2-11.夕暮れの究明


「難航、いや、行き止まり?」


 ヴゥルカーの一言を否定出来る者は、その部屋の何処にも居なかった。

 散々水路を駆けずり回り、それで分かったのは一つだけ。「隠れている・いたとは思われない」。乃ち、不可能がより浮き彫りになった。


 後四刻18時 。

 現在彼ら召使隊は、再びマリアの居館、その応接間に集合していた。

 ただ、全員ではない。

 主であるマリアと、執事のジィ。その二人は何らかの調査を続行中だ。


 彼らの頭を悩ませているのは、芋虫達の出所、


 


 生態を解明すべくその腹を開いていた、解剖班からの報告だった。

 曰く、


 中身が溶け出していた、と。


 死んですぐ、水分が抜けた殻のように固くなり、表皮を割くのさえ苦労したというのに。ここに来て、更なる証拠隠滅機構。どこまでも念入りに足跡を消す、その徹底した意識が伝わって来る。

 今彼らは、最速で「殻」を突破すべく奮闘中である。その中の身体が、切れ端でも残っていると信じて。

 

「結局分かったのは、芋虫の外形くらいか」

 脊椎は無く、見た目通りの節足動物だと思われるが、そもそも骨まで溶けているなら確かめようが無い。

 口にある牙は、麻痺毒や溶解液を分泌すると思われる。口内に出糸しゅっし突起のようなものを有し、絡め捕られ動けない餌食を、消化液で解して吸い上げるその捕食は、見た目に反して蜘蛛に近いことが分かる。

 

「ドロドロにして残さず食えば、サッと消えたも同然、ってかあ。ウエッ」

「その上自分の中身まで消しちまいやがる。面倒な奴だな」

「エストちゃんなら、そのうちコツを掴むだろうけど…」

「もう多分、全部、中身、原型、ない」


 他に彼らに残された道は、次の出現に備える為に、その外側の形から、奴らの動きを予測すること。


「前側に三対、体の後端にもう一対の脚、だって~、何だと思う坊や?」

「比較的規格の大きい足には、吸盤に似た器官がある…。普通に考えれば、食餌しょくじを捕える為の手ですね」

「ピタッてやって、パクッてこと?あんまり長くねえし、注意しなくてもいいか?」

「壁、登る、為かも」

「ああそれもあるか…」

「そんなに速くは動けなさそうだけど」

「いいえ姐さん。悲鳴一つ上げずに何人も食われてます。瞬間的な挙動は、決して侮れません」

「ま、喰い付く動作は異様に速い、っていうのは全然あるよね…」

「つーか、足が尻に付いてンのは何でだヨ?」

「それこそ壁登り用——」


——待て。


 形状に気を取られて、気が付かなかった。

 だが、より大きな視点で俯瞰した時。

 この生物はまるで——


「だがそれは地球の話で…、いやだが、生き物は似ている」

 牛・豚・鶏・土竜・海豚に蚕等々…。地球とよく似た生態系。骸獣コープスの持つ器官の機能も、彼の故郷での知識が通用する。

 言葉や単位もそうだが、ここパンガイアは翔の故郷と、相似のような関係を持つ。

 例の「ふウりぁエさま」だってそうだ。彼の知る神格とよく似た名前。

鏡合わせであるかのように、二つの世界はほど近く、だからその間を転移できた。そう考えても不自然ではない。


 だから、


 この構造が、彼の知識と合致するなら。


「アニキ…?」

「姐さん。あのサローって兵士の芽生えの季節アグローロスって、具体的には何を感じてるか分かったりしますか?」

「え、ええと…。どうだろ?体積に対する水分の割合?それとも呼吸とかの代謝機能そのものだったっけ…。ちょっとうろ覚えだねえ」


 どちらであっても、すり抜けられる。


 だが、それが本当だとして、どうする?


 どうやって、見つければいい?



「皆様!何か良い案はございまして!?」



 バーン!


