2-13.連撃
「止めろ!なんとしても、ここで食い止めろ!」
上下水道が交わる場所で、必死に叫ぶ衛士達。
ぞわりぞわりと蠕動する相手に、刃を立てようと躍りかかる。
詠唱する者、弓を引く者、頭上に剣を構える者…。
それらの攻撃が弾かれる。
推定全長20メトロの長大な芋虫が、夜の王都に這い出でる!
「
通信役であった、アトラ伯爵が裏切った。
今王都に居る
助けを呼ぶなら、自分の足で、走って向かわなければ。
そしてその往復の時間分、持たせなければ。
無謀に挑みし極限状態の中、
『現在目覚めの状態にある、全王都市民に告げます』
一つの“声”が頭蓋に響く。
『こちらは、聖堂会公布教役、ソウロ・アンテオケです』
男の声は、そう名乗る。
「ソウロ様だ!」
「ソウロ様のお声だ!」
ソウロ・アンテオケ。
指定した相手に一方的に、予め「繋いで」おけば双方向的に、言葉を届かせる
どのような場所・環境でも教えを示すことが可能な、聖堂会の布教担当。
そして時に、こうして軍事作戦に従事することもある。
「何か激励のお言葉を下さるに違いない!」
「あのお方の信頼を裏切るな!」
高まる期待とは裏腹に、
『現在、外気に強力な毒素が散布されています』
妙な事を口走るソウロ。
「?『毒素』?」
「どういう事だ?」
『決して、屋外にお出にならないようにお願い申し上げます。カーテンもしっかりと閉め、窓に顔を近づけないでください。我々聖堂会、及び王都警衛隊が速やかに解決致します。慌てず騒がず、安心してお眠りください。繰り返します。こちらは——』
見えて来た。
今起きているかもしれない市民が、事態に気付くのを防いでいるのだ。
「時間稼ぎの手助けをしてくださっている!」
「流石はソウロ様!」
口々に褒め称える兵員達。
そんな彼らを、更に喜ばせる事が起こった。
『現在我がバシレイア統一君主国の為に粉骨砕身する兵士諸君』
今度こそ、彼ら宛ての宣言である。
一体何を聞かせてくれるのか。
再びその場の熱量が上がっていく。
『まずは東の空をご覧頂きたい』
「東?どっちだ?」
「馬鹿!あっちだよ!」
「星でも見るのかな?」
言われるがまま、指された通りに、
彼らは揃って
——何だ、あれは。
そこに浮かんでいたのは、
巨大な四対の翼だった。
この遠くからでも、十分に伝わる規格外。
ザリキエラの光を受けて、白く輝く綿毛のように、幻想的にすら見えるそれら。
羽ばたく度に、キラキラとした何かを、その両翼から零し落とす。
『見えるだろうか?』
ソウロの声で、思考が復調する。
『あれらは芋虫型の死体から産まれた』
死体から——
——『産まれた』?
本能が、理解を拒んでいる。
その恐ろしい出来事を、受け入れたくない。
『我々が回収したのは、17体。その内の4体は解剖の着手すら間に合っていなかった。そして奴らはその手付かずの死体の背を割り、誕生した』
まるで、生まれ変わり。
一度彼岸を踏んで戻った、霊魂や天使だとでも言うのか。
『形状的にはどうやら蛾に近い生き物らしい。本部から飛び立った彼らは鱗粉らしきものを撒き散らしながら東区上空を旋回中である。当然粉は有毒だ』
安全上の観点から、警衛隊本部は東区、重要な命の多い貴族居住区画に置かれている。
その防衛思想が、今は仇となった。
これでは、王都最大の戦力たる貴族達も、迂闊に身動きが取れない!
『現在シモーヌ・アポストロ・カナナイオス様が対処に当たり、奴らがメトシェラに近づかない事もあって最悪の事態は免れているが、
彼らにとっては、何よりも聞きたくない情報。
『よって、そちらが戦っているらしい芋虫型の駆除及び裏切り者の粛清については諸君らで処理する必要がある。速やかに任務を達した後、東区へ集合し護衛任務に当たってくれ。以上だ。健闘を祈る』
無慈悲に、“声”は断ち切られた。
援軍は、来ない。
それどころか
「う、うわああああああ!!」
重さを増す内臓に堪え切れず、兵士の一名が突出してしまう。
「待て!止まれ!」
「こいつぅぅぅぅぅぅ!」
静止も聞かず、右手に風を集め、
それに破片を巻き込んで、
破砕槌にして突き立てんと突撃!
