第5悪 そう、ゴブィエト連邦、略してゴ連です。

 二日がかりで、やっと〈魔黒の森〉を抜けることができました。

 その間、ずっとあの料理を食べ続けたよ。おかげで私、今、すごい健康!


 信じがたいことに、サードの料理は本当に味以外完璧だった。

 疲れも吹き飛んだし、体力も戻ったし、カサカサだったお肌の潤いもばっちり。


 マジで効果ありすぎ!

 でも、味がクソザコすぎて料理としては失格です!


「日中に出られたのは僥倖――、んん?」


 ひらけた風景を久々に見て安堵する私の隣で、何やらサードがうめく。

 見ると、彼は視線を上げて空へと向いていた。何だろう?


「昼に月が出ているのか、この世界は」

「ああ、なるほど」


 私も同じく空を見上げ、納得する。

 薄い雲が流れる空の真ん中、輝く太陽の隣に青みがかった色の月が出ていた。


「今日は蒼い月の日。……地球でいえば、木曜日ですね」

「曜日によって出る月が違うのだな」


「はい、ここはそういう世界なんです」

「思い出したぞ。金、銀、赤、蒼、灰、黒、無色の月がある世界、だったな」

「え」


 いきなり〈エトランゼ〉の舞台設定を披露してきたサードに、私は驚く。


「もしかしてサード様、〈エトランゼ〉のこと、知ってるんですか……?」

「当然だ。俺は〈無欠の月〉サード、乙女ゲームに関しても完全な男だ」


 そう言って、サードは胸を張って腕を組んだ。


「え、じゃあ、じゃあ、設定資料集も補完してます? スピンオフの〈一つの月のセレナーデ〉は? 公式ノベライズは? コミカライズは? 短編集の〈九つの街のフラグメント〉は? DLCの追加ルートは? 全ルートも網羅してたりするんですか! サード様、サード様! ねぇ、サード様ってば!?」


 それに、私は鼻息も荒く、瞳をギラつかせて超前のめりで食いついていく。


「待たんか」

「あひん」


 デコピンくらった。いったぁ~い……。


「貴様、何だその別人のようなアグレッシブさは。急に早口になりおって」

「だってぇ~……」


 ジンジンとうずくおでこを両手で押さえ、私は涙目になって唇を尖らせる。

 まさか、この世界でゲームの〈エトランゼ〉を知ってる人に会えるなんて思いもしてなかったんだから仕方がないでしょ。

 しかもそれが他でもないサード様なんだから、こうもなりますよ!


「実にどうでもいい話だ。では、今後の俺達の行動内容を確認するぞ」

「ひどい! もうちょっと物理的に優しく扱ってくれてもいいじゃないですか!」


 曲がりなりにも、私、女の子なんですけどね!


