2-8.統合

「その似非神格こそが、今回の元凶ですわ」


 偉そうに断定しているが、結論としては、それが妥当だろう。

 だが、過程が埋まらない。

 道筋は、未だ穴だらけである。

 だから、一つずつ詰めていく。


 此処は、マリアの屋敷、その応接間である。

 現在は会議仕様だからか、中央に広い円卓が置かれ、そこを6人——マリア、ジィ、クリスタン、エスティア、アライオ、翔——で囲んでいる。壁にはコルクボードのような板が置かれ、王都の地図や被害者の似顔絵が並べられる。卓上には、それぞれの成果を皮紙に纏めたもの。

 因みに何故もっと機密性の高い場所でやらないかと言うと、「この部屋が庭に面しているから」である。

 窓の向こうの中庭では、ヴゥルカーが何やら庭弄りをしているのだ。先程一雨来たので、土でも調えているのだろう。

 3mを超える上に不器用なその巨体で、同じく室内にお邪魔した場合、価値の高い調度達が破損の憂き目に遭うらしく、こうやって一人屋外に居るしかないらしい。

 

 その状態で、「捜査会議」は進行する。


 さて、最初の疑問は、

「発祥は、どっちが先だと思う?つまり、貴族側か、平民側か」

「流行というものは、貴族が作るものでございます。高い身分の方々を見て、真似をしたくなるというのが、民衆の意識でございましょうぞ」

 

 「ふウりぁエさま」なる「おまじない」。

 その存在は、他の地区でも浸透していたようだった。それも、少女達の社会限定で、である。

 マリアが、半ば無理矢理話を聞き出した貴族子女達。エスティアが仲良くしていた、商社の娘達による「友の会」とやら。

 それらから、クリスタンが聞いたのと同様の話が出て来た。


 その儀式を、正しい手順で行えば、「しあわせ」になれる。


 その「手順」の前提として、「雨の日の夜」である必要がある。


 

  以下の手順は、恋をする女の子にしか、明かしてはいけない。

  実行するとき、誰にも予告してはいけない。

  この禁を破れば、おまじないの効き目がなくなってしまう。

  

  1. 雨の日の夜、誰にも内緒で外に出る。

  2. 極星が枝に遮られない場所まで来て、その導きを直に受ける。

  3. 極星に向かって、理想の相手を、もしくは結ばれたい誰かを思い浮かべ

  4. 呪文を正しく、三回唱える。

  

  ふウりぁエさま、ふウりぁエさま、私の元に、どうかしあわせを



「30人だろ?雨、そんなに降ってたか?」

「貴方を拾う前は、うんざりする程降っていましたわ!」

「むしろ、あの後5日くらい晴れてたのが、珍しかったんだよね」

 言われてみれば王都への道でも、小雨が頻繫にパラついていた。

「トーカレは、特に雨が多いですからな」

 季節柄、ということだろう。


 およそ20日、それも雨が降った日限定で、30人。

 そのペースから考えて、単独犯は有り得ない。

 その組織的な何かは、如何なる手段を使ってか、貴族の娘達に吹き込んだ。

 獲物を絡め捕る、劇毒を。


「だけどアニキ、これをやってるヤツがいなくなったら、流石にヤババって分かるンじゃねえかな?」

「その為の、『誰にも予告してはいけない』だ。この儀式が原因だとは、分からないようになってる」

「ふ、普通に手順を終えた方も、いたです。実際に、願った通りになった、らしい、です」

「ああ~、それはみんなして必死に再現するわ。徹底してるねえ」


——まじないが、効いた?

 それは果たして、偶然なのか。


「分からんのは、『恋をする女の子』限定って部分だ。単に禁が破られる危険性を低くするため、範囲を狭めるだけが理由か?」

「何か、特定の対象を狙い撃っている、そう言いたいのですかな?」

 翔の中で何かが、どうしても引っ掛かる。

 それは、手段と結果のちぐはぐさから来ている。

「綿密に計画し、組織立って動いて、貴族にまで接触し、それでやることが、娘達を無差別に攫うか殺すか、だ。意味が分からない。寄って集って何をやってんだ」

 奴隷商が、商品の仕入れを行っている?

 否、リスクが高過ぎる。

 このパンガイアでの奴隷とは、簡単に使い潰して良い物ではない。

 何故かと言えば、最前線に送り込む戦力になるからである。

 アルセズという貴重な資源を溝に捨てる。それが蛮行であることぐらいは、王都の連中も理解しているらしい。

 その所有権は、一時的な貸与という形を取っており、最終的には国家へと帰属する。

 無許可での売買が表沙汰になれば、即時反逆罪を適応、国賊扱いで前線イェリコ外へ蹴り出される。

 認可を持った奴隷商は、当然貴族の子女なんて、商品として並べられない。

 一万歩譲って売り手側の問題を解決しても、買い手側には山積みである。

 

 肉欲を満たす為の女欲しさ?

