2-9.闇夜の追及 part2

「うぅっ…」

 知った者の死を間近で見たのは、初めてではない。だがそこにあるのは、悲しみではなく惨さだけだ。

 逆流しかけた胃液を再度呑み込み、その骸獣コープスを殺すことだけ考える。

「イエエエェェェェエエイ!肉を抉れるぅぅぅ!地面とか木とかじゃ、物足りなくなってたんだあ!」

 ルサンチマンは既にその姿を現し、あとは銃器の選択と製造のみ。

「カケル!街に傷を付けず、かつ出来るだけお静かに頼みますぞ!町民に知られれば混乱は必至。それは避けたいのです!」

「無理難題を!」

 その条件で、ほぼ一つに絞られてしまった。

「言いやがる!」

 コントローラーを握り直して、


 構築開始。


 シンプル・ブローバック。

 ブルパップ式。

 バックアップ・アイアンサイト。

 減音器サプレッサーも追加注文。

 5.7×28mm、SS190フルメタルジャケット弾。


 装弾数、

「50発!」


 プロジェクト・ナインティ。

 命ずるは、


くれぐれも、お行儀良くテイク・イット・イージー!」


 保護すべき市民に当てない機構。

 敵だけを確実に殺す指向。


 奴の皮膚を通すには、火力か尖鋭さ。

 「静かに」するなら、後者しかない。


 更に「減音器」も噛ませた。銃声と呼ばれる爆音の原因は、主に銃口から放出される燃焼ガスである。それが一度に発せられ、急激な圧力変化が起きてしまうせいだ。

 そこで、内部に幾つも隔壁を設けた筒を、銃の先端に付ける。発生ガスを少しずつ、穏やかに抑えることで、爆発的な反応を防ぐ。

 完全に無音にはできないが、近所迷惑は免れるだろう。

 

 それだけの事前策を講じ、


 発砲。

「どうだあ!ヘッヘッヘーーー!」

 撃つ。

 撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃…。


mmmmmmmmmmmmmム~~~~~~ン~~~~


 擽くすぐったがるように身をよじる芋虫。

 取り巻く兵士から槍が投げられ、それが体毛で遮られて落ちる。

「なあ、おい。兄弟?」

「やっぱ、そんな効いてねえか…」

 あれ程の巨体を相手にしたら、SS190は小さく軽すぎる。

 いくら内部に留まるとは言え、あれにとっては微々たる変化だ。


「爺さん!周囲を避難させろ!流れ弾前提で威力を優先させる!他に貫通しにくい弾種もある!」

「勝手なご判断はお止めください!」

「ええ!?もっと派手にやーりーたーいー!」

「こんなやつそれ以外でどう対処しろと!?」

「時間さえ稼げればよいのです!」

——何?

 市民に知られたくないと言っているのに、同じ口で時をかけろと求める。翔がその矛盾を質そうとするが、

 骸獣コープスが止まってくれる筈もなく、

slurrrpingズル、ズルル

 肉を啜りながら少女を呑んでいく。

 少しずつ、

 その体が夜闇へと引きずり込まれる。

「離しやがれ!」

 翔の銃撃には、まだ反応を返してくれる。

 次は弓が射かけられるも、浅く突き刺さり止まってしまう。

 それ以外も懸命に奮戦するが、頼り甲斐も攻撃力も足りていない。

 

 兵士達が発している、心の揺れが伝わって来る。

「お、おいこれ大丈夫か?」

「内地勤務は安全なんじゃ…」

「き、聞いてないぞこんなの」

「なんだよあれ、何処にいたんだよ…」

 市街地且つ夜となれば、地の利は完全に芋虫側にある。

 だが、それだけではない。

 大きいのは、経験不足。

 彼らのほとんどは、骸獣コープスを初めて肉眼で見たのだ。

 王都を任された精兵と言っても、戦争に参加しないペーパーソルジャーである。

 ケチな盗人を追いかけ回すのが関の山、それに慣れた者が大半なのだ。

 「腕に覚え」あれど、臆すればその十割を活かせない。最前線を遍歴していた、リアスマ隊は上澄みだったのだ。

 芋虫の外見が、生理的嫌悪感を煽るのも理由の一つ。それがゾリゾリと不規則にうねる度、身体が不随意に縮こまる。鳥肌が駆け巡り足腰は震える。

 詠唱にだって身が入らない。権能ボカティオの効力が減退していく。


 まともに動けているのは、ジィや翔のように、修羅場を経験済みの者。

 戦場において、思い煩う事がどれだけ無駄なのか、それを理解しているメンバー。


 引鉄ひきがね

 撥音

 撥撥撥撥撥撥撥撥撥撥。


「爺さん!兵隊が機能しなくなってる!数的優位が感じられねえ!」

「かと言って、此奴の存在を喧伝するのだけはなりませぬぞ!」

 ジィの投刃とうじんが芋虫の口の端を軽く切る!

「決して!」

 恐らく眼球らしき孔を一つ潰す!


 だが、欲張れる状況ではないのでは?

 手段を選ばずこれを殺さねば。ここで逃がすことこそ、避けなければならないのでは?

