2-20.迷える仔羊 part1

「この千年何やってたんだよ…」


 そう言った翔は、顔を覆った。

「シーッ!アニキ聞こえるって!もっとシー!仕方ねえんだよ、あいつら大抵意味わかンねえから」

 その肩を叩き励ますアライオ。


 彼らが今居るのは王立図書館、このパンガイアの歴史が詰まった建物である。

 その全てが皮紙製であり、装丁も一々豪華であるため、持ち出しなど論外。

 目録から本を選び、司書が保管庫から運んできて、施錠された個室の中で、鎖に繋がれたそれを監視付きで読む。それがルールだ。

 貴重な資料であり、単純な材料費だけでも高価な書籍達。さながら宝物庫と同義であり、厳重な警備も然もありなん。本来は貴族でなければ入る事すらできないが、朝一でマリアに推薦状を書かせ無理矢理利用している。

 断ると面倒な相手というのは浸透しているらしく、ゴネるまでもなく通された。

 こういう時には、彼女の強引さも役に立つ。

 一覧には、興味を惹かれる表題が幾つも並んでいる。



  「各地に残る異教の影」

  「極星・不動星そして動星」

  「バシレイア建国紀」

  「天候予測とは何か」

  「宮廷流万剣術指南書」

  「伝承の類似・相違性」

  「権能研究概論」

  「草木便覧」

  ………………



 その中から選び取ったのは、「骸獣図鑑」「統一君主国地理」、おまけとして「言語蒐集録」。

 前二つは言わずもがな旅立つ場合の予習であり、将来的には“世界間移動”を実現するべく、このパンガイアの情報を揃える為。

 後の一つは、個人的に気になったことを確かめる為である。


 しかし、成果はあまり上がらず。


 生存圏タピオラ外の地形、骸獣コープスの侵攻ルートや生態の規則性、敵側の知性体の存在、その他諸々ほとんど「不明」。

 「壁の外に調査隊を送ろう」みたいな話も滅多になく、多くの権王が現状維持を選択した。

 紙が貴重なのも相まって、情報量が少な過ぎるのだ。


 分かったこととしては、例えば奴らには等級が振られる事である。

 弱い方から順に、ぐんじゅうゆうごうりゅうの六段階。詳細は以下の通り。



  群:集団でなければ一兵のみでも対応可。ただし個体数が多い傾向にある。

  士:連携を前提とした個体。一体で一兵分の戦力とされる。

  獣:小隊から中隊規模を単独で相手取れる。訓練された複数で対処すべし。

  雄:脳が発達しており、他の個体を指揮するような動きを見せる物も。特徴的な        

    攻撃手段も複数有している。騎士階級がいなければ挑んではならない。

  號:高度な知能を持ち、高い戦闘技術を有している。騎士階級複数名を含んだ、

    領軍規模の兵力で当たるべし。

  竜:敏速・狡猾・巨大の三拍子揃った個体。出現頻度は非常に少ないが、一領地 

    の戦力全てをたった一体で殲滅可能。発見者は速やかに十二幹ドゥデカ、若しくはそ

    れに相当する貴族階級へ報告すること。



 長い歴史の中で、記録が残っている竜等級は二十体程度。

 実質的な最上位は、「號等級」となる。


 翔はこの世界に来て、初っ端から実質第二位の脅威と、二体連続でぶつかったわけだ。あれらがやたら多才だったのも納得である。


「あとは、骸獣コープス精霊タピオを食っているという仮説だな」

 一部の権能ボカティオがどの骸獣コープスにも効かない、もしくは効き目が弱いということがあるらしい。それらは生体内の精霊タピオを操るものであり、つまり奴らの中にはそれが居ないのではないか、という話であった。


 ただ一方で、骸獣コープスを殺した際の淵源オドの僅かな上昇、といった現象も確認されており、これが更に話をややこしくさせた。


 実験では、予めオウリエラの光が当たらない部屋を作り、淵源オドが切れるまで能力を使わせ続ける。骸獣コープスを数体殺傷した後の行使回数は、以前と比べて確かに多くなっていたと言う。

