第7悪 無慈悲な月にこうべを垂れろ

 胸が、ドキドキしてる。


 ゴリアテのパンチが怖かった。それもある。

 でもそれ以上に、サードが私を助けてくれた事実が、私の胸を高鳴らせた。


 ピンチだった私を、割って入った彼が身を挺して守ってくれた。

 そんなの、まるでお姫様を守る騎士そのものじゃないか。


 女の子なら誰しも胸の奥に抱く、憧れのシチュ。

 それに近いものを体験してしまった。


 ただし、私は大首領で、彼はダークヒーローなんだけどね。

 って感じで、茶化しでもしないと頬が熱くなる一方よ。ああ、もう!


「軽いな」


 私の頭の中がグチャグチャになってるのをよそに、余裕ぶったサードが呟く。


「殺意と筋力だけの、中身のない拳だ。これでは後ろの大首領も殺せんぞ」


 いやいや、死ぬわ! 間違いなく死ぬわよ!?

 サードの中で、私の物理的強度はどれだけアダマンタイトに迫る勢いなのよ!


「ぐッ、ザケんなやァ!」


 ゴリアテが叫び、全力でサードを潰しにかかる。

 間近で行われる嵐の如き暴力に、私は圧倒されてもおかしくないけど、


「……変な感覚」


 私は呟く。ゴリアテのことが、全然怖く思えないのだ。

 理由は、わかってる。


「軽いと言っているだろうが、でくのぼう」


 その場から一歩も動くことなく、攻撃を捌き続ける彼がいるからだ。


「何じゃ、きさん、何なんじゃあ!?」


 攻めているゴリアテの方が、追い詰められて焦ってる始末。


「嘘ォ、ゴリちゃんの攻撃、全然通じてないじゃなぁい……」


 玉座の方から、リーリスの声が届く。

 彼はウチの最強戦士ですから、とか、自慢したくなってくる。えっへん。


「貴様が誇ってどうする」


 うひぃ! 何か見透かされてたぁ!?


「グアアアアアアア、きさん、絶対ブッ潰したらァァァァァァァァァァァ!」

「言ったはずだぞ、貴様の言うことは何一つとして実現しないと」


 怒るゴリアテ、笑うサード。二人の手の大きさは全然違う。

 当然だけど、ゴリアテの方が大きい。十倍より、もっと差があるかもしれない。


 なのに、サードはその小さな手でゴリアテのパンチを全部止めてる。

 目の前で起きてることなのに現実感が全然ない。まるで漫画の演出のようだ。


「もぉ、見てられないわねぇ!」


 声がした。

 と、同時に、チカッ、と何かが閃いた。


「サ」


 サードを呼ぼうとしたら、私は空に舞い上がっていた。あれぇ?


「貴様が気づけるコトを、俺が気づかないワケがあるまい」


 すぐ近くからサードの声。うわぁ、また抱っこされてるゥ!?

 サードが私を抱いて避けたんだ。ってわかったけど、顔が、顔が近いの!


「外したわぁ。やるじゃない」


 サードが着地すると、リーリスの声がした。

 彼女が広げた手のひらに赤い光が灯っていた。そうか、彼女が使ったのは――、


「気を付けてください、サード様。あれ、魔法です」

「ほぉ、魔法……」


 私が小声でアドバイスすると、彼は興味深げな笑みを浮かべる。


「ならば貴様を近くには置けんな。少し離れていろ」


 無言でうなずいて、私は足早にその場から離れた。

 さっきからうるさいままの心臓も、これで落ち着いてくれるといいなぁ。


「何よゴリちゃん、全然かなわないじゃないのよぉ。情けないわねぇ~!」

「ええい、黙れコウモリ! これからじゃ、これから!」


 一方でリーリスがゴリアテをゲシゲシ蹴りつけている。いかにも悪友って感じ。

 そして二人は、揃ってサードのことを厳しく睨みつける。


「ゴリちゃん、やるわよぉ。これ以上の失態は、陛下もお許しにならないわぁ」

「言われんでもわかっとるわ! 魔王軍三巨頭の力、思い知らせたらァ!」


 怪気炎を上げる二人を前に、サードはあくまでも余裕を崩さない。


「――フン」


 そして、彼は笑いながら右手を掲げて空を指さし……、え?


「貴様ら如き、わざわざこの手を取るまでもない相手だが」


 待って、サード。そのポーズは――、え、今、ここで? この場で!?


「そのポーズは何じゃあ、クソガキがぁ!」

「イケメンだからって戦闘中にカッコつけてぇ、意味わかんないわよぉ!」


 ゴリアテもリーリスも、サードのポーズの意味をまるで理解していない。

 それは当然で、二人は異世界ファンタジーの住人。

 だがサードは特撮ヒーローの世界の住人で、彼がとったポーズはつまり、


「欠けない月を仰ぎ見て、無明の奈落やみに墜ちて往け」


 変身ポーズである。


「――奈落/転身ドロップアウト


 下ろされた指先が地面をさすと同時、蒼白い火柱がサードの足元に炸裂する。


「おおおおおおおお、何じゃあああああああ!?」

「何よ、何が起きたのよぉ……!」


 ゴリアテも、リーリスも、火柱に驚き動きを止めている。

 やがて火柱は消えて、余韻に揺らめく空気のさなか、何者かの影が垣間見えた。


 ――そこから現れ出でたのは、蒼銀の月の戦士


 光沢の薄い青みがかった銀色を基調とした、洗練された流線形のボディ。

 ボディカラーと対照的な漆黒のマントを羽織り、額には変形Vの字の兜飾り。


 出た。あれこそがサードの変身形態。

 〈太天烈騎ガンライザー〉の裏の主役ヒーロー、月天騎皇アークムーン!


