2-9.闇夜の追及 part1
「頭わりいぜ、このやり方」
翔が我慢ならないのは、無能に振り回されることである。
そんなのが上司だった場合は、ストレスが
「それもこれもあの馬鹿ガキが悪い。なんで偉い奴の娘ってだけで、こんなに雑用押し付けられてんだ。ヘイト買い過ぎだろ…」
よくよく考えれば、あれもこれも貴族令嬢のやる事ではない。
ちょっと身分の高い騎士や、現役の貴族がやるべき事を、まだ爵位も継いでいない小娘にやらせる。彼はその点で理解に苦しんでいる。
社交界で権謀術数を張り巡らせるのがお似合いで、斥候やら遠征やら捜査やら、そういった泥臭い上に経験が物を言う役目に、投入すべき人材ではない。
本人も本人で、嬉々として首を突っ込み、うだうだと口を出す。
任せる方も任せられる方も、巻き込まれた側にとっては、同じく甚だ迷惑である。
「なあ、あんたからもあのお転婆に、何か言ってやれねえのか?」
そう言って彼が顔を向けた先で、灯り無き
酉雅翔とジィ・ドーの二人で、南区内所定の場所を見張っていた。
「わたくしめは、ただお嬢様のご意思に添うまでです」
懐から取り出したゼンマイ式の懐中時計、それを開きながら無難に返すジィ。
「『はいはい』言ってるだけじゃ、あいつも成長しないぜ?」
「無駄口を叩く為の思考力を、警戒に回すことをお勧め致しますぞ」
「つってもな。こんな厳戒態勢の中に現れるとしたら、余程の間抜けだぜ?ここで動くんだったら、今までの周到さは何だったんだって話になる」
その雑談には応じず、凝視しているのか傾聴しているのか、傾斜に隠れて息を殺し続け、時計の蓋の開閉を繰り返す。
此処は偶々近くにあった民家の屋根上で、掃除用なのか簡単に登れるようになっていた。それを目聡く見つけたジィが、昼間の内に協力を仰いで、許可を取り付けたのだった。
この大規模な「待ち伏せ」がマリアに進言されてから、配置やローテーションの詳細が作成され、実行に移されるまで半日も掛からなかった。あの伯爵が言うには、既に国の上層には掛け合っていたらしいが、それにしても迅速に過ぎる。その動きが出来るなら、自分達が来る前に解決して欲しかった、翔はそう思ってしまう。
それと、彼が気になっている事が、もう一つ。
「爺さん、もしかして機嫌悪い?」
心なしかジィの言動の端々が、常より尖って感じる。
それにさっきから、懐中時計を
「…わたくしめは平常でございますぞ。これまで通り、職務に忠実であるのみでございます」
「ふーん、そうか…」
「そうですぞ」
「………」
「………」
もしかして、なのだが、
「お嬢と同行出来なかったことが、そんなに不満か?」
パチン。
蓋が閉められる。
そう、マリアは今、ヨハンと共に居る。
本来身辺警護も担当していたジィが、今回は遊撃部隊として駆り出された。かと言って、マリアもバレずに大人しく、コソコソしながら共に伏して待てるか。
無理だ。
彼女に不可能な要素の連続であり、実現し得ない未来の塊である。
よって今夜は王太子の護衛に、諸共に守らせるのだと言う。
そういった経緯があり、珍しく主とは別行動のジィ。
「滅相もございませんな。ご命令に疑問を差し挟むなど」
「火急の呼び掛けに口答えするのは止した方がいいが、納得できない事を共有するのも大切だと思うんだ。そこんとこどうよ?」
「一理はございますが、私情を差し挟む言い訳にはなりませぬ」
「つまり私的な感情が原因で、マリアお嬢様と離れたくない、と」
「そうは申しておりませんぞ」
それでも頑なに認めないジィに、翔も面倒になって話題を変えた。
「ところで、この地図と計画書なんだが」
彼の手には、たったさっき配られたばかりの皮紙。
急ごしらえで細部が詰められる筈もなく、勢い任せのアバウト表記なのだが、面積が狭いせいで「びっしり」感が拭えない。