 と、

 蹴破ったのかと思ってしまう程、勢いよく開かれるドア。

 ジィ・ドーを控えさせ、恒例の仁王立ちで、マリア・シュニエラ・アステリオスの御登場である。


「潜伏方法は分かりましたの!?」

「今アニキがなンか閃いたところー」

 置いてきぼりを喰らって、つまらなさそうに言うアライオ。

 それを受け、疑わしそうに目を遣るマリア。

「カケル?何かお考えが?」

「どうやって隠れているか、それは何となく分かったかもしれねえ」

「え、ホントに!?」

 突然興味を示すアライオを抑え、彼は少女に求める。

「だが出現を防ぐ方法がねえ。だからお前の方で『裏切り者』を見つけて欲しい。大至急だ。怪しい奴全員の名簿を作って——」

「今更何をおっしゃりますの?」

 彼女は、不思議でたまらないという顔で、


「どなたが敵か。そんなことはもう、今朝の時点でほとんど確定してますわ!」


 そう宣言した。

「え、は?何?」

「分かっていないのは、『何故』と『どうやって』。『何故』の部分は誰かのお心を覗く行為ですので、深みに嵌る恐れがございますわ!ですから、わたくしは申し上げましたのよ?『方法を探せ』、と」

 分かっていた?

 この連続殺人事件の、

 その元凶が?

「じゃあなんで捕まえねえんだ!」

「で!す!か!ら!『ほとんど』ですわ!九割九分決まっていても、残りの一分が詰められなければ、それは根拠無き言い掛かりも同然ですわ!確たる証も無しに高位貴族を拘束など、いくらわたくしでも直ぐには難しいですわよ!」

——時間があれば通せるのかよ。

 という指摘は今は置く。

 それより優先されるのは、

「だとしたら、一気に手段の幅が増える。こっち側から——」

——仕掛けられる。

「しかしこれ程慎重な者が、そう簡単に尻尾を掴ませますかな?」

「ライ!」

「え?何?」

 それは、二人で実験を繰り返した、あの朝から考えていたこと。

「お前に“成長”してもらう」

「ん?え?」

 彼の権能ボカティオは、攻撃以外にも活用可能。それがあれば、解決できる。

「それでお嬢、誰が敵なのかを教えろ。俺達をここまで揺さ振ってくれた、そいつは一体何処のどいつだ?」

 それを聞いて、詳細を確認し合い、罠に嵌める。

 「いける」、翔は確信した。

 高揚する彼に対して、

「わたくし達が対峙するのは」

 マリアが教えた名前とは、


「————」


——は?

 一気に頭が冷えた。

「え、いや、それは…」

「ま、素直に考えて、それが一番可能性高いよね」

「素直に…」

 そう、「素直に」考えれば、分かることだった。

 

 仕組んでいる誰かが居るとして、その条件に最も近いのは、


 その人物だ。


 翔だって、最初は疑惑を抱いていた筈だ。


 ならば、

 何故今まで、

 そこに至れなかったのか。


 彼は、案外動揺している己を見つけた。

 そしてついさっきの、特殊に過ぎる会話を思い出していた。




 マリアがひと悶着を起こした、そのすぐ後。

「カケル・ユーガ殿はいらっしゃいますでしょうか」

 歩哨が一人、彼を呼びに来た。

 心当たりと言えば、たった今お嬢様と揉めていた、その話くらいだ。

 確認事項でも発生したのか。翔としては、別に拒否する理由も無い。

 一応ジィには報告したが、「かしこまりました、陽が落ちるまでには戻すよう伝えておきますぞ」とだけ言われ、特に関心も向けられなかった。

 だから、大した用でもないだろうと判断し、ホイホイ付いて行ったのだ。


 最初に「おかしい」と思ったのは、案内された先が屯所とんしょ等ではなく、単なる酒場であったことである。

 まだ午後の始めだがそれなりに盛況で、これから夕方、そして夜に近くなるにつれて、人がより多く集まって来るのだろう。それを考慮すると、大層人気な店なのかもしれない。

 次に翔だけ座らされた後、兵士が何処かに行ってしまったのも、翔を不安にさせる。

 店員に貨幣を渡し、二言三言交わしただけで、外へと出て行ってしまったのだ。

 普通監視役が付くのではなかろうか?それとも私服警官よろしく、密かに配備されているのか?居ないなら不用心だし、居るなら彼相手には大袈裟である。

 因みにジィの話によると、銅貨一枚でパン一個分に相当し、それが100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚に当たるらしい。意外と食料が高騰していないのが、これまた謎な点である。金属も一緒に高額になっているのだろうか?