「ぶち抜く!抜いてやるぅぅぅ!」
その時彼は、瞳無き無数の眼と目が合ったように感じた。
そして、
「ぐああああ!?何だぁぁぁぁ!?」
激痛。
瞼を開けていられない!
彼だけではない。
巨大芋虫がその体毛を、身震いするように微振させた、
その次の瞬間。
それを見ていた兵士達が、皆一様に目を押さえ倒れ臥す。
理解の範疇、
嫌悪の閾値、
それらを超越し、尚あまりある!
「こ、こんなの…」
隊長格の一名が、槍を取り落とす。
「こんなの、どうしろって言うんだよおおおお!」
重い冷気のように、
足下から全身を支配する恐慌。
絶望——
「こっちだよ!
その粘っこい諦観を、
裂き荒らす連続的弾鳴!
「
煩わしがるように、
そちらを向く芋虫。
「王子様のキスはまださ!だからもうちょっと寝ててくれるかい!?」
黒づくめの怪少女。
頭巾のような物で顔が半分隠れ、はっきりと分かるのはニヤつく口元のみ!
その手に抱えるは、彼らの知らない機械仕掛け!
「ルサンチマン!遊んでやれ!」
「アイアイ!」
更に後ろから現れる、使用人風の服の上に、見知らぬ黒い衣を纏った謎の男。
その両手で、これまた不明な物体を握る。
男が少女に命じ、少女が
「カケル!何か考えが!?」
燕尾服の老人が問い、
「一つ!思いついた!」
黒衣の男が返す。
「あまり力を使わずに、こいつに一杯喰わせる“手”が!」
ふと、疑問に思う者がいた。
——やけに、大人しい…?
芋虫が少女と
警戒し、次の一手を決めあぐねているのか?
——いや、これは…
その様はまるで、
引き絞られた弓のように——
「おい君!今すぐそこから離れろ!」
遅い!
既に射程圏内!
「
胴を収縮・伸長させ間合いをぬうっと伸ばす
更にあの不可思議な目潰し!
「がああ!これは!?」
「兄弟!」
何故か男の方が怯み、そして少女が食らいつかれる!
「ルサンチマン!右手を前へ!」
脱しようとする抵抗空しく、
牙が、彼女にガッチリと食い込む!
「きょう、だい…、からだが…」
「おれのほうも、かんかくが…」
麻痺毒。
最悪の事態。
「射掛けろ!あの少女を解放するんだ!」
槍が投げられ矢がつがえられそれでも芋虫は離さない。
玩具を取られたくない犬のように咥え込んだまま口を開けない!
ズルリずるりと見えなくなる少女。
ブツブツと何かを呟いている男。
万事休す。
どんな策が有ったのかは知らないが、こうなってしまえばどうしようもない。
救出を諦めあの口の中に——
「『
不思議と落ち着いたその男の一言が、耳に入る。
そして
二連の烈音!
いや半ば重音!
太鼓を両の
叩きのめしたように!
「
首を振り喘ぎ苦しむ芋虫!
「色々と試せた。どうやら、単純な動きなら強制できるらしい」
あれだけ強固だった閉塞がこじ開けられその牙を掴んだ少女の姿!
