2-2.命名

Yyyyyyyyyyyyyイィィィィィィィィ


 翼竜は、じっと獲物を見ていた。



 必要なのは、観察である。

 不要なのは、焦りである。


 じっくりと、

 ゆるゆると。

 間に合う限り、

 牛歩のように。

 

YYYYY…」


 追い詰められて、傷だらけ。

 そんな状態の生物程に、危険な物など他に無し。

 だから万全の距離感で殺す。


YYYYYYYYYYYYYYYイイイイイイイイイイイイイ!」


 狩りとは、一方的な作業を指すのではない。

 優れた狩りが、単調とまで言える優位を作り出すのだ。

 その立ち位置は、一つ抜ければ揺らぎ得る。

 命と命のぶつかり合いなれば、狩られるのはこちらも同じ。


 だから、理解し、分解し、破壊する。

 生き残る為には、手段を選ぶな。どれ程困難であろうとも、どれだけ非道であろうとも、どんなに労力が掛かろうとも、


 命が惜しければ、


 正解し続けろ。



 これは、ジィのかつての師からの訓示だが、その基準で行くと、あの翼竜は及第点を貰えるだろう。

「全く、完璧な『狩り』だよ…。嫌味な程に、な」

 その気配を探りつつ、被害分析も正確に行う。

 車軸がガタつき、馬も一頭既に瀕死。

 他のアルセズと出くわさない為、あまり利用されていない道路を選んだ。よって、道の質が悪い。

 村でも全力稼働だったクリスタン、それに加えて過酷な馬車旅。彼女の権能ボカティオは、あと何回発動する?

 間違いなく、王都に着く前に瓦解する。

 馬車が無ければ、そこからは徒歩。

 エスティアや気絶したクリスタン。彼女らを守りながらの帰還。

 ジィかマリアの本領を、引き出さざるを得なくなる。その懸念がまたしても。

「お前、悪くないぞ、本当に」

 ここから更に奥の手が有れば、雄等級にも匹敵できる。


 惜しむらくは、骸獣コープスとして生まれたこと。

 

 そして、“彼”が居たことである。


「あの土竜と言い、近頃はそちらの練度が羨ましくなる。何と言っても——」


——お前達化物を崩すには、身も蓋も無い程の突発的暴力、それ以外には無いのだから。


 例えばそれこそ、


 殺す為だけの進化を辿った、


 



死に晒せ化物奴マスト・ダイ・シェイディ!」


 

 今回車体を震わせたのは、外ではなく内からの響音!

 窓から銃砲、と共に上半身を出す黒!

「や!おじいさんオールド・マン!」

 少女の顔をした悪意の具現化。それが鉄の塊片手に、気さくな挨拶を投げて来た。

「ようやくお出ましですかな?」

「いやー悪いね。僕は主客の『客』なのさ。出て来るかどうか、選ぶのは僕じゃあない」

 その像が明確に結ばれなければ、形ある者として顕現できない。

「理屈は後に致しましょう。それよりも」


 その言葉を切って見上げた先には——


「今の一発、恐らくですが当たっておりませんぞ?」

「んえ?」

 バッと上向いた視界に、それが映る。


 そこに迫りし尖った嘴。


「なんで!?」

 咄嗟に飛んだ方向は右!

 頭の棘に肩を切られながら、

 二発三発四発五発!目を閉じていても当たる距離で、その全てが掠めて消える。

 即座に翼を畳み、胴は捩り、

 急制動、からの急加速!時にはみちの脇の幹を蹴って!何も無いくうを翼で掴んで!

 風の中の枯葉のように、不規則に舞うはその巨体!


