2-6.トライ・アンド・エラー part2
「この国って一夫多妻制だったりする?」
まず聞いたのは、そんな問い。
「お貴族様方には許されてっけど、ウチは旦那様が尻の下でペチャンコだからナ。ていうか、さっき『実妹』って言ったジャン」
「そっか、そう…だったな…」
翔の心中は、今たった一言に統一されていた。
——ありえねえ!
これが、あのマリア・シュニエラ・アステリオスの、妹だと言うのか。
それも、両親共にしっかり同一の、血を分けた姉妹であると。
彼の簡潔な問いかけの意図に、アライオがすぐに思い至ったあたり、誰もが思っていることではありそうだ。
彼は改めて、その少女を分析してみる。
片寄せの編み込み髪は金色だが、自然な光沢と滑らかさであり、あのどぎつい輝きとは似つかない。二重瞼が淡い眼差しに優しさをトッピングし、顔の起伏も全体的に控えめ。ただし、パーツの配置は整然として、美少女であることは疑いようが無い。
肌は温かげで、唇は薄ピンク。背丈はマリアより少し低いくらいか。
白とライトブルーを基調としたドレスは、コルセットの締め付けも緩く、金糸の主張も激しくない。靴だって、低めのチャンキーヒールである。
朗らかな笑みを絶やさぬ彼女は、どう見たって癒し系であり、あの暴君と同遺伝子由来である、そうと思える要素が一切見当たらない。
マリアのような存在感は無いが、その素朴さが親しみやすさに繋がり、女の子として意識されがちなのは、エリザベスの方であろうと容易に想像出来る。平伏されると、咄嗟に恥じらう感性まで持ち合わせている。
「いいとこのお嬢様」らしさも持ちながら、身近な可愛らしさもある。さぞや愛されていることだろう。
彼は何度でも問う。
——この子が、アレの、いもうとぉ??
やっぱり失礼な男であった。
そんな彼女は、明らかに翔を警戒していた。
「つまり…その方はお姉さまが危機に直面する、その少し前に、『偶然』『折良く』合流し、
「待ってくれエリザベス様。分かる。疑うその気持ちはすごーくよく分かる。だけど、違うンだぜ。アニキはきっと、俺達の味方だ」
「ライ、気持ちは嬉しいが、むしろ怪しい。ちょっと静かにしててくれ」
「確かに、ポンと出た間の良さが狙っているかのようだし、
「頼むから、黙ってくれ、ホントに」
掘った墓穴の大きさが、大人二人分くらいある。
弁護士が用意した証人が追い詰めて来る裁判とは、こんな気分なのだろうか。
或いは、後ろから刺さされる戦場か。
エリザベスは、所謂「ジト目」で探るように見る。
「むむむ…正直信用する理由が一個も見つかりません…」
——そりゃそうだよなあ…。
「何か、お腹の中で企んでそうな気もします…」
——それも間違いではないからな…。
「けれど」
そこで彼女は、ふわりと態度を軟化させ、
「お姉さまを助けて下さったことには、大変感謝しております。どのような思惑があれど、その判断を下したという点で、信頼したいと思っています」
「ありがとう」そう言って、裾を摘まんで優雅な一礼。
その一瞬だけ、姉とそっくり重なって見えた。
翔からすれば、素直に受け取れない。あれは全て、八つ当たりの結果であるからだ。
好き放題暴れていたら、近くにあのお嬢様が居ただけだ。助けようとしたわけではない。
何なら、とっくに惨たらしく死んだと、そう思っていたぐらいである。
「まあ、その、あんまり——」
「で!話を戻しますが!」
そのまま顔をグイリと上げて、彼らの狼狽を気にも留めず、
「さっきの武器はなんでしょうか!?」
燦然と輝く笑顔を放出。
厳粛さは霧散した。
「なんだか複数種類あるような口振りでしたが、貴方の
彼女の、「自分が参加する」という結論ありきの、その強引さを前に翔は思った。
——ああ、成程、あいつの妹だな。
と。
あと、今日のルサンチマンがやけに静かな理由だが、
「きょうだあい、いつまでこれ続けるのぉ?敵はぁ?」
呼ばれたのに何も殺せぬ事に退屈し、やる気皆無でグダグダしていた為だった。
「え!?君喋るの?」
「ああ、もういいや、再開するぞ」
拗れる前に、作業に戻ることにした。
何であれまずは、試してみなければ始まらない。
その後数回の実地試用を経て、彼の
ルールその1。作れる武器の範囲について。
これは恐らく、翔が「歩兵の携行火器」と判断し、尚且つ構造を良く知る物全般である。
例えば、戦車の主砲・二つのパーツに分解して二人で運ぶ対物ライフル・設置型の機関銃・あとレールガン等は、作れない。
これは完全なる余談だが、創作物で引っ張り凧のレールガンは、基礎理論は意外に単純だったりする。電流と共に発生する電磁気により、弾体を引っ張り、加速させ、撃ち出す。つまり、「レール」が長ければ長いほど強力になり、今の所は大型のものしか、実用化の目途が立っていない。電気を発生させる方法も足りていないので、どの道実現しないのが残念である。
それと、ナイフや刀剣の類も一応作れた。
ルールその2。同時に存在できるのは、2丁まで。
同じ銃でも、別種でも構わないが、2丁という上限は変わらない。3丁目を作ること自体が不可能で、既存の2丁のどちらかを破棄しなければならない。この制限は、1丁あたりをなるべく小さい物にしても、やはり動かなかった。前述の近接武器も、一枠としてカウントされる。
ルールその3。制作物が消滅するタイミングについて。
これは、翔が何の為に、それを作ったのかに依る。
