2-6.トライ・アンド・エラー part1

「…流石に無理か?」


 大人しく諦めて、より現実的な奥の手を、翔の思いはそちらに傾き始める。


 ここは、マリア・シュニエラ・アステリオスの居館。

 家としてではなく個人で所有する為に、両親にねだって買わせたという、ダメ親の溺愛っぷりの象徴。その中庭の一角である。

 ジィやクリスタンが戦闘訓練に使っているらしく、木人めいた藁の束が複数置かれ、的のような板まで用意されている。

 そこなら好きにしていいと言われ、お言葉に甘えて試射に使った。

 彼は今そこで、実験の真っ最中なのである。


 何を作れるのか。

 どこまで変化させられるのか。

 応用的な使用方法はあるか。

 作られた弾丸や薬莢は消えるが、その条件とは何か。

 形を保ったままでいられないのか?

 銃を誰かに渡して、使用させることは可能か…


 とにかく詰められる確認事項を、片っ端から埋めていく。


 その過程で、少し挑戦したい事があった。

 もし成功したら、かなりキマるのだが——

銃口エイムをもう少し上に…いや、これが刺さる場面って何処だよ…」

 流石に、奇をてらい過ぎた感が否めない。

 これを利用するのは断念しようか、それがほぼ決定事項になりかけた時、

「アニキ?はよー。何やってンの?」


 「解決策」が会いに来た。

「お、なかなか似合ってんジャン~」

 因みに翔の今の恰好は、この屋敷で標準の使用人服の上に、洗濯してもらった持参パーカーである。

 

「なあ、アライオ」

「というかいい加減、オレのこと『ライ』って呼んでくれヨ」

「じゃあライ」

「なんだい?」

「ちょっとやって欲しい事があるんだが」


 そう言って、ルサンチマンに再び作らせる。

 大きめの拳銃で、猟銃を小型化したような外見。

「それは?」

「“アンコール”って言ってな。一発をできるだけ強くしたもので、更に改造次第で、色んな弾が撃てるんだ」

「え、ってことは、むちゃくちゃドデカい鉄とかも?」

「厳密には鉄じゃないんだが、まあそういうことだ」

「すっげえ!その大きさで!?」

 思った通り食いついて来た。

 権能ボカティオとの兼ね合いとは言え、あんな和弓紛いの大弓を使う少年が、巨砲に惹かれぬわけがない。

「じゃあなンで、昨日使わなかったンだヨ?」

 この銃の根本的な弱点、それは——


「一発しか撃てねえんだ」


「へ?」

「こいつの一つ前のモデル、“コンテンダー”の時からそうなんだが…。お前に分かる武器なら、弓とかクロスボウとかが似ているな。まあ、バカスカ撃てるものじゃないんだよ」