 rustleバッサ


 Rustlingバサバサ

 RUSTLEヴァッサ


「どうやら先程まで、余力を温存していたようで」

 自身の周囲の地形を理解し、身体可動の粋を見せる。

 そのかわしこそが、それの本領。

「ぇえー!?兄弟!これちょっとムカつく!当たりそうで当たらない!どうすんの!?」

 影が天板を叩きながら問うと、

「どうもこうもねえ、“冒険”が必要ってことだ」

 中から全てを把握したように、次なる方針が返って来る。

 否、彼は見えているのだ。

 うちで座りながら、視界は空の下。

 ぶっつけ本番はこれで二度目。危険性は百も承知。

 次なる武器を今こそその手に。

 そんな行き当たりばったりな覚悟が、「影」を通してジィにも伝わる。


「作るぞ!受け取れ!」


「………」


「…おい?おーい?」

 と、しかしここで、応答が止まった。

 黒い少女が、不満げな口吻こうふんを示す。

「ええー…、ああー…」

 カケルには、心当たりがあるようだ。

 では何故、対処しないのか。

「カケル!往生際が悪いですわよ!」

「ほらほら~、ちゃんと呼んであげなよ~」

「だあ!もう!分かったから!」

 冷やかすような盛り上がりの後、彼も突っ走る肚を決め、

 そして、それを口に出す。


「行くぞ、“ルサンチマン”!」


 彼の才を武器へと変えて、

 目前の現実を滅茶苦茶に犯す、

 重き憎悪の生き写し。

 それに命名、


 “非難轟号ルサンチマン”。


「よし来たァ!」

 手にした銃を投げ棄てて、あっさりとがえんずる少女。

「イイネいいねえ!名前があるってのは、やっぱりいいもんだ!」

 戦意発揚、鼻高々。

 主の沈滞ちんたいとは裏腹に。

 

 言葉自体は、ジィは聞いたことがない。

 だがそれが詠唱である以上、改変の意志が籠められている。

 精霊タピオは必ずその含意を掘り出し、周囲に認識を伝播する。


 故に、そこに潜んだ意味は通じた。


「なんともまあ、悪趣味な名ですこと」


 マリアが半目で駄目出ししていた。


「いつか、てめえのセンスも試してやる」


 カケルは、構築を開始する。

——————————————————————————————————————

「パーソナル・ディフェンス・ウェポンを、一丁」

 その銃が創始となった武器種。

「外装は…確かプラスチック。簡略なシンプル・ブローバック」

 高威力の弾丸に対応できない、自動装填式の一形態。

「機関部が引鉄よりも後方、ブルパップ式」

 地球においては、不人気な構造。

光学照準器ドットサイトが標準装備…無理か」

 光を鏡面に映し、浮き出た点を対象へと向ける、その装置。

 電気系統には明るくない翔では、再現できない。

 なのでその上にある、バックアップのアイアンサイトで代用する。

「放つのは、5.7×28mm、ライフル弾と拳銃弾の中間、SS190フルメタルジャケット弾。薬莢にはポリマーコート」

 組み立てられる、全長およそ50cmセンチ

 人間工学に従って作られた、「持ちやすい」とされるデザイン。

 照準は前側に付けられ、銃床ストック銃把グリップがほとんど一体、銃口もあまり出っ張っていない。

 縦にも横にも四角く纏まり、SF映画のレーザー銃と言われても、納得してしまいそうなフォルム。

 そこに上から挿し込まれる、細長いバッテリーのような弾倉マガジン。その中にぎっしりと詰め込まれた、アルミ製の弾芯を持つてっこう


「装弾数」

 弾倉内から装填される際、90度回転するという、特殊に過ぎる挙動の弾は、

「50発!」

 2列になることで大容量に!


 完成。

 次世代の担い手。

 新たなカテゴリーを生み出した傑物。

 一つ先を行き過ぎて、敬遠されし独走者!


「“プロジェクト・ナインティ”」


 命ずるは、


「“くれぐれも、お行儀良くテイク・イット・イージー”!」


 骸獣コープスは殺気の強くなるを感じ、それと同時に連続して撥音はつおん

 一つ一つは、軽い音。

 しかし密に連なっている!

 連射式フルオート

 引鉄トリガーが引かれる限り、

 残弾が許す限り、

 致命を吐き出し続ける機構。


 合間で適度に指を離し、反動から来るブレを抑え、一発でも多く当てるのが熟練者。


 ただし、での話。


 弾丸を避ける人外相手は、不規則に撒くのがむしろ正解!

 右スティックを下や左右へ調整し、暴れる銃口を抑えつけながら、

 撃って撃って撃ち続け、

 避けきれない、その場面を増やす!

 その為の、弾数たまかず

 その為の、50発。


 その為の、P90!