 さっき手渡されたのは、銀貨3枚程。何も出て来ないところを見ると、注文料金ではない。

 そんな意味不明な状態の彼を、店側の誰もがいないように扱うのが、更に気味が悪い。

 これは、「慣れている」ということだろう。今まで何度も、こういった使われ方をされて来た。だから、今更目を見張るべきものでもない。仕事として、無関心を装う事を徹底する。そんな洗練が見て取れた。

——暗殺用の定番ロケーションとかじゃねえよな?

 待てど暮らせど何も起こらず、不安になって来た彼は、そんな可能性まで探ってしまう。

 隙を見て逃げ出す事も考え始めた頃に、


「やあすまない。意外と後処理が長引いてしまった」

 

 その男は、来た。


 一瞬、誰だか分らなかった。

 

 トレンチコートによく似たカーキ色を纏い、ハンチング帽らしきものを目深に被る。

 その男だけ、時代が数世紀分進んだかのような、異様な風体。しかし、人によってファッションセンスがバラバラなこの王都では、そこまで目立たないようだった。

 その顔が上げられ、目が合った時、気付いた。

「こ、これは——」

「おっと、いいから、楽にして欲しい。お察しの通り、お忍びなんだ」

 細められた目元だけでも笑ったことが分かる、そのにこやかで、しかし油断も隙も無くしなやかな気配。


 バシレイア統一君主国王太子。

 ヨハン・アポストロ・バシレイアがそこに居た。


「…何故此処に?」

 上げかけた腰をゆっくりと下ろしつつ、聞いてみる。

「行きつけなんだ。彼らの暮らしを視察する、そんな時はいつも此処を経由する。事情を分かっている隠れ処があると、色々と楽なのさ。ほら、こんな場所、と言うと失礼に聞こえてしまうかもしれないが、南区の酒場に『王子様』が居るとは思わない。だろう?」

 「王子様」の部分は、もしかすると嫌味かもしれないが、しかし理解は出来る理由だった。

「素晴らしい取り組みでございま——」

「だから君も、私の正体が気付かれないように、敬語を一旦止めてくれると助かるのだが、どうだろう?」

「…まあ、貴方がそう言うなら」

 腹芸の一種かもしれないが、知識不足故切り返しようがない。よって素直に従うことにした。

「なら俺を呼んだのは、どうして?」

「今シャラムに戻ると、どうしても仕事に忙殺されるからね。誰かに話を聞くだけなのに、外でないと時間も取れない」

「個人的興味ってことか?」

「それもあるね。けれど、今起こっている事件に、そしてこの国の未来に関わる事項でもあるんだ」

 国の、未来。

 翔を呼び出して、何を占おうと言うのか。


 ヨハンが端緒に選んだのは、共通の話題。乃ち連続殺人事件。

「今回の件、君はどう見る?」

 それに対する答えは明確。


「…仕組んだ奴が居たら、相当な屑だろうな、とは思う」


「ふうん?それは、何故かな?」

「やり方が汚い、だけならまだいい。目的を達する為には、それしかない場合もあるだろう。だが今そいつがやってることは、自分が食われる将来への道を、せっせと舗装することだ。ここで栄華を極めても、遠からず国が滅び全て無意味になる。自分の居た証を死後に先へと残す、その術が無くなる」

 骸獣コープスに、記憶も記録も残さずまれ、やがて世界から忘れ去られる。

 「目的」が、達成した端から崩れ去る。

「俗っぽい動機の割には、生存戦略として下策中の下策。だから、『屑』だ。10年先100年先、それを見通す想像力がねえ。近視眼的馬鹿にしか見えねえ」

「成る、面白い」

 ヨハンは、本当に面白がっているように、何度も笑顔で頷いていた。

「本当に、面白いな、君は」

 どちらか?

 お眼鏡に適ったのか?それとも失望させたのか?

