第8悪 この私が、勝利を授けましょう!

 魔王シュトラウス・ペリドット改め、シュトライア・ペリドット。

 生まれながらに強大な魔力を持つ彼女は、実は影武者。


 真の魔王は、その傍らに立つ陰気眼鏡の兄のファスロ・L・グラハムの方だ。

 影武者が立てられているのは、彼が見た目通りに弱っちいからです。


「……え?」


 正体を暴かれたシュトライアが、玉座でキョトンとなってる。

 威厳と風格に溢れていたさっきまでの姿はもうなくて、今はただの女の子だ。


「えと、えっと……、ぼ、僕が魔王ではないとでも言うつもりかい!」


 あ、ちょっとすごい。

 完全に化けの皮が剥がれたと思ったのに、持ち直そうとしてる。

 でもダメ、取り繕いきれてない。声は上ずってるし、視線も遊泳中だし。


 ロールプレイヤーとしてまだまだだー、シュトライア王妹殿下ちゃんは。

 でも、あくまで頑張ろうとするその健気さは買うよ、私!


「負けですね、これは」


 これまで沈黙を貫いていたファスロが、表情を変えずにそれだけを言う。


「コラァ、ファスロ! きさん、今なんつったぁ!」

「あれ、聞こえませんでした? 負けっていいました。負けです。負け」


「ええい、聞こえちょるから、何度も繰り返さんでええわい!」

「聞こえてるんじゃないですか。もー」


 ゴリアテに叱責されながらも、ファスロはマイペースな調子で返した。

 背筋を丸めたまま、無表情でボソボソ喋るその姿は、到底魔王には見えない。

 しかし――、


「ゴリさんは負けました。これ以上の恥の上塗りはやめてください」

「ぐ、ぬぅ……!」


 陰キャな見た目をしているクセに、言うべきことはしっかり言える。

 しかも、それを相手に認めさせる力もある。


「老師が加わっても勝率はいいところ五分と見ました。損しかないですね」


 そして頭の回転も速く、洞察力、判断力もしっかり備えている。

 強さはさておき、王を務めるのに必要なものは立派に備えているのが、彼だ。


「完全な俺に対し、勝率が五分もあると。笑える冗談だ。試してみるか?」

「それこそ冗談でしょう。挑発されても乗りませんよ、僕達は」


 あ、すいません魔王様。

 挑発じゃなく、心底本気で言ってます。ウチの最強戦士、そういう人なんで。


「あ、兄上様~……」

「ライアもよくやってくれましたね。はい、いい子いい子」


 不安げに見上げるシュトライアをファスロが労い、頭を撫でる。

 その手つきの、何とも淡々としていること。

 美しい兄妹愛のはずなのに、絵面が若干アヤしく見えるのは私の気のせいかな?


「どうするのよ、負けちゃったじゃないのよぅ……」


 戦いの空気はもう完全に霧散して、リーリスがガックリ肩を落とす。


「よいではありませんか。残り少ない魔王軍が、誰も欠けずに済んだのですから」

「ちょっとぉ、小娘、あんたそれぇ……」


 タイミングを計って告げたその一言に、リーリスが瞳を見開く。


「なるほど。最初から、全部知っていたということですか」


 だがファスロの反応はそれとは対照的。彼はむしろ、納得したようだ。


「やはり、そうでしたのね」


 私が言外に促すと、彼は表情を変えず「ええ」とうなずき、こう続けた。


「魔王軍は壊滅しました」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 魔王軍の壊滅は〈エトランゼ〉の追加ルートシナリオでも有名な鬱イベントだ。

 主役であるマナの選択によっては、本当にそういった事態に陥ってしまう。


 そして、この世界でのマナは現在アレスティアにいる。

 つまり現在の〈漆黒領〉はマナの関与なしにイベントが進行した状態なのだ。


 魔王軍の存続も、マナの深い関与があってこそのものだった。

 それが望めない以上、こうなることは歴史の必然であったということだろう。

 そんなこと、当の魔王軍の面々に言えるはずもないけど。


「半年前、ゴ連が侵攻を開始しました。そして、魔王軍は負けたのです」


 改めて玉座に腰を落ち着かせたファスロが表情を変えずに語る。

 彼の膝の上には、ちょこんと座るシュトライア。う~ん、マスコット!


