2-14.迎撃

「フン、フン、フフフフン、フン~、フ、フンン」


 騒めき立つ通りには目もくれず、広く下界を望む童女。

 長い緑の黒髪に、麦わら帽子と天使の輪っか、若葉色の瞳、右の虹彩だけ仄紅く。

 歌っているつもりだろうか、調子の外れた断続的な、吐息の連なりに意味は無く。


「フン、フフン、フン、フフフフフフン、フフン、ンンン」

 退屈そうに足をバタつかせ、不協和に滴る音節を、いたずら口遊くちずさんでいるところ、


「これは、どういった趣向だ?」


 バリトンで一声、呼び掛けられた。


 それまで煙突に座っていた童女は、飛び跳ねることで歓喜を表し、振り向いて楽しげに言葉を放る。

「分かんない!基本的には、彼らには自由にやってもらっているからね」

 会話相手は、壮年の男。

 豊かな銀髪の巻き毛と、刻まれた皺によって完成したおもて

 白いシャツ・赤いネクタイに、上下黒のスーツ姿。

 それが屋根の上に立ち、白い貫頭衣の童女を見据えていた。

「『自由』…、つまり、貴様ご自慢の『子供達』は、放っておけばあんなにも醜いと言うのか?我々を侮蔑出来る立場ではないな」

「ちょっとぉ?これでも一応、機能は制限してるんだからね~?そうでもしないとバランス取れないでしょ~?」

 頬を膨らませ不本意を表現。すぐに相好を崩し、「うそうそ!気にしてないよ!」と仕切り直す。

「誘導もしていたようだったが?」

「見てたの~?いやん、照れるぅ」

 顔を赤らめ両手で覆い、わざとらしく恥じらって見せる。

「彼の有用性を示さないとだから、ダメ押しに、ちょっと、ね?」

 指の隙間からチラリと目を見て、それからパッと弾けるように、

「とにかく、会えて嬉しいよ!」

 全身一杯に、幸福を開示。

「聞いてよ!ボクね、あそこに住む皆と仲良くなったんだ!」

 彼女が示すのは、眼下に広がる街並み。

 巨大樹に覆われ、空を異形が飛び、地には狂騒が蔓延る、

 王都、ミクダウド。

「ほう、それは凄い」

「でしょ?でしょでしょ?」

「特に誰だ?言ってみろ」

「えっとねーうんとねー、お土産屋さんのおじさんと、服屋さんのおばあちゃんと、お菓子屋さんのお姉さんと、あと宝石屋さんのお兄ちゃんと——」

「もういい」

 溜息混じりに首を横に振る男。

「一つ聞く。貴様は、彼らの名前を知っているのか?」

「そんなの——」


——当然、


「知らないよ?」

 童女は悪びれず、そう答えた。


「だって必要?個体識別は出来るわけだし、ボクらには要らないものでしょ?あ、でも、キミの名前なら幾ら呼んでも飽きないよ?ねーえ、バ——」

「名前というものは根幹だ」

 男が、童女に断言する。

「皆がそれに振り回され、その為に生きる者も死ぬ者も居る。理解したいなら、覚えておくことだ」

 言われた童女は、「はーい!」と返事。まるで堪えていないようだ。

 どこ吹く風な彼女の様に、男はすっかり慣れているようで、とめどなく続く言を聞き流しつつ、通りを走る者に目を止める。

 巨漢の上に、四名が乗っている。

 内一名は彼らが呼び、もう一名はその副産物だ。

 果たして、どのような計算外を見せてくれるか。

 永きを生きる彼にとっては、それくらいしか楽しみが無い。


 それでも——


「期待しているぞ、怨嗟の君ルサンチマンよ」

 

 夜はまだ明けず、今少し続く。




——————————————————————————————————————




「あと少し、あと少しでいいんだ」

 

 Thwipプシュン

 ThwipThwipシュンシュン

 夜の街を縦横無尽に跳び回りながら、アトラ伯爵はその繰り言を弄ぶ。


「私達なら届く筈だ、そうだろう、レン?」


 Thwipプス

 やがて古ぼけた建物に到着。

 王都に数多ある聖堂の一つ。最近格安で買い付けた場所。

 管理が御座成りでガタが来ているが、物を運び込んでも見咎められず、誰も入ろうとしないのが利点。

 内部は広い吹き抜けとなっている。

 そこに入り、権能ボカティオを紡ぐ。


「彼らは今、私の居場所が分かっていない。いずれはまた目立たなければなるまいが、それまでに拠点を、“巣”を作らなければ…」


 屋内を、彼の領域へと改造していく。


 逃げ回り、ここに誘い出し、こちらが狩る。

 それで、時間は充分だろう。


 彼らが勝つには、それしかないのだ。


「急げよ…。私は最後まで生きるのだから——」


 パツッと

 

 小さく割れる音、

「ヌゥゥ!?」

 彼の肉に食い込む小粒!