 そこでアライオは不思議そうに、

「それ、何が問題なンだ?」

「…ああ、そうか。『他』を知らないとピンと来ないか」

 そこで翔が作ったのは、今やお馴染みデザートイーグル。

「例えば、これに装填される.50AE弾は、その時点で大型の野獣を狩れる性能を持つ」

「へえ、すげえ!」

「この銃は、それを連続で7回発射できる」

「うひょー!」

「じゃ、ここで問題」

 酷く単純な仮定。

「もし目の前に熊が迫って来たとして、『一回だけ最強の一発を撃てる』、『7回分そこそこ強い弾が撃てる』。お前ならどっちの権利が欲しい?」

「え、あ、ああー…」

 とても微妙な顔をされた。

 どの世界であっても、少年の憧れが現実の前に崩れ去る瞬間とは、悲しく気まずいものである。

「ま、そういうこったな。ゆっくり狙える競技中ならともかく、切羽詰まった実戦じゃ、とにかく撃ちまくれる方が重宝されんだよ」

 外してしまうのが当然で、その後のリカバリーが利くのかどうか。つまり、求められるのは安定性。

 そこに夢やら浪漫やらが、介在できる隙間はない。

「で、でも、敵の方が、それでズドンじゃないと破れない、カチカチな殻とか持ってるカモだし…」

「こいつが撃てる弾丸なら、もっと大きい銃で、より頻繁に、より遠くに撃ち出せるんだよな」

「ゑ、そうなノ!?」

——どこから出たんだ今の声。

「な?段々何で存在しているのか、分からなくなって来るだろ?」

「う、う~ん…」

 翔はこんな事を言っているが、“コンテンダー”シリーズの用途は競技用がメインであり、狩猟用でも戦争用でもない。よって、存在意義自体は失っていないのである。


「で、だ」


 そしてここからが、彼の本題。

「ライ、お前は触れた物に力を宿らせ、それが射出された瞬間、乗り移れるんだったな?」

「ああ、だいたいそンな感じ」

 ならば、

「じゃあお前、権能ボカティオで作られた物も、操れんのか?」

「………ぁあー!!そーか!」

 それが可能なら、この大口径拳銃の極北にも、使い道が生じて来る。

 アンコールの本体重量は、たった2kg。狙いにくいことを度外視すれば、扱いやすい銃となる。その上内部構造も単純であり、生成が手早く行えるのも強み。お手軽で小回りの利くミサイルの完成である。

「と、いうわけで、まずこれを触ってくれ」

 そう言って巨大なライフル弾を差し出し、

「これがドンって上手くいけば…」

「どこまでも追いかけてくる恐怖の鉄塊…」

「一発で敵をアナボコだらけにすることも…?」

 二人で悪巧みをするように、顔を伏せながら「ぐふぐふ」と笑い合った。




——————————————————————————————————————




「お姉さま~!ベスが遊びに来ましたよ~?」

 

 上機嫌な跳ね足で、屋敷の絨毯を踏む少女、エリザベス。

 彼女は、「姉」に会いに来たのだ。

 貴族社会本来のマナーとしては、取り次ぎもなく踏み入るのはご法度だが、肉親であることと、少女が多くのアルセズに愛されていたことで、こうやって簡単に入って来てしまう。

 警備も召使い達も、皆黙認している。それどころか、親しげに挨拶をした後、微笑ましげに見送ってしまうのだ。

 一部を除いて。

「だ、だめです~!また私がお嬢様に怒られるです~!ちゃんとした手続きを~」

「もう、エスト?いいじゃないですかそんなの。毎日お姉さまに会える貴方が、私は羨ましいです」

 あわあわとばたつく給仕を、落ち着かせようとする少女。

 何故か彼女が嗜める側のように見えるが、実際無理を通しているのはエリザベスの方である。

「それで、お姉さまは何処に?」

「い、言えないです。お、お嬢様からお教えしゅないよう言われてるです…」

「じゃあ時間的に見て、自室で考え事をしているか、お食事中かのどちらかですね!早速参りましょう!」

「お願いだから止まるです~!」

 服を掴んででも停止させたいエスティアだが、貴族相手にそれは失礼。

 その葛藤の間にも、ずんずんと突き進むエリザベス。自らの館かのように、我が物顔で闊歩する。

 喜色に満ちた暴走者は、もう誰にも止められない。

 そう思われたが——


 

 誰もが振り返る、轟振ごうしん



「…!?な、なに!?なんですか今の…!?」

 実は彼女が訪れる前から、数回に亘って響いていたそれ。

 屋敷の住民達でさえ未だに慣れず、当然エリザベスの意識をも向き直らせる。

「み、見に行ってみりゅ、みるです?」

 「助かった」、そうあからさまに出しているエスティアだったが、少女が気付く素振りは無い。全霊を、その「震源地」探しに注いでいる。

「中庭に、居たかもな~です…」

 「居た」。

 それを発しているのが、アルセズか動物であるかのような表現。

 そこまで行って到頭、彼女は辛抱堪らなくなった。

 矢も楯もたまらず走り出し、踏み慣れた中庭へと一直線。

 昔から、こうと決めれば全速力。

 そういった真っ直ぐさは、姉とそっくりだと自負している。

 

 そんな彼女の目と鼻の先で、

 またも


 爆 振!