 先程と同じ疑問に戻る。犯行のどこにも、本能が感じられないという点に。

 全ては極めて冷静に、「作業」として行われている。

 上手くいっている者特有の、調子に乗った大胆さも無い。

 連続殺人犯シリアルキラーだって、回を重ねるとエスカレートすると言われるのだ。

 だのに、この事件は違う。

 淡々と糸を垂らし、釣れた魚を捌くのみ。

 手際に無駄が無さ過ぎるのだ。

 

「一つだけ、成立する予想がございますわ」

 マリアが、その悪意を読み解く。

「貴族から発した流行なら、元々の標的はその『貴族』であった、そう仮定できますわ。ここまではよろしくて?」

 狙われていたのは、貴族。

「わたくし達貴族階級の中ならば、『恋』というものが大変重要な意味を帯びますわ」

 

 「恋」。

 その先にある、「結婚」。

 家と家との繋がりの強化であり、武器となるもの。


 彼らの主戦場は、“社交界”。

 権王の下、如何に大きな影響力を持つか、どれ程後世に名と血脈を遺せるか。それを希求する場。

 そこで牽制し合った結果、生まれる勢力図。

 「結婚」は、時にそれを強固にし、また時にそれを塗り替える。


「単なる娯楽としてだけではなく、自らの一族の将来が懸かった一大事。それが、わたくし達の『恋愛』ですわ」


 となると、胡散臭い手段であっても、やるだけタダだと手を伸ばす。

 上手くいけば、終生安泰の立役者だ。

「これらの文言はそんなわたくし達、貴族階級を釣りだそうとしているなら、納得できるものですわ」

——ああ、成程。

「そっか。そうなると、容疑者も絞られてくるね」

「え?どゆコト?」

 アライオは、まだ分かっていない。

「ライ、『命は全て尊い』という発想を捨てて、飽く迄真っ平らな精神で考えて欲しい」

 この一連の失踪事件。

 得をしたのは誰か。

 それを知るには、逆を考える。

 乃ち——

「今回最も損をしているのは、誰だ?」

「それは…」

 それは、

「お貴族様の、それも上位程、いてえ…!」

 そう。

 政治的な切り札を一つ失い、付け入る隙も植え付けられる。

 武器を取り上げられ、飢えた狼達に餌だと認識される。

 公・侯・伯爵レベルの貴族達は、「悲しい」だけでは済まない。


 一族存亡の危機である。


「か、下位から中位層による、上位者への下剋上。それか、貴族へ叙位じょいされたいきす、騎士様の立てた計画。それなら、説明つくです」

 椅子取りゲームであぶれた者が、既に座っている誰かを蹴り落とす。


 シンプルで、そして一線を越えてしまった手段。

 

「平民階級が巻き込まれてるのは、カモフラージュの為ってことかなあ?益々舐め腐ってるねえ」

「ですが…」

 ジィはまだ何か、腑に落ちていない。

「そうであっても、釣り合っておりませんぞ。これは、企んでいただけでも極刑が確定する程の、大罪にございます。近いうちに追われるならまだしも、単なる上昇志向だけで飛びつくには、些か重すぎるように思えますな」

「余程追い詰められてた、ってことか?お嬢、実際どうだ?追放予定の奴とかいるか?」

「…一名、正式な沙汰を待っている者がおります」

「じゃあそれが——」

「しかし、遅過ぎますわ!今から足掻いたところで、上位貴族が失脚するまでにあと一月はかかりますわ。しかしその者は、それを待てずにここを出ると知っております」

「自棄になった…てのも考えられるが…」

 そこまで行くと、こじつけになってしまう。

 何の確度も無い当て推量だ。


「それと、もう一つ」

 ジィの違和感は、こちらがより大きい。

「この手順の事でございます」

「手順…?ああ、無駄な段階が多いのはそうだが、まあ『おまじない』なんてそんなモンだろ。そういう意味を読み取れない所に、神秘性を含ませんだよ」

「いえいえ、わたくしめが感じ取ったのは、寧ろその逆の印象でございますぞ」

——逆?