 

 音は何処から?

 左手にある窓。


 着色硝子に小さな穴。


 その先にある家屋の上で「銃」を構える黒影!

 

 アラクネーは確かに、先ほどその付近で動く物を探知していた。

 しかしこちらを視認しているとは——

 

 また来る!

 次は連打!

 穴だらけになった色付き水晶は、

 板状を保てず粉々になる!


 慌てて網目の壁を作り、防ぎつつその視界から逃れる伯爵!

「なんと!私の“鎧”を刺し徹すか!」

 絹織物とは頑丈な布であり、何枚も重ねれば矢をも防ぐ。

 今彼は更に、アラクネーの糸で編んだ防刃服をも上に羽織り、ちょっとやそっとでは傷を負わない。

 そこを、通して来た。

 ある程度削ぎ落とす事には成功したとは言え、驚異的な攻撃力である。


——いいや、違う!


 問題なのは、あの武器の威力ではない。

 地下道でも感じた疑問が、今再び蘇る!


——どうやって私を探知している…!?


 彼の権能ボカティオ織劾縄縛アラクネー”は、「糸」を生み出す能力である。


 長さは最大で100メトロ近く。だが遠くになればなる程、糸は切れやすく思い通りに動かなくなる。

 この能力で生み出された糸は、単に器用な紐というだけでなく、仕掛けておいて何かが通ったら感知する、布や服を編み上げる、振動によって声を届ける等、様々な用途への応用が可能だ。

 つまり、彼にとっての索敵範囲は、実に半径100メトロ。

 斥候兵顔負けの察知能力を持つ。


 だが今夜は様子が違う。

 彼が気付いた時には既に、逃げ道を塞ぐ陣が敷かれていた。

 彼の糸が届くよりも遠くから、その位置を正確に同定している。そうでなければ説明が付かない。

 ならば、如何にして?

 

 糸が作った壁を破って伯爵を追うように連発が飛んで来る!

 転がるように避けれども数発が脇腹に食い込んでしまう!

 見えていないが、この正確さ。

 何か仕掛けが、あるに違いなく。

 記憶から手懸りを探す。

 おかしな部分は無かったか。

 ジィは、容疑が確定したのは今朝の段階だと言っていた。

 それ以降に、彼に対して何かを仕掛けた?出来事をひたすら羅列する。

——礼拝堂での会議後、彼と話し、

 アトラ伯爵はもう一つ思い起こす。マリア・シュニエラ・アステリオス専属召使隊の名簿。

 彼にとって、最も注目に値する者。それがマリアだった。

——屋敷に戻り、アロ男爵と申し合わせ、

 だからその直属の兵も、権能ボカティオまで調べたのだ。感知型は居なかったが、執事ジィ・ドーの詳細が不明だ。

——星明りだけになった時、こっそりと外に出で、

 ならば彼の——


——ポトリと、

——服に何かが落ちた。


「アライオ!彼か!」


 一番外の上着を脱ぎ捨て、そのおもて面を広げてみれば、暗褐色の塊が付着。

「膠だな!彼の弓の製造過程で必要になる物を!このように利用するか!」

 アライオの“あの空へ届けアールテミス”は、飛び道具に憑依する能力。

 重要なのは、「飛び道具」の範囲。

 投げてしまえば飛び道具である、アライオがそう言い張れば、このような物でも操作対象。

「過去こういった使い方はしていなかった筈だが、成長し、拡張したのか?それとも——」


——「彼」か?


