Sideマナ/2 あのクソアマ!

 ……痩せたわ。


 ただでさえ細い腰が、さらに細くなったわ。

 ただでさえ細い腕が、さらに細くなったわ。

 ただでさえ細い足が、さらに細くなったわ。

 ただでさえ無い胸が、さらに薄くなったわ。……なるなよ!


 ふざけんなっての。

 元から貧相だったモンがもっと貧相になったら、貧々相々でしょうが!


 アンジャスティナ、あの女ァァァァァァァ!

 この一週間、あいつのことが気になりすぎて、全ッ然安眠できてないっての!


 心配しすぎだ、なんて自分に言い聞かせようとしたけど、無理。

 ゲームの中でのあいつを思い返したら、絶対仕返し考えてるってわかるじゃん。

 あいつ、やられたら末代まで祟り百倍返し系のクソ女だよ?


 いつ、あたしにやり返しに来るかわかったモンじゃない。

 あいつが生きてる限り、安心してイケメンハーレムを満喫できないのよ!


「あのクソアマ……!」


 周りに誰もいないことを確かめ、あたしは掴んだ枕をベッドに叩きつける。

 枕はベッドの上でポヨンと跳ねて、そのまま落ちた。


 ダメだわ。

 溜まり切ったフラストレーションを、全然発散できない。

 腹いせにあのクソ女の噂を色々でっちあげもしたけど、全然足りないわ。


「マナ、いるかい?」


 歯軋りしてるところに、ドアがノックされた。

 オウタイシくんの声だ。

 あたしはすぐにスイッチを切り替えて、楚々とした主人公モードに入る。


「はい、殿下」

「入って、よいだろうか」

「もちろんでございます。お待ちしておりました!」


 あたしは、弾んだ声を返す。

 特に、言葉の最後の一音をちょっと大きく弾ませること。

 それが、オトコを喜ばせる演出のポイントだ。


 オウタイシくんを待ってたっていう態度を、言葉以外で演出するの。

 本心をちょこっと垣間見せる感じにすれ、あとはオトコが勝手に勘違いする。


「マナ、声を弾んでいるよ。そんなに僕に会えてうれしいのかい?」


 そしてドアを開けるなり、オウタイシくんのこのセリフよ。

 はッ、チョロ。何勘違いしてんの、こいつ。マジでチョロいわ。


 自分こそ本音隠しきれてないじゃん。何、その嬉しそうな笑顔。

 子犬かよおまえ。デカイ図体してて可愛らしいお方。プッ。


「殿下!」


 と、内心で小馬鹿にしつつ、顔に笑みを咲かせる。

 そして、軽くピョンと跳ねてオウタイシくんの胸に飛び込んだ。


 ほら、受け止めなさいよ。

 おまえが無能なせいですっかり痩せ衰えた可哀想なあたしをよ。


「ハハハ、マナ。はしたないぞ。……ん、相変わらず軽いな、君は」


 チッ、こいつ、全然気づいてないじゃん……。ヒくわー。


「ひどいですわ、殿下。私、ちゃんとご飯は食べてますからね!」


 言って、あたしは頬を膨らませる。

 貧乏男爵家出身だからって、何でこんなダサ芋演技しなきゃいけないのよ。

 ま、身体は頑丈っぽいから、寝不足でもメシは食えてんだけどさ。


「ふむ……」


 オウタイシくんがあたしを床に下ろし、両手で頬を触れてジッと見つめてくる。

 あたしから見ても、視界いっぱいにオウタイシくんのイケメンフェイス。


 ふん、やっぱガワだけは最高ね、オウタイシくん。

 近くで観察しても、全然欠けてるものが見当たらない、完全無欠の美青年だ。


 これで、性格よくて、地位もあって、金もあって、将来すごい王様って。

 は~、ホントにさ、文句のつけようがない超優良物件じゃん。


「よかった、マナは今日も元気なマナだね」


 と、思ったけど、やっぱダメだこいつ。おつむ弱いし、ニブチンだわ。

 ねぇ、何で気づかないかな? あたし、明らかにこの一週間で痩せてるでしょ?


「そうだ、聞いてくれ、マナ! アンジュのことなんだが――」


 って、あら?

 あのクソアマ、ついに捕まった? やっと?


 それがマジなら嬉しいわ、これで今日から安眠できる。

 さすがオウタイシくん、女の変化に気づけない鈍感野郎だけど、それ以外有能。

 あたしの中でのイケメン偏差値、ちょっと上げてやってもいいわよ?


「アンジュが西に逃げていることが判明した。もうすぐ、捕らえられるだろう」


 前言撤回。やっぱ減点だわ、大減点。

 何が、もうすぐ、よ! そんな中途半端な報告いらねぇよ!


「君はアンジュの安否を心配していたからね、最初に報せに来たんだ」

「そう、ですか。ありがとうございます、殿下――」


 ウッザ。

 オウタイシくんさぁ、何でそれであたしが喜ぶと思ったワケ? バカか?

 クソ無能ばっかりかよ、この国。誰もそんな経過報告に興味ないわよ!


 ――翌日。


「喜んでくれ、マナ! アンジュを乗せた馬車が見つかったよ! もうすぐだ!」


 ――その翌日。


「喜んでくれ、マナ! アンジュが使った隠れ家が見つかったよ! ついにだ!」


 ――また翌日。


「喜んでくれ、マナ! アンジュが脱いだ服が見つかったよ! 尻尾を掴んだ!」


 ――かーらーの、翌日。


「すまない、マナ。アンジュは〈漆黒領〉に逃げ込んだ。悔しいが捜査は中止だ」


 っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~?


 何? どゆこと? 詳しく説明してくんない?

 今さ、あたしちょっと、冷静さを欠こうとしちゃってるワケなんですけれど?


「〈漆黒領〉とは国交を結んでいない。調査隊が国境を越えれば、それが発端となって魔王軍との戦いになってしまうかもしれないんだ……」


 いや、知らないわよ。

 そんなのどうでもいいから、クソ女捕まえて殺せよ! 仕事しろ!


「だが、アンジュが逃げ込んだのは〈魔黒の森〉だ。女一人で生き延びられる場所じゃない。きっと今頃は、魔物に食い殺されていることだろう」


 バッカ、それじゃあ生きてる可能性がしっかり残るじゃないの。

 あいつが死んだのをはっきりと確認できなきゃ、何の意味ないでしょうが!


「だから、マナ。悲しいのはわかるが、アンジュのことは諦めるんだ。いいね?」


 念を押すように言って、オウタイシくんは部屋を出ていった。

 そして、部屋の中にはポカーンとなっちゃってるあたしだけが残される。


「…………ッ」


 あたしはベッドの上の枕を引っ掴んで、


「あの、クソアマァ!」


 怒りと共に、枕をベッドに向かって叩きつけた。

 やわらかいベッドの上で、枕がポヨヨンと上に跳ねた。

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