ狂っとんのか……?」
ゴリアテが奇異なものを見る目で私を見てきた。うるさいな、わかってるわよ!
「普通の感性を持つ方にはそのように見えてしまうのでしょうね」
「この女、自分は狂っとると言外に認めおったぞ!?」
だってしょうがないじゃない、実際、狂ってるとしか思えないんだから。
でもロールプレイ。全部、ロールプレイだから!
「そして、私が魔王軍を選んだ理由は、皆様が私の眼鏡にかなったからですわ」
「どこまで行っても上から言ってくるわねぇ、あんた……」
リーリスはイライラを隠そうともしない。もはや完全に嫌われてる気がする。
「あら、むしろ誇っていただきたいものですわ。この私に選ばれた栄光を」
「何が『この私』、よ! どこまでもバカにしてぇ……!」
「あら、お冠。ですが私の力があれば勝てますわよ。――ゴブィエトに」
私がそれを言うと、リーリスが「く……」と小さくうめく。
ここまでの流れもあって、魔王軍も感じているはずだ。
一度は負けたゴ連に対して、今度こそ勝てるかもしれないという可能性を。
「ステラ・マリスに忠誠を誓うのです。さすれば勝利の栄光を授けましょう!」
ここでダメ押し、念押し、さらなる一押し。
私は妖艶な(って自分で思ってる感じの)笑みを浮かべ、ファスロを見つめる。
魔王はニコリともせず答えた。
「お断りです」
あれェ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます