2-1.疾走と交錯
「来ますぞ!捕まってくだされ!」
注意喚起の一瞬後、揺れる車内!
馬車のスピードとも相まって、振動は止まる気配無し!
「もう!あの羽トカゲ君、
背の高い方のメイド——クリスタンが文句を言うが、言っても詮無いことである。
今彼らのほとんどが、舌打ちしながら空を見上げるのみ。
それしか、できる事がない。
運河に沿うように拓かれた林道、人の気配も今は無く。
進路に誰もいないのをいい事に、思う存分爆走状態。
しかしそこに爽快感は皆無。
各々手近な何かに掴まりながら、空飛ぶ脅威への悪口大会が始まった!
「お嬢様!王都へはどんなに飛ばしても
「ジィジィ、ちゃんと当ててよおー!このぉ、心臓のちっさいケチ鳥くんめ!そもそも鳥なのかハッキリしろー!次エストちゃん!言ってやって!」
「え、エトエト…禿げ上がって汚らしい上に飛ぶことしか能がない癖にマリアお嬢様に飛び掛かって邪魔するとか救いようのない淫獣が…」
「え、エストちゃん?程々にね?」
「降りてらっしゃい卑怯者!わたくしが礼儀の何たるかを叩き直して差し上げますわ!」
「お嬢様は身を乗り出さないで~!」
「お前は黙ってろ!姐さんはその馬鹿を抑えて!今俺があのハゲチキンを叩き落とす!」
「さっきからそうおっしゃってますが、結局あとどれくらいの時が必要ですの!?」
「俺が聞きたいね!」
酉雅翔は、焦っていた。
その理由は、明快にして深刻。
折角手に入れた
天候は快晴、休息も充分だった筈。
しかし、あの影が現れない。
コントローラーも出て来ない。
さっきから色々試しているが、一向に手応えが感じられない。
座席にどかりと腰を下ろして、彼を叱咤しているマリア。
腹より下からバチバチと光を散らし、姿勢を整えたその有り様は、この揺れの中にあって尚見栄えを保っていた。
こんな時まで様になる、少女のそういう所こそが、翔の神経を逆撫でる。
ちびメイド——エスティアは俯いて、何事かを呟き続ける。今は彼女にできる事はないだろう。
御者台にいるジィは、馬を操りながら獲物を振るう。が、動きを限定され、攻撃を避けようにも狙われているのは馬車。そんな彼から繰り出された刃は、“そいつ”の表皮を浅く傷つけて終わり。それでも当たったならラッキーな方で、間合いが遠すぎると避けられるか頭に弾かれる。
クリスタンは、屋根の上に昇るか本気で検討し始めた。
襲ってきたところにカウンターを入れる腹積もりだが、全速力の馬車から投げ出される可能性の方が高く、ギリギリで思い留まっている。だがいずれ痺れを切らすだろう。集中力が限界に近い。
そんな彼らへの攻撃を、作業的に繰り返す“そいつ”。
上空から急降下!ジィの妨害をやり過ごしながら、車体に一撃入れて上昇!時には隙を見て馬にも牙を剥く!
車輪が軋み、各所が徐々に歪んで行く。
だが“
機を見なければ、枯渇するから。
崩壊は、目の前。
状況の打開は、
だが当てずっぽうの手探りなどでは、上手いこと運んだ試しが無い。
「
鼓膜を突くような鳴き声を下ろし、その翼は手の届かぬ所へ。
ジィが馬を酷使して、最終スパートを疾駆するが、とうに限度を超えている。
それでも大翼を振り切れない。
王都ミクダヴドはまだ遠い。
対応策が見つからぬ間に、
さて、彼らはどのようにして、この
ウガリトゥ村での不明生物出現から始まった騒動は、新たな段階に突入していた。
最善は望めなくなった
それぞれの利益を可能な限り広げ、被る損失を最小限に抑える。その為の競争、時間との勝負である。
マリア嬢一行が王都に火急の報せを届けるべく、村を出発してから5日が経っていた。
ピシオン運河沿いにドリフトやコーナリングという馬車らしからぬテクを決めながら走る二頭!