 思い出すのは、つい先日召使隊入りしたアルセズ。

 今は未熟だが、しかし他の者には無い、業火のような何かを宿す男。

 

 カケル・ユーガ。


 あの作品を挟んで語らった、その時から確信していることがある。


 彼は、鋭い。


 それを収める、鞘を知らぬ程。


「君とは、あまり殺し合いたくはなかったよ」

 心から残念そうに、アトラ伯爵は吐露する。

「だがやるからには、手心は無しだ」

 外套を丸めて膠を閉じ込めながら、

 

 彼は覚悟を決める。


 反撃開始だ。


——————————————————————————————————————


「アニキ!見つかった!」

 アライオが悔しそうに声を上げる。

「遂にか…。だが…!」

 それでも、翔のやることは変わらない。


 翔が発案した、“あの空へ届けアールテミス”の活用。

 着弾した後でも、意識を宿らせ続けられるのでは?その仮説は、昨日の朝に浮かんだ物。

 翔の権能ボカティオは、「役目を果たすまで消滅しない」。弾丸の役割は、「当たって破壊する」ことだけでなく、「体内に留まり続ける」ことである場合も。

 ならば、命中した後も「飛び道具」ではないか。

 その発想こそが、突破点ブレイクスルー


 今彼らは獲物を追い込んだ。

 このまま外から弱らせる。

 糸使い相手に閉所へ赴く、見え見えの愚は犯さない。

 対手が選らんだロケーションを、逆に檻として利用する。

「ライ、矢を射るかヴゥルカーに何か投げさせろ。伯爵に当たらなくても、それで位置を確認出来る」

「了解!」

 ハンドガード付きP90を構えさせながら、アライオに次なる指示を送る。

 コントローラーの右トリガーを、人殺しの引鉄を、出来るだけ無心で押し込めるように。

——考えるな。

——あれは、人類の敵だ。

——あれは——

 

 Creakyギギィー


 扉の開く音!


「逃げるのか!?」

 ここに来て正面突破か。

 入り口から逃すなどあってはならない。

 それに木製扉など貫通出来る!

 それは悪手だと断言する!

 確実に当てようと身を乗り出して、

「喰らえ!体内を貪るフルメタルジャケット弾——」

「カケル!妙ですぞ!」

 ジィがそこで待ったをかける。

「他に道が幾らでも作れる今、何故わざわざ馬鹿正直に正面扉を?それにこの距離で、開閉音が聞き取れるのもおかしい!」

 音が聞き取れる、

 音が運ばれて来ている、

 音が耳に——

 翔が目を右耳側に向けると、

cre」「creakギギ

 そこには、細い糸が、


 Pluckピイン


 張り詰めたそれが、

 引かれると同時、

「カケル!」

 咄嗟に伸ばした手をジィが掴み、

 諸共に聖堂へと招き入れられる!


「釣られた!」


 糸を使って扉を開け、その音を彼らの元まで届ける。

 気を取られ余所見をした一瞬で、一本を起点に集めて束ね、網漁のように引き込んだ!

 翔の視界に、滑車に巻き付く糸が見えた。ああいった仕掛けを利用して、大人二人に綱引きで勝ったのか。

 蜘蛛の巣が張り巡らされている、その屋根の下に入ってしまえば、身動きすらなく縊り殺される!

 ジィは強い力で引かれると分かるや、逆に自分から跳躍!

 身体を捻って網目を搔い潜り、演壇の上へ着地する!


 翔はそうもいかない。

 檻へとダイブして拘束される!

 四肢が大の字に固定された!


 そこに迫る、奇怪な人物!


 全身包帯のような何かでグルグル巻き!


 上等な衣服は防刃どころか、防弾の域にまで達している!

 

 肥満体型は着膨れで更に丸まり、糸を利用して俊敏・トリッキーに動き回る!

 

 唯一の露出たる一睨み!妄執の眼光を隠す気も無し!

 

 遠目ではしっかりとは見えなかった、アトラ伯爵の戦闘形態!


 ジィが投げた刃は、斬撃が吸収されほぼ無力!


 薄く高い破砕音!

 窓から突入してくる大矢!

 アライオの援護!

 

 伯爵は布壁で逸らし、糸を駆使してジャンプ!避ける!

 それでも追う!

 追う!

 追いかける!


「アライオ!なんとか掴んでくだされ!」


 ジィの喝の甲斐なく、

 伯爵とすれ違い飛び出してしまう太矢!


 更に翔との距離が近づく!が、しかし!

 影が立ち塞がる!

「“非難轟号ルサンチマン”!」

 15mの範囲外。一度彼女は消滅した。

 解除してからの再発動!

 再び肉体が構築される!