それもこれも、
「植物繊維で作らねえか?」
皮紙なんて贅沢品を使っているからだ。
あまり多くを使いたくないから、出来るだけ小さく済ませたい。その意識がありありと伝わってくる。
「良い方法があるんだよ。断片的にしか覚えてないが、やってみようぜ?」
製紙界隈に旋風を巻き起こす、それほどの気迫で挑む翔だが、
「残念ながら、協力は致しかねますな」
またもや空回りの気配である。
「…理由を聞いても?」
「植物繊維を使った製紙法は、法で固く禁じられております。それも、大逆扱いですぞ」
なんと、法の壁である。
「え、いや、普通になんで?」
「崇拝の対象たる木々を、薄く裂いた上に溶かし、時に不浄を清める道具とする。それが耐え難かったのでしょうなあ」
「…成程」
理屈は整っている。
「成程なるほど」
問題は、
「爺さん、あんたの武器についてる紐、何で出来てんの?」
「獣の髭や木の皮、植物の茎などですな」
「アライオの弓は?」
「竹を基礎として、そこにやはり獣皮や木皮を張り、それを動物性の膠で接着しておりますぞ。調合の割合などは、秘伝である為教えてはくれませんが」
「村の家の建材」
「藁や木材が主流ですな」
「農地と居住地」
「森を切り拓いたものでございます」
「伐採・加工しまくりじゃねえか!」
何故紙だけが禁忌なのか、大いに異を唱えたい翔だった。
「もう捨てちまえそんな無意味な風習」
「それは難しいでしょうなあ」
諌めるのは、ジィの達観。
「どんなものであれ、伝統や伝習には理由と、そして時を経た積み重ねがございます。
『その真は遠くなり、その禁は強くなる』。
それが最初に何を考えて説かれたか、それを知らなければ、反論もできますまい。
古きもの程その意味を解くことが困難になり、それに比例して変えさせることも出来なくなっていく」
彼らが今前にしているのは、少なくとも千年は積み上げられてきた、歴史の重みである。
おいそれと、動かせるものではない。
この問答もまた、不毛な袋小路に陥った。
よって翔は、次の議題へ移る。
「この事件、本当に
「考えられる、と判断しております」
まるで政治家のような、当たり障りのない受け答えである。
「そういう問われ方をされるという事は、カケルの見解は異なるようですな」
「実を言うと、な」
奴らの狡猾さと執拗さは、彼も身を以て実感した。
だからこそ、分からない。
「無駄が多過ぎる」
「また、『無駄』でございますか」
土竜にしろ、翼竜にしろ、無意味な器官は一つも無かった。少なくとも、外から見える部分に関しては。
あれらが精鋭だったからか?ならば王都に潜む連中などは、余計に研ぎ澄まされていなければ。
にも拘らず——
「演出が、過剰なんだよ」
「それは、わたくしめも気に掛けている部分ではございます」
都市伝説を生み、それを利用して人を狩る。
成程、大した手並みである。
ならばもっと確実に、そして人知れず、裏から王都を支配すればいい。
「内通者の存在は、ほぼ確実だ。それも、貴族に影響を及ぼせる程の大物」
「その政敵や家族を暗殺し、成り上がりを手助けするだけでも、我々アルセズには大いなる打撃」
「じゃあ実際に何をやるかと言えば、誰が掛かるかも分からん罠を張り、あとはボーっと見てるだけ」
「殺す数が多くなれば、その分見つかるのも早くなる。行動は、最小限が望ましい」
その筈なのだが、現実は違う。
無差別に、「おまじない」を試した者を殺す。
わざわざ一部を見逃し、その効力を脚色してまで。
いくら秘密にされているとは言え、大事になればいずれ明かされる。
点と点を結ぶ線を、わざわざくっきりと残している。
関係性があったからこそ、これらは連なった事件となった。
「ふウりぁエさま」という、関係性が。