彼らを休み休み、しかし
乗員にとっての「快適な旅」は、お察しの通り犠牲になったが。
しかし責め苦に耐え抜いた、その辛酸も無駄ではなかった。王都までの道のりもあと僅かとなり、そう思いたかった彼らだが、順調に終わることなど許されなかった。
最初に気付いたのは、外に居たジィだった。
「ム…オウリエラが隠れた?いやこれは…」
その独り言を聞いてか聞かずか、次にクリスタンが反応する。
「なあんか、いやあな感じ」
更にエスティアがプルプルと震え出し、
それらを見た翔が警戒し始める。
そんな中マリアは足を組み、極めて
「お越しのようですわね」
それだけ言った。
その言葉通り、
それは来た。
馬車の上に乗って、天井を爪で引っ掻き、
「
「あああ!耳が!」
「ちょっと君!声量落とそうか!」
窓から顔を出し指摘するクリスタン、それを一顧だにしない
——翼竜?いやワイバーン的なやつか…?
翔が遠目で見たそれは、鳥のようなシルエットではあったが、爬虫類に羽が付けられたような、ちぐはぐな不格好さがあった。
貝殻や鉱物めいた突起が、頭や胴の後ろに突き出る。細長い嘴の内から、無数の歯が垣間見えた。頭部の肉は盛り上がり、その上に更に
広い
翔がそうした観察をしている間にも、旋回したそいつは再び接近。
走行不能レベルの被害を与え、本腰の入った攻撃が出る前に退散。
車輪が飛んで行くより前に、
その立て直しの間に
徹底した
その時点から、いいようにしてやられるだけとなった。
散発的に行われる急襲。徐々に回数が積み上がる、クリスタンの
ひっきりなしに降る高音域、馬車の制動を邪魔する突進。徐々に蓄積していく損傷。
こちらの攻撃力は、あまりにも頼りない。
戦闘向きではないエスティア。
間合いが短いクリスタン。
よく分からないマリア。
唯一通用しそうだったジィのナイフは、首を狙うも後頭部の角で防がれていた。
ギザギザした外見は、単なる飾りではなさそうだ。
更に木々の間を飛び回り、狙いを散らすことまでして来た。
遮蔽物を利用しながら、自らはぶつかる気配無し。
悪いニュースはもう一つ。
連続使用を強いたらなら、
何処と何処が繋がって、どこからどこまでが一体となるのか。
必要な物を取り戻し、害となる物を送り返す。
その治癒と修繕のイメージを、毎度一から作り上げる。
感覚としては、一回それを使うごとに、一人手術するようなものだろう。
彼女の息切れは、当然に過ぎる。
消極的な対応ではジリ貧。積極的打開が求められる。
そういった具合で、今ハジかなければ何時ハジくのか、というシチュエーションとなっているわけだが。
「出ろ!おいコラ!てめえ俺の分身みてえなこと言ってたじゃねえか!頼む!頼むよほんともおおお!」
現在絶賛試行錯誤中である。
力んでみたり、ポーズを取ったり、思いつく限りあらゆる事を。
願いや感情が始点であるなら、あの時と同じく憎めばいいのか。だが空を行くヤツを睨み続けても、力は形を成してはくれない。
翔は頭を抱えてしまった。
彼はその場に居る者達に、
「実際、詠唱さえ済んじゃえば勝手に出て来るし…」
ぐったりとしながらもクリスタンが会話を続けるのは、気を紛らわせていないとあまりに辛いからである。
「詠唱って、言葉じゃないといけないんですかね?」
「そんなことないよー?『ある意識を想起させる特定の行動』、それを総称して『詠唱』だからねぇ…喋れない者は使えないなんて、そんなけち臭い事は仰らないよ~」
「そうは言っても、俺はその詠唱のための道具を能力で作ってましたから…」
「どういうこと?詠唱が無いと、そもそも作れないんじゃ?」
「鶏か卵か問題になってる…!?」
彼の力は、思ったより複雑なのかもしれない。
しかし、じっくり謎を解いている場合でも無い。
何が足りないのか今すぐ突き止めなくては——
「あ、あの!」
そこで初めて、翔はエスティアから話し掛けられた。
「え、えっと…」
何事か閃いたが、発言しようと整理する内に、徐々に自身を喪失していく。そんな機微が見ただけで分かった。