「感覚が麻痺しただけで、俺は動けた。お前が痺れていても、
彼女の右手には、先ほどとは違う何か。
横並びの鉄の筒と、それを支える木製の取手。
全体的に小さく短く、とてもあの巨体を苦しめる、それだけの威力があるように見えない。
だが事実、それは為された。
「そして、口の中でのお前の体勢・右手の位置・生み出した銃口の角度。
その全てが——」
——
「文字通りに、『一杯喰わせ』てやった」
「これが大人のキスだよ。君にはまだ早かったかな?」
言いながら、影の右手の道具が、パカリと前後に割れた。
——————————————————————————————————————
P90では痒い、それはもう火を見るよりも明らか。
銃声は、今気に出来る程悠長でもない。
だが夜間では、大きい銃には
この芋虫だけが相手ならまだしも、逃げ続ける伯爵に、新たに表れた巨大蛾までいる。
ここで全力を出して消耗するのは、ペース配分として下の下。
そこで彼は、此方側ではなく敵側の条件を変え、よりダメージを与えるという思考の転換を行った。
方法は、ルサンチマンを食わせること。
固い敵は体内から。王道中の王道な対策。
ルサンチマンなら、痛いだけで死にはしない。それでも絶えず毒を流し込まれれば、彼女の身体は動かなくなってしまう。しかし指先一つなら、
勿論プランBは用意していたが、賭けに勝ったので使わずに済んだ。
ここに、ルールその6が発覚。
そうなるとやり方は簡単。
体が止まる直前に、喉奥に銃を撃つ姿勢を取り、
あとはその手元に、どの銃を生み出すか。
素早く構築しなければならず、構造が単純であることが望ましい。
射程は要らず、破壊力は欲しい。
候補は直ぐに、一つだけに決した。
反撃準備だと見抜かれぬよう、彼は小声で始める。
「水平二連の鉄銃身、木製の
全体で
「中折れ式、左右共に同一の機構」
引鉄がそれぞれ一つずつ、計二個。
その作りによって、同時発射すら可能。
「
散弾としては最人気のサイズ。12分の1ポンドを一撃で12個。
「装弾数——」
——たった2発!
容易く成立、超近接の権化!
狙って撃つに適さずとも、閉鎖を打ち破る
「“ウィンチェスター モデル21・ソードオフ”!」
言っておくなら、
「“
形になると同時に両
それの口の中をズ タ ボ ロにした!
更に表皮の硬さが災いし体内で多数の跳弾が発生!
損傷規模が指数関数的に跳ね上がる!
遠距離での狙撃戦など論外だが、中近距離での撃ち合い・狩猟・障害物破壊といった用途において、抜群のパワーを発揮する。
その射程は、「
が、この「絞り」を意図的にカットすれば、目の前に範囲攻撃ができるのでは?
弾頭にかかる抵抗を取り除けるので、射程を犠牲に軽くて強い銃が生まれるのでは?
こう考えた者が、実際にやってみたのが、「ソードオフ」と呼ばれる物達である。
「切り落とされた」という直球なネーミングのそれらは、予想通り恐ろしい威力を持っていた。
小さくなるので持ち運びやすく、壁はぶち抜き肉は引き裂く。
実戦でも、施錠された扉を開ける為に、
一方ウィンチェスターM21は、廃れてしまった水平二連式散弾銃である。
横に銃口が並んでいるので、真っ直ぐ狙うのが困難、ということだけが原因ではない。
上下二連の散弾銃と比べて、水平二連は軽い傾向にあり、その分撃った時の反動による跳ね上がりが大きくなる。
また狙う時には、銃の下を左手で掴むのが基本だが、上下二連の方がグリップ部分が厚く、熱した銃身で火傷する危険性が低い。
そういった諸々の使い勝手の差が、時と共に水平二連を衰退させた。
だが今、
片手で素早く高火力が求められる
この時、
火傷は度外視、
軽さは長所。
そして、もう一つ。
銃身を前倒し銃把との間が開く。
銃身を元位置に戻して、
ワンツー!
二連撃!
この簡便さ!
これこそが利点!
装填時に必要な銃を折る角度は、水平二連の方が浅く、大したロスなくそれを行える。
身動きが上手く取れない今、最低限の動作だけで、何度も放てるという魅力が活きる!
「どんどん行くよ!」
排莢!
生成!
装填!
二連射!
排莢!
生成!
装填!
二連射!
何度も何度も
何度でも!
「気の済むまで『おかわり』をくれてやる!」
翔は次弾を——
「カケル、そこまででございますぞ」
張り切る影に刃が突き立つ。
「ぐ!?何を!?」
言葉が出切るよりも早く、短刃に括り付けられた紐を利用し、ジィがルサンチマンを引っ張り上げる。
「充分でございます。あとは、あの者にお任せください」
「あの者」とは?
答えは、
地響き。
ズシリ
ズシンと、
近付く“暴”。
気配が既に質量を持ち、
そこに居る彼らを
叩き止める!
「ウル!壊しなさい!」
それに負けず劣らず色濃い存在感!
暗き夜空を割るように、
全ての頭上から命が下る!
「容赦も跡形も無く!」
「わ゛か゛っ゛た゛!」
応じるは、3mを超える巨人!