 ジィはそこで、口を僅かに開き、声を発しようとし、


 そこに、迷いが見えた。

 言ってしまったら、場を塗り替えてしまうと、強力な先入観を与えてしまうと、それを危惧するかのように。

 

 それでも、共有しておくべきと、そう判断したのか。

 踏み越えた。


「わたくしめはこの手順に、ある意味を、関連性を感じてしまったのです」

「『関連性』…?」

「え~と、あっ、まさか、そういう事?」

 クリスタンが、何かに気付く。

「えっ、ごめん、アニキ、どういう事?」

「すまん、俺にもさっぱり…」

「こういう事ですわ」

 マリアが、これまでの推理を無に帰すような、一つの見解を落とした。

「この手順、わたくしにはまるで


 骸獣コープスに会わせたいように見えますの」


 全員の視線が、「手順」の書かれた皮紙へ。

 

「いや、『雨の日』の『夜』ってのは、臭いが、それだけじゃあ…」

「『極星、遮られない場所』」


 そこで今日初めて、ヴゥルカーが発言した。


「それ、メトシェラから、出来るだけ遠く」

 世界樹の枝葉が広範に広がっている為、北や東西区であっても根本から離れなければ、極星が覆われる。

 南区なら更に。

 見つける事は問題ないが、枝を介さない場所となると、人によってはかなりの移動。

「世界樹に近い場所である程、実力者も多くて、警備は厳重。その上、アルセズがどんどん密集していくからね~」

「密かに生きる異形にとって、自ずからその地帯を抜けてきてくれるのは、大きな利益でしょうなあ」

「待て待て、それは普通の誘拐犯にとっても同じだろ。別段骸獣コープスがどうとか——」


「実験、ある。骸獣こおぷす、メトシェラ、嫌い」


「…そうなのか?」

「かつて一体の骸獣コープスを捕獲して、徹底的に調べたことがございます。その時の個体は、世界樹由来の全てを忌避しておりました」

「だからって、それだけじゃあ…」

 二の句が継げない。

 否定したいのに勘働きが、その仮説を離さない。

「勿論、『そう見える』、というだけの話ではございますぞ。それにばかり引っ張られ、他を見落とすのもよろしくございません。だからこそ、この場で言うべきか迷ったのですが…」

 

 しかし、

 もし、それが正解だったら。


「これは、相当危険な事件ってことになるな」

「でも、やっぱりおかしいゼ。仮に言葉が話せる骸獣コープスが居て、それでも、コソコソ話を広めるなんて無理だヨ。変な動物に言われたから、それを信じて周りに言って、自分も実際にやってみるなんて、そんなことあっか?最初にヒソヒソするのは、誰かアルセズでねーと…」

 そこでアライオは、言葉を切った。

 気付いたからだ。

「そういうことだ」

 この仮説に必要なのは、アルセズ側の協力者。

 従って、


「この王都に骸獣コープス共を誘致し、己が欲に利用する者がいる、そういう事になりますわね」


 想定していたよりも、遥かに根の深い厄ネタであった。

 最悪の場合、この王都が地獄と化す。

 下手をするとたった一人の、エゴイズムによって。


「ただ、骸獣コープスが使われたとして、何処に隠しているのかが分からねえ。運河や下水道内の捜索は?」

「既に行われている筈ですな。しかし何一つ見つからなかったと——」

 戸が叩かれた。

 マリアが許可し、開いた隙間から、女性の給仕が入って来る。

「お客様がお見えです」

「はて…?本日は特にお約束は無かった筈ですわよ?」

「こちらにも、何の連絡も来ておりませんぞ。追い返しますかな?」

「そ、それが…」


「マリア様!マリア!シュニエラ!アステリオス様!」


 メイドを押しのけどしどしと踏み込んで来たのは、黒髪チョビ髭で恰幅の良い男であった。

 恐らく中年で、身体の至る所から、だらしない生活を窺わせる。

 着ている物は清潔で、キルトやひだえりで威厳を盛られ、天鵞絨ビロードや絹で彩られていた。けれど、口の端から泡を飛ばし、弛んだ目尻を振るう彼からは、崇高さは感じられない。ただ瞳の奥だけは、妙な熱っぽさを宿していた。

 その後ろからは背が低く痩せぎすの、貧相な狐のような男が付き添っている。

 こちらの見た目は控えめで、落ち着いているようにも思える。が、キョロキョロと忙しなく動く目玉や、お辞儀を繰り返して染み付いたような猫背が、その卑屈な性格を物語る。


 二人組の内偉そうな方が、室内を順繰りにめ回し、金煌キンキラキンの令嬢に目を止めた。

「これはこれは、マリア・シュニエラ・アステリオスお嬢様!お会いできて光栄ですぞ!」

「ご無沙汰しておりますわね、アトラ・ヨシュ・アラフヌ伯爵。先程邸宅に伺わせて頂いた際には、生憎とお留守でしたので。そして、どうぞお引き取り下さいませ。ご覧頂いております通り、わたくし現在大変忙しいんですの。私用なら、お日にちを改めてくださいませんこと?」