 彼の淵源オドがどこまで続くか、それ自体が未知数である以上、できるだけ小ぶりな銃が良い。

 しかし無軌道に空を行く敵には、射程と弾幕が欲しいのも事実。それを確保しようとすると、重く・大きく・使いにくくなる。


 P90はそういう意味で、今使う武器として理想的だ。

 反動は小さく携行性に優れる、つまり権能ボカティオでの創造が手軽。

 PDW、個人携行型防衛火器パーソナル・ディフェンス・ウェポンと呼ばれたそれは、後方で支援する者達が、自らの身を守る為に作られた。

 よって使い易くなければならず、閉所での戦闘が多くなりがちな、市街戦などで活躍することとなる。

 また、弾丸に点火する機構が銃の後ろ側にある、所謂「ブルパップ式」を採用している。これにより銃全体を短めにしながらも、銃身に当たるパーツを出来るだけ長くすることで、発射時の初速・及び有効射程を伸ばすことが出来、殺傷範囲の拡大を実現した。


 さて、Dデザート. Eイーグル.も突き詰めていた、対ボディーアーマーの性能。

 この銃もまた、そこに挑んだ兵器だった。

 5.7mm弾とはざっくり言えば、小型化した小銃アサルトライフル用弾薬である。威力・射程距離・貫通力を優先された武器種の、ミニサイズ版。

 弾頭は尖り、防御を突き抜く。


 だがこの弾の真価は、それだけではない。


 壊したくない設備が多い自軍の施設内、民間人を巻き込んだテロ活動との戦い。そういった場面では、壁からの跳弾は勿論のこと、敵を貫通し切るのも問題となる。当てたくない物に、当たりやすくなるからだ。

 5.7mmはそれをどう解決したのか。


 その答えは、もう一つの特性にある。



 秒間15発。

 再装填リロードさえ無視すれば、一分で実に900発撃てる計算!

 が、問題はその「再装填リロード」。

「ちょ、兄弟!上手く嵌らない!やりづら過ぎるってコレ!?」

「ペルー軍も通った道だ!慣れろ!」

「いや知らないよ何その激励!?」

 弾倉マガジンの形状・及び装着方法が特殊過ぎる為、入れ替える際に一々突っかかる。

 コツがあるらしいが、初見で速さを求めるのは、かなりの無茶振り。

 他にもこの銃には特別な点が多く、配備の為には訓練の手間が激増すると言う。


 加えて、操作性にもう一つ。

「あと聞きたいんだけど、段々顎が痛くなって来てない?」

「…それは少し感じ始めてる。お前が黙れば少しはマシになるだろ?」

「ホントに大丈夫…?」


 「ブルパップ式」。

 小型化と長射程を両立したこの構造には、課題も多い。

 機関部が入った銃の後方とは、乃ち銃床ストックの中。つまり肩を使って全体を支える部分であり、照準サイトを覗く時に頭を載せる場所でもある。

 そんなところで、数十の破裂が起こっているとして、どうなるか。


 それはもう、接している部位の負担が跳ね上がる。


 振動の大元が、すぐそこにあるのだ。

 パーツは強くぶつかり、引鉄を引く度に身体を痛めつける。

 自明の帰結である。


 加えて、頭に近いということは口元の直ぐ傍ということ。燃焼時に生じたゴミが射手に吸引されやすく、顔の火傷や健康被害の発生率が高くなる。

 ルサンチマンにはあまり関係ないが、感覚が繋がっている翔にとっては、不快なことこの上ない。


 P90は、「ユニーク」な使用方法と、「先進的」な動作原理、「未来的過ぎる」見た目も相まって、兵士達の信頼を獲得できず、今一つ流行り切らなかった。

 一方フィクションの世界では、その見た目でかえって人気者になったが。


 そういったを待ってくれるわけもなく、

 翼は

YYYイイyyイイ…!!」

 避ける


 避ける避ける!

「鳥類は視力がべらぼうに良いって言うが…てめえもそうなのかよ!?」

 その答えは無言の回避!


            上

            下

            左 右に


  身体を振って、

    散 漫 に広げ


接 

近 

   す 

る!


 翼を掠める豪速の金属塊!

 後ろ脚の一本が千切れかけ、胴に数発、


 けれどそれしき!


 重篤ではなく、


 ならば考慮に値せず!


 軽いつきなど幾重あろうttttttttttttttttttttttt

「!????!?」


 神経からの危険信号!