「さぁ、無慈悲な月に、こうべを垂れろ」


 ゴーグルを模したバイザーの奥、キメゼリフと共に金色の瞳が輝いた。

 か。


「かぁっこい……、ンッ、ンンッ!」


 あっぶな!

 あまりのカッコよさに、またロールプレイが崩れかけたよ!


「ぬ、うう……!」

「何よ、こいつぅ……!」


 アークムーンの登場に、三巨頭の二人が気圧されている。

 すごいや、実際にこうなっちゃうんだ。ガンライザー初登場時と一緒だこれ。

 あのときは確か、アークムーンの威圧感に屈したガンライザーが――、


「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおお!」

「いいわよぉ、やってやろうじゃないのさぁ~!」


 あ。


 ゴリアテとリーリスがアークムーンに突っ込んでった。

 あの、それ、あのときのガンライザーと全く同じリアクション……。


「うおおおおおおおおおお!」


 ゴリアテが、叫びながら殴りかかってくる。

 アークムーンはそれを受け止めようともしないまま、パンチは顔面を直撃。

 しかし、銀色のその身は微動だにしない。


「んな、バカなッ……!?」

「信じがたいか。だが現実だ。受け入れろ」


 忠告するアークムーンの物言いからして、まるで効いていないことがわかる。


「だったら、焼き尽くしてやるわよぉ!」


 リーリスが叫ぶと、彼女の頭上に無数の火球が発生する。

 そして、それが凄まじい速度でアークムーンめがけて殺到していった。


 爆発が起きる。

 爆発が起きる。

 爆発の上に新たな爆発が起きる。


「アハ、アハハァ、アハハハハァ! どぉかしらぁ、私の煉獄の火球の味はぁ?」

「そうだな、貴様の徒労に対し、どう評価を下すべきか迷うな」


 勝ち誇っていたリーリスが、返ってきた声に凍りつく。

 煙の中から現れたアークムーンには、傷一つついていなかった。


「だが、おかげで学ぶことができた。貴様は俺の完全を補完した。光栄に思え」

「な、何よぉ、何の話よぉ……!」

「こういうことだ」


 アークムーンがパチンと指を鳴らす。

 するとリーリスが使ったものと同じ魔法の火球が、空中に一気に現れる。

 しかも、彼女のそれよりはるかに数が多い。


「……嘘」

「これが魔法か。なるほど、興味深い」


 青ざめるリーリスを前に、彼は自分が生んだ火球を操作し、動かし始めた。

 一度見たものを即座に習得する完全学習能力〈ウィズダム・セレナス〉。

 本編中で散々ガンライザーを苦しめた、アークムーンの超絶能力の一つである。


「ふむ、こうか。こうだな」


 アークムーンが指先を軽く動かす。

 すると浮遊する無数の火球が、その大きさを増し始めた。


 リーリスが放ったものは、一つ一つが私の手のひら程度。

 それに対して、アークムーンの火球はもうゴリアテの手と同じ程になってる。


「あ、悪夢か、これは!」

「何な、の……」


 見せつけられた実力差にゴリアテは絶句し、リーリスはその場にへたり込んだ。

 二人の戦意は完全に挫かれ、ここに勝負は決着を見る。

 ステラ・マリスの最強戦士アークムーンが、魔王軍最高幹部を制したのだ。


「――と、いうワケだ」


 そしてアークムーンが顔を向ける。

 誰もいないはずの、重苦しい玉座の間の一角へと。


「そろそろ、出てきたらどうだ」

「クカ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ!」


 アークムーンの呼びかけに応じたのは、小気味のいい笑い声。

 どこかで見てるとは思ってたけど、やっぱりいるよねー。


 一瞬にしてその場に姿を現したのは、一体の小柄なスケルトン。

 あご骨をカタカタ鳴らして笑う姿はただのアンデッドにしか見えない。

 しかし、その実力は魔王軍側のアークムーンとも呼ぶべきもの。つまりは最強。


「魔王軍武術指南役、スケルトン老師ですわね」

「クカ、カ! オジジの名すらも知っとるとはのう。こりゃ恐れ入るわ!」


 豪快に笑い飛ばしてるけど、見た目こんなでもすっごく強いんだよね、老師。

 そして、サードの勝利と老師の登場によって、私達の計画は最終段階を迎える。

 サードの変身はびっくりしたけど、それ以外は概ね想定通りの流れ。


 サードの強さは、これ以上ない形で魔王軍に見せることができた。

 私は玉座の魔王シュトラウスを見据え、頭の中で言うべきセリフを確認する。

 ここからは、再び大首領アンジャスティナのターンだ。


「さて、魔王陛下。いかがでしょうか?」

「何がだい?」


 魔王はしらばっくれる。だが私は追い詰める。


「皆様は我々には勝てないのですから、ステラ・マリスに降ってくださいませ」

「ふざけてるね。まだ三巨頭にはファスロも残っているんだよ?」


 私が放った餌に、魔王はすぐさま喰らいついてきた。これは、会心の手応え!


「あら、本気でそれをおっしゃられてますの? 魔王シュトラウス陛下――」


 そして私は演じながら、次の一言で魔王軍の急所を抉る。


「いえ、魔王ファスロ・L・グラハム陛下の妹、シュトライア・ペリドット様」


 魔王城の玉座の間を、最大級の衝撃が襲った。と、思う!

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