「シンプル・ブローバック。

 ブルパップ式。

 バックアップ・アイアンサイト。

 5.7×28mm、SS190フルメタルジャケット弾。

 装弾数50発!

 プロジェクト・ナインティ!」

 命ずるは、

「“くれぐれも、お行儀良くテイク・イット・イージー”!」

 力と武器が再び揃う。

 痛みの反映というデメリットもあるが、深く同期することで、コントローラー無しでも操れる!

 が、限界も近い!

 二度の人体生成は、大きな負荷となった。

 間もなく翔の淵源オドが切れる!


「動けるデブえええええええ!」

 褒め言葉にも聞こえる悪態、

 秒間15発の鉄の弾頭、

 影が放つは、その二つ!


 数発ずつ撃ち命中率重視!


 伯爵は振り切る!

 右に左にそして上に。上に!上に!!


 ジャンプ後高く上昇する伯爵、

 影の首と狙いも釣られて上向き、

 天井で止まる、あとは降りるのみ。

——しめた!隙だらけだ!

 そのまま下降する伯爵に銃口を——


 SLITHERINGしゅるしゅるしゅるしゅる

 

——これは!?

 翔の周囲の糸が巻き取られている。

 それが輪を作りその中心には彼の首!

 アトラ伯爵本体と繋がっており、その急下降に連動して、翔を縛り首にする仕掛け!

 伯爵の方が重い為、容易に彼を吊り上げられる!

 いいや、その前に衝撃で首の骨が圧壊する!

——しまっ!間に合わな——



 バキッ。



 壊れたのは、

 

 


「ドオオオオン!!」


 内外問わず大きな揺れが襲って糸の支点となっていた梁が屋根ごと落下!

 間一髪免れる翔!


 巨大生物の襲来に対して、その脅威をいつしか忘れ、対策を怠り老朽化も放置し、

 その怠け癖が今、一人救った!

 ヴゥルカーの一撃だけで倒壊する建造物!


「盤をひっくり返すか!宜しい、無効試合としよう!」


 天井が開き逃げ道が広がり、

 その先を目指した伯爵は、

「伯爵の前でお披露目するには、拙く恥じ入るばかりですが」

 その足に自分のものではない糸が、巻きついていることに気が付いた。

「わたくしめもまた、糸の扱いには自信がございまして」

 投げられた刃は、演壇に突き刺さり、糸部分を括りつける為に。

 だが引き留めるつもりなら、それ以上で引き剝がすのみ。

 こちらも糸を利用し、体重差を使い、脱する。

 こういう時の為に、彼は日頃から筋肉も脂肪も増やして来たのだ。

 だから、勝てる。

 だから、


 足を全く動かせない、


 今のような状態は、考えもしなかった。


「な、に、が…」

 岩にでも括り付けたのか。

 反対の端は何処に——


 そこに大男が立つを見て、理解した。

 あれだ、と。


 今繋がっているのは、複数の意味で召使隊最大の、あの庭師である、と。


——どうやって彼に受け渡した?

 ジィが片方を伯爵に取り付け、では反対側は何処に行っていた?

「あの矢、か…」


 アライオが射ち込んだ矢に、ジィが足枷を託し、ヴゥルカーまで送り届けた。

 

 優秀な頭脳に、精強な手足。

 言葉少なに、高度な連携。

 

 これぞ王都一・バシレイア一の麗嬢が誇る、


 マリア・シュニエラ・アステリオス専属召使隊。


 鎧の中に仕込んでおいた糸切り鋏を射出して足のそれを

「オオオオオオオ」

 剛腕で力強く振り上げられ、伯爵はそれを受け入れた。


 衝撃など、逃しようがない。


「オオオオオオオオオオオンンンンンンン!」


 地面に激突、ただそれだけ。


 世界樹の天辺から落下したかのように、


 破滅的な感触が全身を襲い、


 それが二度三度四度と響き、


 くるりと眼球が裏返り、


 我に帰ると、逃げ場は無かった。


 襤褸雑巾になった鎧を相手に、大人気無いくらい致命的な武具を手に、


 囲み立つ戦士達は語っている、


 瞬きする間に殺せると。


「観念して頂きますぞ、アトラ・ヨシュ・アラフヌ伯爵」


 その勧告を受けて、


「その前に…あと一つだけ…coughゴホッ…見届けようじゃないか…」


 アトラ伯爵は不敵に笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る