 鉄仮面のように強固な外面そとづらのせいで、それすらも読み取る事が出来ない。

 気分は目隠し綱渡り。

「それなら、こうは考えられないかな?」

 ヨハンは一頻り首を振った後、


「これは、出世の為の、どころか」

 真っ直ぐ見貫みつらぬき、



 そう推し量る。


「………それは…」

 通っている、ように見えて、何の情報も無い。

「言うだけタダ、と言うべきか…」

 それを聞いたヨハンは、

「クフッ」

 何か、琴線に触れたらしい。

「クックックックッ…、確かに、道理だ…ククッ」

 今度こそ間違いなく、愉快そうに笑い出す。

「マリーが君の事を気に入ったのも、何となく分かる気がするよ」

 流石にそれは聞き捨てならない。

「『気に入る』ぅ?それはない。むしろ険悪で——」

——おい待てこいつ。

「あの、一応言っときますけど、俺はあいつとどうこうなろうとか言う気はないですし、あっちも俺の事は嫌ってますよ」

 少しの間、言われた事を頭の中で咀嚼して、

「ああ、君がマリーと接近して恋仲になると、私がそれを憂慮して、こうして探りを入れていると。そう思っているのかい?」

 「とんだ誤解だよ」と、また笑う。

「そこについては心配していない。私が言った『気に入った』というのは、そうだね、『興味を持った』とそう言うべきかな?」

 それなら、分からないでもない。

 彼が召し抱えられているのは、あのお嬢様が「銃器」を「気に入った」からである。

「貴方も、『銃』目当てですか?」

「敬語が戻っているよ?そして質問に対する答えだが、私が興味あるのは、君の権能ボカティオだよ」

「同じ事では?」

「違うさ。言っただろう?権能ボカティオとは宿子アルセズの内面を映す鏡だ。それが歪に発現している君は、どんな男なのか。正直に言えば——」


——とても気になる。


 「蛇に睨まれた蛙」、である。

 言うまでもないが、「蛇」がヨハンで「蛙」が翔だ。

 この青年は、利用価値以外で人を測れるのだろうか。

 この世界をより良くする。

 その為にどこまで役立つか。

 それで“価値”を判断する。

 そうやって使われることが、誰にとっても幸せだと、信じて疑わない。


 それが、ヨハン・アポストロ・バシレイア。


——天敵だ。

 翔はそれを再認識する。

 「自分の為の世界」を作りたい翔と、「世界の為の自分」に成りたいヨハン。

 相性としては最悪である。お近づきにはなりたくない。

 そういう意味では、「自分の為に既に世界がある」と、そう慢心するマリアの方が、まだ話が合う方である。


「まあ、頭の片隅にでも入れておいてくれ。その発想が、後々役に立つかもしれない」

「俺のような新参に、解明者となるのを期待するのは、ちょっと無責任じゃないだろうか?」

否々いやいや、君だからこそ頼むのさ」

 ヨハンは、翔から目を逸らさない。

「報告によると、君は骸獣コープスに対して鼻が利く」

「…偶々、そういう記憶が蘇っただけだ」

「ということは、元はさぞ知見の広い、研究者か何かだったのかな?」

「さあ、俺にはなんとも」

 翔もまた、意地でその瞳を射貫いぬき続ける。

「これからすぐ、君はとある二択を迫られる」

 そんな彼に、ヨハンは予言めいたことを言う。

「それは君の命を、未来を大きく左右する。だから、よく考えて決めて欲しい」

 それは冗談やたとえ話ではないと、彼にも分かった。

「君がどちらを選ぼうと、我々バシレイア統一君主国は、それを受け入れると約束しよう」

「そういうの、貴方の一存で決められるのか?」

「アルセズの命一つであれば、容易くね」

 恐ろしいことを何てことなく言ってのけ、ヨハンはそこで席を立った。

「名残惜しいが、時間だ。なかなか楽しい時を過ごせたよ」

 翔の方は、肝が冷えっぱなしだったが。

「また、話せるかな?」

「お互い生きてれば、或いはそういう縁もあるでしょうよ」

 適当に言ったのだが、「それもそうだ、お大事に」と、爽やかに返された。


 最後まで、腹の立つ程、余裕綽々な男だった。




 「利得の為の事件ではない」。

「“ふウりぁエさま”…、そういう事なのか?」

 今思うと、あの男は分かっていたのだろうか?

 裏切り者の正体も、彼が動いたその理由も。

 

 ならば、これから起こることは、

 全て——

 

——あの男の思惑通りか?


 翔は暫く、

 

 疑問の渦潮から

 抜け出せなかった。

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