 相手が誰であろうと、このお嬢様が態度を変えるわけもなく。

 伯爵とその取り巻きを、門前払いの構えである。

 見てる側からすれば、ヒヤヒヤものである。

「おい、爺さん」

「アトラ・ヨシュ・アラフヌ伯爵。養蚕を主要産業にしている遠隔領主、つまり王都に居ながらにして、遠隔地を治める方でございます。伯爵位就任者としては、まあ平均的な手腕のお方ですな。一時期侯爵であったこともございましたが、何らかの失態で召し上げられてしまい、現在の地位に就いていらっしゃいます。そのお隣にいらっしゃるのは、これまた離れた小規模領を治める、アロ・テウミシア男爵でございます。あれら二家は、100年程前から想い合うように、行動を共にして来たらしいですな」

 丁寧なのだか、辛辣なのだか、よく分からない解説が入る。

「私用などと、何を仰いますか!貴女様が此度の件の収拾役に選出されたとあって、居ても立っても居られなくなった次第でございます!何と言っても、私もまた当事者でございます故!」

——これはマズい。お嬢がムカついて来てる。

 まだ例の青光りは起きないが、この分だと時間の問題である。その結果、問題発言が飛び出さないとも限らない。

 彼の雇い主という立場的にも、そういう事はやめて欲しい。

 本題へと円滑に移行することを祈る翔の想いが通じたのか、それともマリアの苛立ちを感じ取って自重してくれたのか、アトラ伯爵は、そこでたっぷりと間を持たせて、


「我が娘がこの一連の事変の、その毒牙に掛かっているやもしれないのです!」


 何故か腹を突き出して、自信満々に被害者宣言をした。


「先刻はそのようなお話は一度も…」

「アトラ様が頭領たるアラフヌ家は、家臣どころか召使いに至るまで、大変ご立派な責任感をお持ちなのです。主人に『言ってはいけない』と命じられれば、それをどこまでも忠実に実行するわけです!」

 この感動的なヨイショっぷりを見るに、アロ男爵は本当に、伯爵の腰巾着的存在なのだろう。

 普通、伯爵直々に念押しされて、逆らえる使用人などいない。

 平社員が社長の目の前で命令無視できるかと言えば、まあ余程怠惰でない限りはノーだ。

「そこでマリアお嬢様には、この私の頼み事を聞いて頂きたい!」


 どうやら、面倒な被害者家族の登場らしい。

 心配なのは分かるが、だからこそ、余計な横槍は慎むべきだ。

——いや、そもそも心配なのか?

 どうもマリアとの接点を、喜んでいる風にしか見えない。

 娘であっても、道具扱いなのだろうか。

 それが「平均的」なのかもしれないが、翔としては信用できないタイプだ。

「『頼み事』、とおっしゃるのは?」

 それでも、ここまで迫ってくる伯爵位を邪険にするには、流石に理由が必要なようで。

 断る為にも、相手の言い分を聞かざるを得ない。

 マリアお嬢様と雖も、貴族社会に棲む動物。最低限のお約束さえ守れなければ、生き残ることはできないのだろう。

 これが田舎の村長とかだったら、一頻り罵倒した後、蹴り飛ばして退室させるだろうが。

 

 そんな、意外にも社会性動物としての一面を見せるマリアに対し、差し出されたる要求とは、


「“特別警邏隊”を組織して頂きたい!」


 これまた意外にも、言葉だけなら普通の提案だった。


「『特別』と付くからには、当然何かお考えがお有りなのですわね?」

「無論でございます!今回合衆させるのは、腕に覚えがある者と、感知系の権能ボカティオを持つ者達!」

「何時、何処で、何を探すと?」

「今宵、王都全域で、何であっても!」

 「何しろ、ほろ時雨しぐれでしたからな」、そう結ぶ。

 本当に、極めて基礎的なやり口。

 張り込んで、現行犯逮捕を狙う。


「考えってゆーか——」

——出たとこ勝負の虱潰しジャン。

 そう続くであろう、アライオの口を翔が塞ぐ。


十二幹ドゥデカの方々には——」

「既に御許可を頂いております!抜かりはありませぬ!」

 彼が取り出した皮紙を見て、面倒そうに額に手を遣るマリア。


 それを見て翔は、


 明日からの睡眠不足を悟った。

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