第4悪 大首領以外、生き残れる道はない
「貴様が世界を征服すれば。誰も貴様を殺せなくなる。実に簡単なロジックだ」
そうですね。簡単ですね。
実現するのが絶対不可能レベルに簡単じゃないのを除けばね!
やっぱすごいな、サード様。
私、ここまでの「言うは易し、行なうは難し」は未だかつて見たことないモン!
「不服そうだな」
「だって、無理じゃないですか……」
こちらを見るサードに、私は我ながらげっそりした調子で返す。
「私、体は公爵令嬢ですけど中身はただの一般人なんですよ?」
「だが貴様はすでにパーティー会場とやらで一度、啖呵を切ったのだろう」
まぁ、それはそうだけど、アレはとにかく生き残るのに必死だったからで――、
「ならば、それを実現するだけだ。十分可能だな」
「アレを一生やり続けろと!!?」
アレ、胃の中で胃液が大渦巻きそうなくらいぐわわーってなったんですけど!?
「不服そうだな」
「だって、無理じゃないですか!」
私はサード様みたいな悪の組織の最強戦士じゃないんですよ!
「いや、可能だ」
「そのサード様の根拠レスなクセにやけに力強い断言は何なんですか……」
言い方があまりに揺るぎなくて、私、思わず信じそうになっちゃう。
でもそれって、自我が弱い人が宗教にのめり込むパターンにも思えるんだよー!
「根拠ならばあるぞ」
「え?」
「貴様は世界を征服できる。その根拠があると言った」
私はさすがに耳を疑う。
彼と私、会って一時間も経ってないのに、一体どんな根拠があるっていうのか。
「貴様は俺を味方につけた。それが、俺にとっての何よりの根拠だ」
えええええええええええ、何それ……。
「完全にして最強にして唯一にして無二たる〈無欠の月〉を味方にするという史上最高難度の偉業をすでに成し遂げた以上、世界征服程度ができない理由などない」
「うわぁ……」
思わず声出しちゃった。
実にサード様らしいっちゃらしい根拠だけどー、一般人は不安しかないです。
本当にこの人、自分に疑いなんて持ってるのかな。
私、急に自信なくなってきたよ……。
ちなみに〈無欠の月〉というのは、ガンライザー本編でのサードの異名のこと。
一方で、主役のセカンドは〈欠けた太陽〉と呼ばれてたのよね。
どちらも、元はステラ・マリスが育成、改造した星天騎士と呼ばれる特別な存在。
「そもそも、サード様はどうして私に協力してくれる気になったんですか?」
アイディアを思いついたから、そのために私を利用する。とか言ってたけど。
「ああ、それか」
サードがフッと口元に薄い笑みを浮かべる。
それだけのことなのに、カッコイイほどサマになってるのは、さすがというか。
「愚物。貴様は言ったな。元の世界に戻る手段などありはしない、と」
「あ、はい。言いましたね。さっき……」
サードを説得するときに言ったなー。そんなこと。
でもそれこそ根拠がないワケじゃない。
召喚されたモノを帰す魔法なんて〈エトランゼ〉のどこにも記述がない。
本編にも、外伝にも、設定資料集にも、ファンディスクにも。だ。
だから、ありなしを問われれば、ない可能性の方が高い。と、私は思っている。
「ないなら開発すればいいのだ」
「はい?」
「貴様が世界征服を成し遂げた暁には、ステラ・マリスの規模も極めて大きなものとなっているはずだ。資金力、技術力、影響力、生産力、その全てにおいて。ならば新たな技術を開発するなど造作もないコト。実に簡単なロジックだ!」
だからそれ全然簡単じゃないから――――!?
何ていうか、発想そのものがすっごい大味。
しかも実現可能って信じて疑ってない辺り、本気で簡単だと思ってるっぽいし!
「つまり、貴様の世界征服はすでに俺のプランの中に組み込まれているのだ」
「勝手に組み込まないでください……」
うわぁん、本物のサード様、思ってたより天然ポンの気配が強いよぉ。
俳優の佐伯さんも天然キャラで売ってたけど、こっちは根っからくさいよー。
「だが愚物。仮に他の方法を取るにしても、どのような手がある?」
「う……」
いきなり突き刺された。
「重大犯罪者として手配されている以上、祖国には戻れまい。ましてや、今の貴様はほぼ身一つの有様。そんな貴様にできることは、一体何だ。何がある?」
問われても、私に返す言葉はない。
だって、何かできるならとっくにそれやってるし。
私だけじゃ何もできないってわかってるから、私はサードを召喚したのだ。
「どうやら、自覚はあるようだな」
「…………」
「だが、踏ん切りはつかないか。仕方のないヤツめ」
サードが軽く息をつく。
そして彼は、私に向かって指を突きつけてくる。
「教えてやろう。アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームよ」
私をまっすぐに睨んで、ステラ・マリス最強戦士サードは言った。
「ステラ・マリスの首領として生きる以外、貴様に残された道はないのだ!」
「ううう……、はい」
不承不承ながらも、本当にそれしかなさそうなので私はうなずく。
そして私は、まだ影も形もない悪の秘密結社の大首領に就任することとなった。
――「嘘から出たまこと」って、あるんだなぁ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鼻腔をくすぐる芳香に、私は目を覚ました。
「……あれ?」
何だろ、私、いつの間に寝てたんだろう。
記憶があいまいなまま、地面に寝転がっていた私は、ひとまず身を起こす。
「目が覚めたか」
パチリと爆ぜる焚火の前で、私に声をかける男の人がいる。
私はボーッとしながら、男の人を見る。
誰だっけ、この人。
何で焚火なんてしてるの。ここ、どこだっけ。えーっと……、
あ、いいにおい。
「おかあさん、ごはん……」
「俺はおかあさんではないぞ」
男の人に言われた。
あー、そーだ。おかあさんじゃなくてサード様だったー。
「…………サード様ァ!!?」
私は座ったまま飛び跳ねた。
おかげでまどろみの中にあった意識が一気に覚醒した。何がおかあさんよ!