彼は内心、「だあ!もう時間が無えんだとっとと喋れ!」、と思っていたが、けれど表出を必死に抑える。彼の経験則から言って、この手のタイプはそれをやると、むしろより拗らせ閉じてしまう。急かすことが、却ってロスになる。
で、あるので——
「言うだけタダだ。お手柄かもしれねえぞ。逆に正解だったのに言わなかった方が後悔するもんだ。俺にも経験がある。夜も眠れなくなるんだよ、あれ」
北風ではなく、太陽で行く。
話しやすい雰囲気と、「表明した方が楽」という認識、それが形成されるよう、慎重に言葉を選び取る。
「大丈夫だ。浮かんだ単語の羅列でもいいから、まずは声に出してみてくれ」
「こんなことに時間と思考力を費やすなら、自力で考えつく可能性に賭けて、彼女を無視して頭を使え」、そう考えるのは、翔が見下すダメ合理主義者達。
オンラインゲームでよく見る、「メタ」と呼ばれる流行りの戦術を擦る以外に、何ら能の無いつまらん連中の同類。
「強い武器だから使う」という考えに拘泥し、「この武器の強い使い方とは何か」「この場面で勝つには何を使うか」、その段階に至れなくなる。頭を使っていないのはどちらか。
無駄は切り落とすべきだ。だがそれが本当に「無駄」なのか、それを精査する過程は必須。
違和感を取り零すような者では、やがてどこかで勝てなくなって、大事な物すら切り売りし出す。
不正解は不正解と確定させる。その手順は可能な限り行うべき、翔はそう考える。
特に、彼の「何でも」という意識は、まだ甘かった。ウガリトゥ村でそう身に染みて理解した今は、尚更に過敏になっていた。
故に、エスティアの思いつきも逃さない。
傾聴の姿勢で受け止める。
そんな彼に対して放たれたのは、思いのほかシンプルな文字列。
「そ、その
それだけだった。
「……『なんて』…と言うと…?」
「つ、つまりそのう…」
目をギュッと瞑り、意を決したように、
「な、な、名前は無いのかなって!」
名前。
翔に与えられし奇跡の。
「それは勿論——」
——いや待て。
そうなのだ。
銃の名前は宣言した翔だが、能力自体には名前を付けていない。
「ああ!そっか!初歩的過ぎて、お姉さん確かにそこは盲点だった!」
「幼き頃に本能的に使うのを親御様方がご覧になり、そこから名を与えられる場合がほとんどですわ。成長に伴ってご自身で変更される場合もございますが…、この度は例外に過ぎて忘れておりましてよ!」
「待ってくれ、名前ってのはそんなに重要か?」
「当然ですわ!『名付け』とは定義付け、つまり支配の類義!己が力を掌握する為の『詠唱』、その根幹と申し上げてもよろしいくらいでしてよ!」
「むしろこの前使えた方が不思議なくらいだよ~。君、精神性が赤ちゃんだったりする?」
イメージを固める為に、現象に名と姿を与える。それで、自分の想像力に閉じ込める。
成程、人の身に余る異能の使い方としては、しっかり頷ける理屈ではある。
名前は、付いていることに意味があるのだ。
厭な気分にさせる音。
「うわあ!
十字の光が広がっていき、その場を満たして包み込む。
「うう、これつっら…」
眉間に皺をよせ、意識にしがみつくクリスタン。
リミットは、もう目の前にまで。
「つまり、何か?」
その状況にあっても、翔は躊躇っていた。
「俺に、技名を決めろと?」
——厨二病チックな言葉の配列を?
前回は、勢いに酔っていた。
今回は、思考が完全に
恥を恐れる彼に対し、
「さあ、お早く!その力に相応しい、最適最高の名を!心して!」
「お願い~!格好いいの…じゃなくて、やらなきゃ負けちゃうかもだから仕方ないんだよ~?」
「ワクワクするです!」
容赦なく集まっていく注目と責任。
高まり続ける期待とハードル。
——ていうかこいつら、この状況楽しんでねえか?
翔は、
またも頭を抱える羽目になった。
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