 

 高度が下がる!


                     不随意な反応!

        制御を手放したことで

   余計に撃を貰う!

         被弾箇所から予想外の激痛!


             想定していない

             想定されていない


      体内で暴れる

          小さな猛獣!


苦しみ悶えて全身を揺さぶる翼竜!

    取り憑いた呪詛を 

       振り払うかのように!


「アッハハハハハ!もっと滅茶苦茶に羽を振れよ!得意だろう!?ほらほら避けないとお!もっともぉっと痛くなるよお!?」



 P90に装填される5.7mm弾は、


 剛体を貫き、


 軟体に到達すると同時、


 


 そこに留まろうと


 暴れ回る!


 これが、

 これこそが、

 「解決策」。

 狙った敵「のみ」を殺す。

 その為だけに磨かれた技術!



「思った通り、早くも崩れやがったな」


 翔は冷徹に分析する。

 感情を動かさずに標本を解体する、情緒未発達の少年のように。


 中生代に生きていた、彼の知る翼竜は、飛ぶために軽量化を施していた。

 骨を空洞にし、筋肉は必要最低限。

 学者の間では、人を持ち上げて連れ去るなど不可能、そんなことを言う者も居た。

 その上、自在に飛ぶ為に用いられるのが、翼となる膜の微妙な変化。指と連動しているとされるそれは、細かい正確さを要するだろう。


 翼竜とは、繊細なものなのである。


 翔の目の前のも変わらない。

 見た目はゴツゴツとしてタフそうにも思えるが、その実細やかな工夫の上で、飛行状態を実現している。

 そんな所に、体内に留まり食い荒らすような、凶悪な弾丸を撃ち込んでしまえば。


 余計な重みが加算され、姿勢のバランスは脆くも乱れ、思考は痛みに引っ張られ。

 とてもではないが、思い通りに飛んでいられない。

 いわんや曲芸飛行をや!



 空高く上昇していく骸獣コープス

 呼吸を整えようと、大袈裟に腹を膨らませている。

「逃がしたようですが?」

 背中越しのジィの問いにも、

「いや、これでいい」

 狼狽を見せない翔。


 5.7mmは軽い為、本来高所の目標を撃つには向いていない。

 だが向こうが攻撃する為には、自ら接近しなければならない。だからその弱点は度外視で、P90を選択した。

 

 要は、王都までの時間を稼げばいい。


 今の痛打で、近付けばどうなるか分からせた。

 遠ざかるのは狙った通り。

 ルサンチマンが外に出ていれば、それを恐れて降りてこないだろう。

 その構図が作れれば、睨みを利かせるだけでいい。

「あと20分弱。仕掛ける頻度は大幅に減るだろうな」

「成程、最小の労力で最大の効力、というわけですなあ」

 得心が行ったと頷くジィ。

 彼からの太鼓判で、危機は脱したと安堵する翔。

「あとはアンタ次第だ。頼むから途中で横転とかは勘弁し■■■■■■■■■■■■


——ん?

——なんだ?


「————」


——あれ?

——今?



 ふ わ り。



 浮 遊 感


 目に映 る 世  界が


 どちらが  下で


 何 方が    上なのか


 それ    すら


 叫んでいる?


 彼女は


  目 障   り な くらい

 光 って いる

 マリア  が

 頬  を 張っっっっ  て


 ク リ  スタ ンンンンン の


 ハッ     とした彼 女 が


 何かを——


 眼前に出現する白き十字。

 取り戻される音と感覚。

 そして、理解が追い着く。

 正に、

 翔が恐れた通りに、

 

 馬車が、


 横倒しに、


 投げ出されている、


 取り返しのつかない程に。


 止める術など

 

 思い付く筈も無く。


「有ったのか」


——持っていたのか。


 やけに耳に残るジィの呟き


 その直後、


 彼らは、


 地面に叩きつけられた。



——————————————————————————————————————

Tips:中生代…2億5000万年前から6600万年前。みんな大好き恐竜の時代。古い方から順に、三畳紀・ジュラ紀・白亜紀と続く。陸海空の全てにおいて、蜥蜴のお仲間みたいな連中が幅を利かせていた時代。因みに翼竜は恐竜ではない(最重要事項)。

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