 影武者として振る舞えるよう、彼女は髪を短くしている。

 しかし、それがまた中性的でボーイッシュな可愛らしさに繋がっているのだ。


 って、シュトライアの可愛さにほっこりしてる場合じゃない。

 これ、本当に魔王軍が壊滅してたショックで、私もちょっと現実逃避してるや。


「ゴ連は元々、ただのゴブリンの集落でした」

「存じ上げておりますわ」

「それがたった半年で国となり、そして我が国を飲み込んでしまった」


 端的ながらもファスロが説明していると、ゴリアテが歯軋りする音が聞こえた。

 その顔は怒りに歪んでて、サードと戦ってたときよりもずっと厳めしい。


 あ、ちなみにサードは変身を解いて私の隣にいる。

 特に意味もないけど腕を組んで胸を張って、まぁ、いつも通りの彼です。


「ゴブリンといえば、臆病ながらも狡猾で、低能であっても無能ではなく、好色で意地汚く繁殖力が強い、群れの規模によっては脅威にもなりうる亜人ですわね」

「脅威、どころの話ではなかったですけどね」


 シュトライアの髪を撫でながら、ファスロは言い捨てる。

 表情にこそ現れてはいないが、彼は彼で、最初から目が据わりっぱなしだ。


 私は初対面だけれど、ファスロという人物をよく知ってる。

 彼は、深い情愛と激しい気性を備え、強い理性でそれを制御しているのだ。


「魔王軍が壊走した直接の原因は、ヴェイゼル平原での決戦か」


 口を挟んできたサードに、ファスロの表情の気配がかすかに変わる。

 多分だけど、驚いたのかな、と思う。顔見てても全然感情読み取れないけど!


「驚きました」


 やっぱり驚いてた!