鉄の輪っかで保護された手の指の第一関節から第二関節まで、そこを地に付ける「ナックルウォーク」で、倒すべき敵へと猛然と迫る!
「ヴン!」
低く!
「ヴオン!」
唸る!
「ヴオオオオオオン!!」
叫ぶ!
「ドン!
ドゴン!
それは雄々しく、
荒々しく、
取っ散らかって
狂い乱れ、
しかし彼なりの理に則った、
詠唱!
「
鎧の隙間から、噴出する蒸気!
さながら火を噴く山々のように、
抗い難い崩滅の化身!
「
ヘルムで表情は伺えないが、恐らく鬼の形相であろう。
二足走行に移行した大男は、
背中からその両手に盾を一つずつ、
それらが変形し拳に貼り付き、
「“
巨大な籠手の形を取った!
「ドン!」
右の拳!
接近即顔面打擲!
「ドォン!」
左の拳!
よろめく
「ドドン!」
右!左!
殴られた頭が吹き飛んだ先には、既に握り拳が置かれている!
「ドドドン!」
右!左!そして右!
「ドン!ドン!ドン!ドン!」
右!左!右!左!
「ドンドンドンドドドドドドドドドド——」
「
——ドドドドドドドドドドドドドドドド!!
終わらない!
終われない!
牙が折れても!
脳が潰れても!
散り散り無残に擂り潰された、
「お願いだから止まって欲しい」
「これが止むなら死んでもいい」
「なんなら今すぐ乾眠したい」
そんな懇願一色だった!
その単一なる意識を、
「ヴ、」
両の拳を組み合わせ頭上まで高く掲げ、
「オオオオオオオオオン!!」
潰す!
叩き潰す!
ぶち壊し潰す!
ペチャンコに潰す!
それが、決まり手。
「さっきの目潰しは、タランチュラみてえに体毛でも飛ばしてたのか?…いや、もう分からんかもだが」
引き気味の翔に構わず、ヴゥルカーは念入りに殺し続ける。
叩きつけ、踏みつけ、二度と起きぬよう。
その発想すら浮かんで来ぬよう。
「『主力』か、成程ね…」
見れば分かる、最大火力。
力で解決担当である。
「…言ってる場合じゃねえな、追わねえと」
アトラ伯爵を見失った。だが、追跡はまだ出来ている筈。
「町中を飛び回る蜘蛛伯爵に、巨大な蛾まで爆誕とはな。アメコミと日本特撮の夢のコラボかよ」
尖った神経を宥めようと、出来るだけくだらないことを口走る。
「ライ!どうだ!」
数人の兵士に囲まれたアライオが、目を閉じながら声に応える。
「ダイジョブ!まだ乗ってる!」
恐ろしい射程と持続力だと、翔は内心舌を巻いた。
「アニキ!今何してたン?」
「害虫の歯を治療してやった」
「そうか!ギュウギュウした場所でスンと作れてズドンできる強い武器!ってことはつまり——」
彼が期待しているのは、
「とうとう“アンコール”の出番だったナ!」
「………すまんアライオ」
言わねばなるまい。
「やっぱり一発はコワ過ぎる」
許して欲しい。
もっと便利な物があったし。
「ええ~?」
「ウル!見事な暴れっぷり、褒めて差し上げますわ!引き続きお願い致しますわよ!クリスはわたくしと共に救護・復旧へ!ジィ!ライ!カケル!」
矢張り高所に、それも平屋の屋根に陣取るマリアが、彼を呼び出し次を命じる。
「ウルを貸し与えますわ!合同で、アトラ伯爵を追いなさい!このわたくし、マリア・シュニエラ・アステリオスの名の下に——」
——
「弑逆」。
つまり、必要なら「殺せ」と言っている。
——出来るのか、俺に?
大罪人とはいえ、
人を、殺す。
——俺が?
翔は、
覚悟の決まらないまま、
アトラ伯爵の後を追った。
——————————————————————————————————————
Tips:ワース…英単語のworth(価値)から来たゲーマー用語。と言っても、あるゲームのプロ界隈でしか聞いたことがない。意味としては「ドンマイ」に近く、「失敗したけど、仕事はした」「次に繋がる事をした」という誤魔化し・励ましのニュアンスがある。例:「ごめん、無茶し過ぎた!」「これはワース、“学び”を得たね」
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