 この原因として、骸獣コープスが溜め込んだ精霊タピオの主が、それを殺した者へと移行するとされた。

 しかし精霊タピオは、木々と大気・そして動物の間を、オウリエラを動力源として常に循環するというのが定説であり、上述の言い分とは矛盾してしまう。


 よって、これも「分からない」ボックス行きとなってしまった。


 また、東は長い壁がある前線イェリコ、西は大塩湖タラサに挟まれ、では南北はどうなのかと言えば、

「砂漠と雪原か…」

 その果てを目指して帰って来た者は無く、事実上の世界の端とされている。

 それより先には、アルセズでは到達出来ないのだ。


「というかこの狭い中で、気候欲張りセット過ぎだろ…」

 面積的には日本にすら満たない狭い国、それも南北より東西に長いと言うのに、北には凍土・そこから南へ山岳地帯・大河に沼地・熱帯・そして砂漠。選り取り見取りである。

 オープンワールドゲームを彷彿とさせる詰め込みっぷり。これも精霊の力なのか。だとしたらどういうつもりだろうか?

「オレが聞いたのは、宿子アルセズと一緒にパンガイア中からここにグググってされた精霊タピオが、かつての世界を懐かしんでコネコネしてるってヤツ」

「成程、環境を保持する習性でもあって、元の生息地を再現しちまったわけだ…。やることが派手だな…」

 スケールが小さいのか大きいのか。


 そしてもう一つ、この世界と元の世界の酷似、その傍証を探すため頼んだのが、言語学の本である。


 精霊タピオが翻訳を担うようになってから、言語という概念が衰退したかと言えば、「部分的にそう」といった感じだ。

 商人及び職人は、街の掲示板で宣伝する為、自身で字を書かなければならない。

 一応出鱈目でも、意味さえ籠めれば翻訳してくれるらしいが、それに頼って無茶苦茶な字を書くのは、王都民の中では「恥」とされるのだ。だからミクダヴドに住まう者は、どんな職でもやっていけるように、公用語を習うらしい。

 識字率が高そうである。


 そうではない王都市民や、王都以外の村落ではと言うと、言葉に誇りを持っていることが多く、独自の言語をしっかり覚えさせるのだ。

 その「独自」であることの「誇り」が、「公用語とは違う」という認識に繋がり、そこまでを無理矢理翻訳しようとして、ウガリトゥ村みたいに訛って聞こえたりするのだそうな。

 つまりあの村民達は、実は別言語を喋っていたという事だ。


「言われてみりゃあ、まず受け取り手に語彙が無けりゃ、意味なんて伝わりっこないんだから、必ず言葉の習得という段階は踏むわな」

 赤子と大人の決定的な差は、「自分の中に浮かんだ意思を伝えるのに、適切な語を知っているかどうか」である。ならば話し言葉くらいは、習得していなければならない。


 そういった事情で、多言語への理解は深めようがないが、自分達の言語にはかなりの執着が芽生えており、結果その垣根の完全消滅には至っていない。

 

 さて、その“公用語”なのだが、

「アルファ…ベット…お???」

 そうと思って見れば、見えない事もないレベルで、似通っていた。

「だが、全く同じ物じゃあ、ないよなあ…」

 『言語蒐集録』には、現在記録が残っている文字と、そして発音だけ伝わる言語まで、可能な限り簡潔に纏められていた。しかも参考文献付き。試しに目録と照らし合わせてみれば、ほとんどがしっかり残っている。