ただ的に当てるだけを目的にした場合、貫通した弾丸はすぐ霧散した。
一方で、弾を調べたいと思い床に撃ったところ、それは暫く形を保ったままだった。
このことから、彼の目的意識が大きく影響すると見て間違いない。
ルールその4。作った武器を使用できるのは、ルサンチマンと翔、
のみである。
翔の手から離れた銃は消滅するため、他の誰かに使わせることは出来なかった。彼が触れながらなら可能だが、それなら自分で撃った方が速い。
銃の強みの一つは、訓練は最小限に、英雄すら殺せる兵隊を作ることである。そういう意味では、火器の最大のメリットが死んでいると言っていい。
因みに、「他の誰かに使わせる」為に作った銃でも、翔以外が触れると崩壊した。こちらの方が、ルールその3より優先されるらしい。
ルールその5。ルサンチマンが翔から離れられるのは、精々15mが限界。
それ以上は、左スティックを傾けても反応せず、他者に引っ張られて範囲外に出た場合、完全に動作を停止、操作不能になってしまう。
銃弾は当然それより遠くに届くが、銃自体はその範囲を出ると消滅する。
「び、」
思わず口からはみ出たのは、
「微妙…」
誤魔化せぬ
「え?充分スゴイと思うンだケド」
「こんなに変幻自在の力なのに。理想が高過ぎませんか?」
銃器を知らない者達からしてみれば、革新的なのかもしれないが、「軍隊とか作れるかも」と皮算用していた翔にとって、パワー不足も甚だしい。
それに一々、痒い所に手が届かない。
彼の知識不足から来る、武器のレパートリーの狭さが、その不器用さに拍車をかける。
目立った利点と言えば、戦地までの道中で荷物に困らない事と、整備性や動作性への不安を踏み倒せることぐらいである。
いや、もう一つ。ルサンチマンが前に出るので、痛みはあっても傷は負わないのも良い所か。操作中、本体の隙が大きくなるというデメリット付きだが。
主力として第一線を張るのには、今一つ華に欠ける。
主導者としてどっしり構えるのにも、あまり向いていない。
あらゆる点で、中途半端な力であった。
「便利…と言っていいのか、これ?」
何時でも何処でも、何か足りない。
酉雅翔とは、そういう男だ。
「まあいい、それじゃあライ、次はこの弾を頼む。これも作るのが簡単なんだ。散弾銃って言ってな…」
「さっきから何事ですの!?」
妹と同じように、しかし圧倒的な不協和を含みながら、
この館の主が、
翔が嫌いな女が来た。
ジィを背後に伴いながら、毎度見慣れた堂々立ち。
「騒々し過ぎて、ゆっくりお食事も出来ませんわ!」
「嘘吐け。随分ごゆるりと召し上がってんじゃねえか」
ここに出て来るまでが長過ぎる。平常通りの気取った顔で、モーニングと洒落こんでいたに違いない。そう彼は睨んでいる。
「あ!お姉さま~!!」
マリアを見るや、突進していくエリザベス。
「お会いしたかったです~わぷっ!」
「ベス、何度言ったらお分かりになるのかしら?」
片手でその頭を押さえつけ、溜息と共に説教する長女。
「アステリオス家の一員である以上、はしたない真似はおやめなさいな。理性と貞淑を尊ぶのですわ!」
「ハッ!」
目についた物から摘まんでいく、そんな節操の無い少女の口から、発せられた言葉は「貞淑」。
かなり面白い冗句である。
彼は鼻で笑ってしまった。
「何ですの?何か文句でも?」
「いや?ちょっと
「少なくとも、貴方がわたくしに反抗的でいらっしゃるのは、確かですわね」
「大丈夫、俺は『理性的』なヤツとは、仲良くなれる男だ。『理性的』ならな」
応酬の間、翔はマリアの様子を探る。
舌が温まっているところを見るに、昨夕見せた不調からは、もう既に復帰したらしい。
ならば、気兼ねなく小馬鹿に出来る。
そこで彼が横に視線を転じると、遠慮を挟まぬその態度を見て、過去一番の驚きを見せるエリザベスが居た。顎が外れるのではないか、そう心配してしまう程、大袈裟な表出。
人目がある時にこの接し方は、騒動になりかねないから止めた方がいいかと、少しだけ反省した翔だった。
「それで、本日はどちらへお出かけで?お嬢?」
久々の王都で遊び尽くすつもりだろう、それが彼の予想だったが、
「お務めですわ!」
返答は、それに反した。
「王命を頂きましたわ!畏れ多くも権王陛下から、わたくし達に!」
どうやら、任務を与えられたらしい。
それも、王様の名前で有力貴族に頼むような、面倒事を。
「現在発生しております、連続失踪事件の解明及び解決!」
増えゆく行方不明者、その真相を突き止める。
「名誉ある大役でございますわ!心するように!」
——それ、大丈夫な案件かあ?
進捗が振るわなかったら、どうなるのか。
不敬罪認定すら、有り得るのかもしれない。
彼の不安は、
こびりついて拭えぬまま。
こうして、「捜査」が始まった。
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Tips:薬莢…弾頭は火薬の燃焼で発生したガスによって、押し出される。この火薬の部分を入れておく容器が薬莢である。「弾丸」と言われて大抵思い浮かべる形状は、弾頭と薬莢がまだくっついている状態のもの。弾頭を発射すれば空の薬莢が残り、これをどう排出するかという問題が生じる。それを解決する過程で、多様な工夫と機構が生まれた。
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