「愚物。随分と朝が弱いな、貴様」
「冷静に言わないでくださいぃぃぃぃぃ~~~~」
うああああああ、ちょー恥ずかしーんだけどぉぉぉぉぉぉ……。
「って、朝?」
サードの言葉に気づき、私は空を見上げる。
木々に覆われて周りはまだまだ暗いけど、空の暗さは幾分薄らいでいた。
夜が明けかけてる。本当に朝だー。
「いつの間に寝ちゃったんですか、私」
「俺と話している真っ最中だ」
会話の真っ最中て……
うええ、記憶が全然残ってない。緊張の糸、急に切れすぎだよぉ……。
確かにここに来るまで、ずっと緊張しっぱなしではあったけど。
「あの、私、変なこと言ってませんでしたか」
「変なことだと?」
「えっと、その、いびきとか、寝言とか……」
「ああ、フフ……」
あ、何か笑った。……え、笑った?
「私何言ったんですかァァァァァァ――――!!?」
いやァァァァ!
サード様に寝言聞かれるとか、もう首くくるしかないィィィィィィ!
「何と言われれば、あれは――」
「ああああああ、いいです! 答えないでいいです! 答えないでぇぇぇぇぇ!」
サードが答える前に、私はその場で耳を塞いで身を丸め、護身を完成させた。
その私の鼻先が、またしてもいい匂いを感じ取る。
何か美味しいものが焼ける、食欲を湧き起こさせる暴力的なまでの香り。
「朝飯だ」
サードが言って、私の横に何かを置いた。
地面に伏せていた顔を傾けて、私はそこに置かれたものをチラリと見る。
「わぁ……」
感動に声が漏れてしまった。
置かれたものが、信じがたいほどに『食事』だったからだ。
木の枝で組まれた膳の上にかなり大きな一枚の葉っぱ。
その上には、焼けたサイコロステーキと色の薄い草のサラダ、苺のような果実。
皿代わりの葉っぱの横には、木を削ったと思われるお箸までついている。
「フン、どうだ、完全だろう?」
「はひ……」
野宿での食事とは思えないメニューの数々に、私の目は釘付けになる。
材料も不明なのに、ものすごくおいしそう……。
「サラダに使っているのは野生の根菜と薬草だ。肉、果実、サラダ、いずれも毒がないのは確認済み。完全である俺は、家事全般も完全なのだ。フハハハハハハ!」
「たびていいでひゅか?」
「俺の話を右から左に流しおったな、貴様……」
顔をしかめたサードに「食え」と言われ、私はすごい勢いで箸を手に取った。
わーい、お肉ー! お野菜ー! くだものー!
「いただきまーす!」
空腹時は先に軽いものからとかいわれてるけど、そんなの知ったこっちゃない。
箸で真っ先に掴むは、当然、香ばしく焼けたサイコロステーキ!
私の目を覚まさせたのは、まさしくこのお肉が焼ける匂いであった。
だったらもう、食べるしかないじゃない。お肉を!
ステーキを思いっきり頬張り、全力で噛み締める。すると途端に肉汁が溢れ、
「げ、まっず」
え? え、何これ? え? すごいまずいんだけど?
焼きすぎとか、塩みが強いとか、雑味がどうとかいうレベルじゃない。
ただ、まずい。
どうしよう、私、こんな味知らない。このまずさを言語化できない!
「サ、サラダ……」
救いを求めて食べたサラダもまずかった。
何か、渋柿の渋さを濃縮した何かみたいな感じががががが、ぽぎゃあ。
「こっちの果物なら!」
一縷の望みに賭けてかじった果物もまずかった。
苦みと、辛みと、エグみと、青臭さとかが同時に押し寄せてくるゥ……。
見た目、いかにも甘み強そうなのに全然甘くないのは何なのよォ!?
何てことだろうか。この料理、あまりにも隙がない!
「――フ」
そしてサード。
この人、何でこの味で胸張って腕組んで勝ち誇れるんですか?
「どうだ、俺の調理は。完全な栄養バランスを実現しているだろう!」
「あ、あの、味の方は……?」
「何を言う。料理の用途は栄養補給だ。そこに味を求めるなど、不完全だ」
うあああああ、その完全さ、むしろお料理には邪魔なヤツゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「あの、でも、せっかくのお料理なんですから、おいしい方が……」
口の中に八大地獄が顕現しつつある私が、必死の思いで反論するも、
「俺は料理人ではない」
ぐうの音も出ない正論を返された。
食事を作ってもらった側の私は「ですよねー」って言うしかないよ、これ!
「日頃からの均整の取れた栄養摂取こそが、肉体の完全性を担保するのだ」
言って、サードもまた、私と同じメニューを食べ始める。
かくして完全に退路を断たれた私、目の前の『完全な食事』に目を落とす。
「……生きるのって、大変だァ」
目からハイライトを消して、私は渋味濃縮還元サラダを頬張った。
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