それさえなければ、王都に隠れた敵性存在が気付かれるのは、もう少し後になっただろう。
別々の場所で勝手にいなくなる者達。「最近素行が悪い奴が増えている」、その程度の話題性しかない。
「異様な現象」と認識されない。
「そうだ、その『ふウりぁエさま』なんだが…」
「何か『思い出し』ましたかな?」
「…やめろよチクチク刺してくるの」
「失礼。流石に意地が悪過ぎましたな」
この執事は時として、こういう心臓に悪い茶目っ気を見せる。
飄々とした老人から放たれる、重めの腹打ち。
翔如き若輩では、受け流せるものではない。
「その名前に似たような響きを、どこかで聞いた気がするんだよ」
「それはまた、興味を唆られる情報開示ですな」
彼の脳裏には、中学生時代の記憶。
当時彼は動画配信サイトで、ゲームのプレイ映像を漁っていた。
——友達の顔とか出てこないあたり、我ながら寂しい学校生活だな。
そういった自虐は横に置き、思い浮かべるのは一つの無双風RPG。
シナリオやキャラクターの強烈さで、プレイヤーの情緒に爪痕を残した作品。
その主人公の名前は、とある悪魔が由来である。それを知って、他のキャラの元ネタも調べたりしたものだ。
その内の一人。
主人公の妹の名前。
「あの名前。俺が知ってるのと同じ存在を指すなら、恋愛の神様なんてもんじゃねえぞ。あれは——」
ガラスを爪で掻き散らしたような。
「聞こえたか!?」
「はっきりと!」
同時に立ち上がる二人。
翔は四つ葉を握り、ジィは短刃を袖口から抜く。
「なんでだ!?今日動くのはどうあっても失策だ!何か焦ってんのか!?」
「分からぬことを思い悩む時間はございませんぞ!声の元へ向かわなければ!」
隣の屋根へ飛び移ってゆくジィ。
真っ当に過ぎる正論に押され、彼と同時に駆け出す翔。
先行するのは、当然執事の方だ。
翔の方はおっかなびっくり地面に降りた後、運動不足を軽く後悔しながら見失わぬようジィを追った。
やがて見えて来るのは、習性など観察せずとも、それが
夜に紛れるように黒い、巨大な芋虫。
くちゃくちゃと鳴る口元がオイルランプに照らされ、ぬらぬらとした反射を返し、辛うじてそいつの一部を晒す。
胴は厚く連なった岩のよう。闇から這い出るように見えている為、全長は推定もできないが、確認できる部位だけで4mはある。目のような器官が8つ程。大きい二つと、その下で横列に配置された6つ。前脚…だろうか?体から突き出た、三対の腕らしきものが見える。それらだけ他の
「
既に何人かアルセズもいるが、風に薙がれる草藪のような、ゾワゾワと靡く体表に怯み、触れるどころか近づけもしない。
その黒虫の、口元。
上顎らしき部分から、下へと二本、大きな牙。
それに貫かれた——
「うぐっ…!おい、爺さん…」
「あれ…」と伸ばされた指を見るまでもなく、ジィは問題が起こったことを理解する。
「奴らにとって『おまじない』は、釣り餌でしかありません。見られずに襲えるなら、誰でも良い筈。娘でなくても、我々の用意した囮に喰い付くでしょう」そう言い切ったのは、アトラ伯爵。
それでは、
「なんで無関係の町人が食われてる!」
目は虚ろ、口はだらしなく半開き、涎か体液が垂れて落ちている。手足は糸で纏められ、関節を無視して捻じ曲げられる。そして徐々に折り畳まれて、黒い喉奥へと仕舞われていく。
見覚えがある。
翔に“ふウりぁエさま”を教えた、あのサイドテールの少女だ。
最悪の事態。
これだけ人を割いて、そのど真ん中で殺人を許した。
「殺人」。
そう、これは最早「失踪」でも「誘拐」でも、況してや「家出」では断じてない。
「連続殺人事件」であったのだ。
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