「つい一週間前の出来事なんですけどね」


 彼の反応に、サードは腕組みしたまま口角を吊り上げる。


「一週間か。十分すぎる時間だな。俺達は、情報収集能力もまた完全なのだ」


 それ、私から話聞いたってだけじゃないですか。いや、今はツッコまないけど。


「魔王軍の敗因は、ゴ連側の数の多さ、ですわね?」

「そうです。敵はあまりに多すぎた。戦力差は軽く百倍を超えていたでしょう」


 仮に魔王軍の総兵力が十万としても、ゴブリンは一千万以上、か。

 戦争のことはあんまりわかんないけど、私でもこれは勝てないってわかる。


 さすがに魔王軍最強のスケルトン老師でも覆せるものじゃないだろう。

 おまけに、追加ルートの情報がそのまま通用するのなら――、


「諸侯の裏切りもあったようですわね」

「本当に全てを知っておいでなのですね、大首領殿は」


 ファスロが私を見る。

 表情変わってないけど、今回もきっと驚いてる。と、思う。


「はい、存じております。ファスロ陛下の王たる資質を疑う声、などについても」

「何で人間なんかがそこまで知ってるのよ……」


 リ―リスのその声は、半ば呆れ、半ば感嘆。

 表向き、魔王はシュトライアちゃんだモンね。そういう反応にもなるか。


「魔族は強さが尊ばれる気風と伺っております。ですがファスロ陛下は――」

「まぁ、そうですね。知識ばかりの頭でっかちですので」


 ファスロはすんなり肯定する。

 彼はその虚弱さゆえ、日頃重臣から魔王に相応しくないと言われ続けてきた。


 そんな彼がマナの助けを得てゴ連を打倒し、魔族を救って真の魔王となる。

 DLC追加ルートの一つ、救国の魔王ルートの大まかな内容である。


 つまりファスロ・L・グラハムは、ばっちり攻略対象の一人なのだ。


「あんな連中、こっちから願い下げよぉ。ファスロの気持ちも知らないでさぁ!」

「おうよな! ワシらにとっちゃあ、ファスロこそ唯一無二の主君よ!」


「連中、ゴブリンなんかに靡いちゃってさ、なっさけないったらないわぁ」

「然り、然り、魔族の誇りを捨て去った、卑怯者共じゃわい!」

「そこまで言わないでもいいでしょうに」


 リーリスとゴリアテが意気投合し、ファスロがやんわり窘める。

 こういうのも忠臣、っていうのかな。

 私から見ると、互いに気が置けない悪友同士って感じに見えるけど。


「それで、八方塞がりになったから、ゴ連への特攻を考えていた、と」

「「んギクゥ!?」」


 私が言うと、リーリスとゴリアテが揃って跳び上がった。


「本当に、何でも知っているんですね」


 そしてファスロは、今度は驚いた様子もなく平坦な声でそれを認めた。

 浮遊要塞である魔王城で、ゴ連の首都に向かって特攻する。

 救国の魔王ルートにあるバッドエンドの一つで、要は無理心中エンドである。


「特攻とは愚かしい。自殺と変わらんではないか」


 サードが冷たく突き放す。

 これについては私も同意なので、もっと言ったれ、とすら思う。


「ゴブーリンを巻き込めるならありかなとも思ったんですよ」

「救うべき民も見捨てて、ですか?」

「それを言われてしまうと痛いですけどね」


 全然痛くなさそうな顔をして、ファスロは私にそう返す。

 でもその顔は、ただ耐えてるだけだ。痛くないはずがない。彼は王なのだから。


「けれど、僕は国を失った王です。できることはほとんど残っていないんです」

「それが一発逆転を狙ったゴブーリンへの特攻、ですか」

「ゴブーリンさえ討てば、諸侯の誰かが新たな魔王となってくれるでしょうから」


 確かに、ゴブーリンがいなくなればそうなるだろう。

 テクの男の異名を持つゴ連の邪鬼長はまさに傑物。かなり手強い敵だ。


 マナが関わっていない魔王軍には、荷が勝ちすぎている相手。

 そう、だからこその、私はここで深く深く、深ぁ~く、ため息をついてみせる。


「何故、今からでも勝とうとしないのか。意味が分かりかねますわね」

「勝とうと、って……」


 私のセリフに、リーリスのコメカミが目に見えてわかるほどヒクヒクした。


「あんたねぇ、話聞いてなかったのぉ!? そんな軽々しく勝つなんて――」

「今なら勝てるでしょうに。何せ、ここに私達がいるのですから」


 彼女が激昂しかけた瞬間、私は最高のタイミングで、冷や水をぶっかけた。


「……は?」

「あら、おわかりになりませんか?」


 勢いを挫かれ呆けた彼女へ、そして私を見る魔王軍全員へ、私は宣言する。


「この私が、魔王軍の皆様に栄えある勝利を授けようというのです!」


 私の宣言に、魔王軍の面々は呆気にとられる。ファスロですら。

 元より、私達の目的は魔王軍の乗っ取りにある。

 つまりステラ・マリスとしてもゴ連撃破は最初から既定路線なのだ。


 それに私個人としても、ゴ連を潰さなきゃいけない理由がある。


「クカ、カ、カ! 何とも言いよるわいのう、大首領の嬢ちゃんよ!」


 ずっと沈黙していたスケルトン老師が、ここで私に声をかけてきた。


「実に見事な傾奇っぷり、痛快ですらあるわ」


 いやぁ、それほどでも。

 まぁ、確かに?

 今の勝利宣言なんかはちょっと自分でも会心だなって思いましたけど?


「……で、そんな嬢ちゃんにオジジはちぃと確かめたいことがあるんじゃけど」


 え。


「私に答えられることでしたら、何なりと」


 ちょっと驚きつつ、私はロールプレイでそれを覆い隠し、老師を見る。

 スケルトン老師が、眼窩の奥に赤い光を灯らせ、尋ねてきた。


「大首領の嬢ちゃん、あんた、ゴ連に武器を流しとったろ?」


 場の空気が一変した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る