「何なになにぃ!?」

 気になって仕方ない。このままでは、ザリキエラ無き夜も寝られない。

 ぱっとまろび出た先は、あまりにいつも通りの庭園。

 

 けれど、そこに知らない顔が一つ。


 先程のエスティアの弟である、アライオと共にしょぼくれていた。


「ごめんな、アニキィ…」

「いや、やっぱり、上手くいかないもんだな…」


 起こった現象とその二名の精神状態が、まったくの正反対であったため、エリザベスは余計に混乱した。


「よくよく考えりゃあ、撃ってから一秒も無いんじゃな…」

「乗った自覚すら無かったゼ…。ドンのあと即バチュン!力を挟む余地が、まるで無いだもンな…」

「直上撃ちは、流石にここでやるのは危険だから保留。もう一つの方は成功したが…」

「これだけ出来てもナ…。アルセズ相手なら役に立つカモ…うーん…」

「やっぱそういう感想になるよな。通常弾と併せた運用前提だもんな」

「良い発明だと、そう思ったのに」

「仕方ねえ。兵器開発ってのは、大半が失敗の積み重ねなんだよ。しかも大抵、こういう初歩的な躓きが原因なんだ」

「そっか…じゃあ、これも何かの役に立つンだな!」

「そうだ、何一つ無駄じゃあないんだ!」

「この一歩、オレは忘れないゼ!」

「ああ!その意気だ!」


 呆気に取られている間に、話が急速度で進んでいき、何故か盛り上がっていった挙句、腕をガッチリと組むバカ二匹と、

——あ、あれ?さっきまでガッカリしてなかった?

 それに付いていけない女子。

 

「よし、次だ。俺が作った銃を、お前が使えるのか。扱いやすい奴を作るから、撃ってみてくれ。これが成立するなら、選択肢が格段に広がるぞ」

「よおし、行ってみよ——」


「待ったあ!」


 放置していたら、更に一刻は続きそうな予感がしたため、エリザベスは強制的に打ち切った。

 振り向いた彼らの内、

 まずアライオが仰天した。

「こ、これはエリザベス様!いつの間に!」

「ライ君!これはどーゆー事です!?私に隠れて楽しそうにしちゃって!」

「い、いやあ、これは、オレにも分かってないってゆーか…なあアニキ?」

「ここで振るのかお前!?」

 突然の裏切りに、唖然とする未確認の男。

 彼はそそくさと少年に擦り寄ると、しなければならない質問をぶつける。

「すまん、あれどちら様?」

 小声で言ってはいたが、案外地獄耳なエリザベスには、はっきりと聞き取れてしまった。

 衝撃であった。まさかこの王都に、しかもあの「姉」の所有地内に、自分のことを知らない者が紛れていようとは。

 アライオの方は矢庭に慌て出し、

「アニキ!?いや、そっか、『覚えてない』ンだよな」

 などと、不可解な納得を見せていた。

 アライオは中間に立ち、「おっほん」と咳払い一つ。


「こちらにいらっしゃる方こそ、あの!あ!の!ビリビリお嬢様のマリア・シュニエラ・アステリオス様、その実の妹君である、エリザベス・ピリピヌ・アステリオス様でござい!さあ控えナ、アニキ!」


「え、ああ、ははー!」

「やめて!恥ずかしいから!」

 唐突に両膝をついた翔を、顔を赤らめ周囲を見回し、全力で止めようとするエリザベス。

 そんな彼女の様子を見て、何事か信じられない物でも見たような、胡乱な目を剥き出す男。

 何がそんなにおかしいのだろうか。

「え、えっと…エリザベスです…貴方は…?」

 そこでようやく思い至ったのか、彼は敬礼と共に強烈な名乗り方をする。


「翔・酉雅と申します…。その…記憶喪失の使用人見習いです」


 今度は、エリザベスが怪しむ番だった。

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