「貴様は人である以前に愚物だ。ゆえに俺もそれに応じた扱いをしている」

「さらっと人から人権と尊厳を奪わないでください!?」


 私は大声で抗議するも、サードは構わず話を続ける。


「まず、俺達がしなければならないことは何だ、愚物」

「うー……、拠点と戦力の確保、です」


 森を出るまでの間、散々言い聞かせられてきたことである。


「その通りだ。ステラ・マリスの結成に際し、その二点は絶対に必要となる」

「で、そのために私達が果たさなきゃいけない目標が――」

「そう、魔王軍の乗っ取りだ」


 この目標だけは何度聞いても頭おかしいなぁ、って思う。


「魔王軍は実力主義という設定。そして俺は完全にして最強にして唯一にして無二なる〈無欠の月〉。ならば力で魔王軍を奪えばいい。実に簡単なロジックだ」


 だから少しも簡単じゃないと何度も……。

 でも、これを素で言っちゃうのがサード様なんだよねー、っていう気もする。


「いっそのこと、サード様が魔王になったらどうです?」

「俺は俺のみで完全だ。配下などという有象無象など一切不要。邪魔なだけだ」


「あー、その理屈。ガンライザー本編でも常々言ってましたよねー」

「しみじみ言うことか。それより魔王軍の拠点の場所はわかっているのか」


 サードが渋い顔つきで私に言う。何でそんな顔してるんだろうか。


「えーっと、ちょっと待ってくださいねー」


 私はちょっと先にある大きな岩に向かい、上に乗って辺りを見回した。

 あっちに丘があってー、森がこっちでー、そっちの向こうが山だからー。


「うん、あっちですね」


 言って、私は一方向を指さす。

 ちょっと険しめの丘陵地帯があって、魔王城はそのさらに向こうにある。


「……随分と簡単にわかるのだな」

「え、そりゃわかりますよー。〈漆黒領〉の地図は頭に入ってますモン」


 何せ〈漆黒領〉はDLC追加ルートの舞台でもあるからね。

 全ルートやり尽くした私にとっては、いっそ慣れ親しんだ場所と言ってもいい。


「戯れに問うが」

「はいー?」

「あちらには何があるのだ?」


 言って、サードは丘陵地帯の反対方向、連なる山脈を指さす。


「あの山脈を越えた先にあるのはゴブィエト連邦、略してゴ連です」

「…………」


 何故か、サードが押し黙った。


「ソヴィエトか?」

「いえ、ゴブィエトです。ゴブィエト破戒主義狂魔国連邦。略してゴ連です」


「どんな国だ、それは」

「テクの男、ヨシッ・ゴブーリンが邪鬼長を務める狂産主義の国です」

「…………」


 またも、サードが押し黙った。


「鉄の男、ヨシフ・スターリンが書記長を務める共産主義の国か?」

「いえ、テクの男、ヨシッ・ゴブーリンが邪鬼長を務める狂産主義の国です」

「…………」


 みたび、サードが押し黙った。


「サード様」

「何だ」

「ゴ連は〈エトランゼ〉のDLC追加ルートにバリバリ出てきますよ?」


 私がそれを教えると、サードは体を一切動かさず、目だけを少し見開かせた。

 あ、これ、追加ルートのこと全然知らないリアクションだ。

 彼が言う「完全な〈エトランゼ〉の知識」は正規ルートに限るってコトかー。


「…………」


 そして、サードはまた黙り込む。

 今度は何か随分と懊悩してるみたいだ。眉間にすごく深いシワができてる。


「おい、愚物」

「はい?」


「俺は、完全にして最強にして唯一にして無二なる〈無欠の月〉サードだ」

「重々存じておりますけれど?」


「その俺が、完全でないことなど、決してあってはならない」

「はぁ……。と、言いますと?」


「魔王軍の拠点に着くまでに、その追加ルートの知識を俺に教えろ」

「うわぁ、めんどくさいイベントが発生しちゃったぞ!」


「黙れ。俺の完全さを補完する機会を与えてやろうというのだ、光栄に思え!」

「えー、やだー、めんどくさいですよー!」


 こうして、私はサードの新たな一面を知ることができたのだった。

 思ってたよりめんどくさいな、この人!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 はい、魔王城付近に着きました。

 森を出てから三日後のことです。つまり、今日ですね!


 空には月がありません。

 だって今日は無色の月の日。日曜日に該当する、この世界でも休みの曜日です。


 ひたすらサード様に追加ルートのことを喋り倒し続けた三日間だったなー。

 でも、それは全然苦じゃなくて、むしろ楽しいくらいだった。


 しっかり話を聞いてくれる人に、好きな話を好きなだけできる。

 それって、すごく贅沢なコトなのかも。彼に解説しながら、私はそう感じた。


 で、私に話す楽しさを実感させてくれた孤高のダークヒーローはというと――、


「なるほど、これはなかなかいい眺めだな」


 険しい断崖の端っこで、全身に風を受けながらほくそ笑んでいる真っ最中です。

 威風堂々胸を張り、自信満々に腕を組むその背中はまさしくサード様。


 一方、私は、足に力が入らず地面にはいつくばっていた。

 だって、下から風がビュービュー吹きつけてきて怖いったらないんだモン!

 別に高所恐怖症じゃないけど、立ってられないよ、こんなトコ!


 今、私達がいる場所、どこだかわかる?

 ここね、雲よりずっと高い場所にある浮き島の上なんですよ――――ッ!


 魔王城、実は浮いてるのである。

 巨大な浮き島の上に、とっても大きなお城が『デデン!』と建っているのだ。


 周囲にも幾つか小さな浮に島があり、私達はその中でも最も高い島にいる。

 つまり、位置関係的に、魔王城を見下ろせるポジションということだ。


「よし、行くぞ愚物」

「ま、待ってくだひゃあ~い……」


 こちらを振り向くサードに、私はふにゃふにゃした声で制止をかける。

 本当に待ってほしい。ようやく、少しだけ心臓が落ち着いてきたところだから。


「何だ、まだそんな調子か、貴様。情けないな」


 吐き捨てられた。

 いや、さすがに無茶言わないでほしいなって


 ここに来るまでの方法が、ムチャクチャすぎたんだってば。

 だって彼、私を荷物みたいに肩に担いで、浮遊島に飛び移ったんですよ?


 そこからさらに次の浮遊島へ連続ジャンプ。私、そのたびに激しくシェイク。

 目は回るし、体は痛いし、風で体は冷えるしで、ホント地獄見たよね……。


 よく吐かなかったと思う。頑張った。私、すごい頑張った!

 え、話す楽しさがどうとか言ってたろって? 現実逃避に決まってるでしょ!


「では愚物、最終確認だ」

「ううう、何でひゅか」


「ここから見下ろせる城の最上階に、玉座の間がある。間違いないな?」

「ひゃい、その通りでひゅ……」


 尋ねてくるサードに、四つん這いの私はコクコクうなずく。


「そうか、ならばよし」


 彼はそう言って――、あれ、何か私の体が浮いて、あれあれ?


「行くぞ」


 いきなり近くにサードの声。

 気がつくと、私は彼にお姫様抱っこされていた。


「ちょ、サ、サー……!?」


 あまりの衝撃に、私は目を剥いて絶句し、口をパクパクさせる。

 しかし、サードは私に取り合う様子を全く見せることなく、崖へと歩き出した。


 え、え、わ、私、抱っこされてる? サード、様に……?


 崖に近づく最中も、硬直する私の中に様々なものが押し寄せる。

 ビックリ。怖い。嬉しい。幸せ。熱い。寒い。快。不快。辛い。甘い。


 ああ、ダメだ。何もかもが定まらない。

 全部が混じって頭の中がグチャグチャになってる。もう、ワケわかんない!


「すぐに着く。目と口を閉じていろ」


 それでも私は何とか彼に従い、まぶたを閉じて口を噤んだ。

 次の瞬間、強烈な風が、下から私を包み込む。サードが崖から飛んだのだ。


「いざ往かん、我らが野望を果たすために! フハハハハハハハハァ――――!」


 イヤァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!


 内心叫びながら彼の腕の中で身を縮こまらせ、私は魔王城へと落ちていった。

 口を開けなかった、私、すごい頑張った!

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