「兄弟?勝手にやっちゃう?」

 翔はジィに黙って、D.E.の構築を検討する。それともより大きな銃で、短期決戦を目論むか。相手は一匹、つまり継戦は考えなくていい。


 役立たず共に援軍を呼びに行かせ、その間になるたけ削り取っておく。それだけでも——


「ご心配には及びません」

 ジィが、妙に落ち着いている。

 不測の事態で、彼らは後れを取ったというのに、

「ご到着でございますぞ」


 それは、早過ぎる登場だった。


じろ、“輝き満ちるものよアテル・アイテル”」


 低き聲と共に降って来た、黒い礼服姿の人影。

 棒のように細長い手足、手袋と靴もまた黒く。

 髪は片側に寄せ、顔の右で纏めている。

 

 その女は、着地の衝撃を前転で流し、三白眼で骸獣コープスを睨んだ。


「あ…、あの~…」

「シッ!」


 連携を取ろうと話しかけたら、ゼスチャーで黙れと言われてしまった。


「分からない。私が集中しているのを見て、それで声を掛ける図々しさが、分からない…。機微を読み取る器官が、ぶっ壊れてるんじゃないだろうか?」

 

 塩対応などという次元ではなかった。

 「恐い」と感じた彼は、取り敢えず敵を撃とうとして、

「何してる!」

「えっ」

 怒られた。

「分からない。私がやると言った。手を出すなと。聞こえなかったのか?そうか。ならお前に期待はしない。それを今決めた。頼むから指示には逆らうな。二度言わせるな」

 二度どころか一度も言われた覚えが無かったが、何か言ってもまた睨まれるだけだろう。彼は見守ることにした。

「返事は!?」

「了解であります!」

「分からない。こんなこと、わざわざ言うべきことか?」

——どうすりゃいいんだよ!

 彼女が来るまでと比べ、恐怖はむしろ増大した。それも、味方側に向けて、である。

 …彼女は本当に「味方」なのか。

 翔がジィを見ると、すぐ横に来て耳打ちしてきた。

「アトラ伯爵の権能ボカティオ、それが生み出す“糸”により、隔たった者との疎通が可能です。故に、彼女がいらっしゃっていることを知れました」

 彼の指先には、よく見ると細糸が摘ままれている。

「じゃああれは、本当に増援か?」

「兄弟、僕あいつヤだよ」


十二幹ドゥデカが八位、シモーヌ・アポストロ・カナナイオス様で御座います」


 その名に「アポストロ」を冠する、枢軸たる十二幹ドゥデカ


 その一席が、直々に降りた。

 

 王宮が本腰を入れている証左であり、兵の士気も上がる采配。


 だが、彼女に限って言えば、それは当て嵌まらない。


 今この戦場には、熱狂の気配が何処にも無い。

 嵐が過ぎ去るのを待つかのように、息を潜める臆病風のみ。


 そして骸獣コープスは、

「…どうなってんだ」

 様子がおかしい。

 音。

 そう音が。


 あの巨体が這いずっているのに、全く無音になってしまった。

 

 兵士達の騒めき、灯火の揺らぎ、石畳の硬音。それら全ては問題なく通る。

 ただ一つ、頭部を左右に振る芋虫の、その一切が沈黙し続ける。

 次第に、そいつの動きは激しくなっていく。しかし、何ら破壊を感じさせない。

 暴れ回っておきながら、大気が一切震えない上に、建物に体を打ちつけることもない。

 急に質量を失ったかのように、迫力の無いフワフワした光景。


「あの方の権能ボカティオは、正体不明とされています。詳らかにご存知なのは、十二幹ドゥデカの方々くらいかと」


 言葉を返せない翔の前で、

 そのまま動きが緩慢になっていき、

 これまた何のめいも無く、

 全身を垂れて、動かなくなった。


 

 静けさを介して、困惑が伝わって来る。何が起こったのか、明確に説明できる者がいない。それでも、「勝った」という認識だけは、少しずつ広がっていくようだった。

 翔もホッと胸を撫で下ろし——


「何!?分からない!なにゆえにこれ程まで!」


 急に沸点に達したシモーヌが、空中を蹴りながら北西へと消えた。

「なんと…!」

 ジィも何事か焦りを見せる。

 恐らく「糸」の通信が凶報を運んでいる。

「なんだ爺さん!伯爵殿はなんて言ってる!」

 行き場の無い揺れを逃がす為に、吐き出されるように響いた問いには、

「職工街へ!急ぎますぞ!」

 一つの指示で返された。


「この襲撃は、同時多発的なものでございます!既に報告されているだけで——」


——六ヶ所。


 翔は、


 耳を疑った。


 こんなにも巨大な化け物が、何処から潜り込んだのか。それを考察する間も置かず、次から次へと湧いて出て来た。


 幽霊でも相手にしているようだ。

 王都そのものが見る悪夢みたいに。


 この国は、


 この世界は、


——終わるのか?


 そんなことを思ってしまった。



——————————————————————————————————————

Tips:無双系ゲーム…フィールド上の大量の敵を、主に剣で薙ぎ倒していくタイプのゲーム。ワンパターンに見えて、結構バラエティが豊かだったりする。翔が言っているゲームは、無双系を目指したものの、なんか微妙なゲーム性になった。

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