 そして「公用語」と、その源流となった幾つかの古代語は、文字がアルファベットに近いのだ。

 と言うより、その「源流」の一つはほとんど英語である。“古代アンラン語”と呼ばれるものであり、具体的な単語も少しだけ載っていた。文法の組み立て方もそっくりである。

「実は未来の地球だったりするのか…?いや、だがなあ…」

 思い出すのは、彼の記憶とは異質な数々。

骸獣コープス…は生命進化だとこじつけても、じゃあ精霊タピオは?権能ボカティオは?それに元の文明が影も形も無いなんて、どんだけ時間が経ってるって言うんだ…」

 核戦争で全て灰にした後、放射性物質の影響で野生動物が狂暴化。生き残った人類も突然変異を起こし、それを基にした新文明が爆誕。

 そんな超展開しか、物語が思い付かない。

「いや、それでも辻褄が合わない物がある」

 夜空。

 配置が一切分からない星々。数が多いのか光量が強め。

 彼が知る状態から今の星空になるまでに、何百何千何万年が必要なのか。

 気が遠くなる程であるのは確かだ。

「……ああ、もうこれはいいや。元居た場所とは違う、それだけ分かってりゃ上出来だ」

 ゆくゆくは帰れると信じて、情報を集め方法を探す。今日の目的はそれだった。創世記を考案するのは後回しだ。


 

 

 後二刻。


 開拓者精神の著しい欠如に辟易としながら、あるだけの情報を残さず浚い、そこで空きっ腹が限界を迎え、昼休憩を取ることにした。


「もっと几帳面さを身に着けろよ…。王朝が変わる度に歴史を都合良く編纂し直す、どこぞの大陸国家を見習いやがれ…」

 愚にも付かぬ言葉ばかり並べ、相変わらず賑やかな通りを歩き、パンと肉串が無難かと見当を付け、

「そう言やあ。答えたくないならそれでいいんだが」

 そこでふと、聞いてみたくなった。

「なンだヨ?」

「お前ら姉弟していは、お嬢に付いて行く気なのか?」


 彼らの忠誠の度合いは、どれだけのものなのか。


「なんだ、ンなこと?」


 それは、一発で分かった。


「付いてくに決まってンだろぉ?オレ達は、お嬢様が居なきゃ絶対バタンってなってたンだぜ?」

 つまり、「命の恩人」と言いたいらしい。翔も何となく、彼の言いたい事が分かるようになってきた。

「オレとエスト姉ちゃんだけじゃないゼ?ウルだってそうだし、爺ちゃんもかなりベタベタってしてるジャン?」

「イヤだなその響き…」

 彼らは皆、マリアにその命の使い所まで、掴ませる気でいるのかもしれない。

「うん?じゃあ姐さんは?」

「クリスのアネゴはよく分かンねえ。でも何だかんだで、お嬢様からスタコラしようとした所なんて、全然見たことないンだぜ?」

 彼女には彼女なりの、「仕え方」みたいな流儀があるのだろう。

「熱心な事で…」

「そう言うアニキは、来ンの?来ねえの?」

「来て欲しいか?」

「そりゃもう仲良くなったンだし、ワイワイやりてえけどサ」

 だが彼は頭を抱えてしまい、

「でも、ヤバヤバな旅になるのはそうだし、オレがムリクリ来させるのも違うっつーかあ…でも来ると嬉しいのは確か…」

そのまま悩んで葛藤に沈む。

「あぁ…すまん、もういい、自分で決めるから」

 今のは良くない質問だった。自らの命の責任を、仮定とは言え他人に委ねた。それは、恥ずべき「逃げ」だった。

 

 と、そこで、


——ん?


 通りの騒がしさが、気のせいか激しくなっているように感じる。

「何だ?何かやんのか?」

 闘技場で大イベントでもあるのだろうか。

「掲示板見ようゼ、アニキ!」

 アライオの勧めに従い、一緒に確認してみると——


「“コォーヴァディ”!?今日これから!?」

 

 彼のテンションが突如として天井に達した。

「コヴ…なんだって?」

聖奠開放コォーヴァディ!教皇ケファ様が起こす奇跡だヨ!最近ビクビクになることがいっぱいだったンで、それをブワーンしようってンだろうな!」

 「目出度い行事でムードを良くしよう」、という意図があることは分かった。

「具体的には、何が起こる?」

「見てからのお楽しみ!行こうぜアニキ!」

「いや遊んでる暇は…おい!聞いてる!?聞いてないなあ!?」

 先先さきさき行きたがるアライオを追い、

「まあ、いいか…」

 折角だから見物することにした。

 重要人物の権能ボカティオが拝めるかもしれない。それも充分な利点と言える。

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