1-16.忠誠と、旅の始まり part1

「さて、準備はよろしくて!?出発ですわよ!」

 

 オウリエラが顔を出し、王都への方角を影で指す朝。

 

 元気溌剌といったマリアに対し、

「もうちょっと声量を下げてくれ…。寝不足の頭に響く」

 絶不調真っ只中の翔。

 昨夜は結局、考えることを止められず、寝付けぬ夜を過ごしてしまった。

 マリアに何の変わりもないところを見て、「昨日のあれは夢だったのか」そう思えても来る翔だが、だったら彼はぐっすり寝ていたことになるので、今こんなにもグロッキーなのはおかしい。

 恐らくマリアの切り替えが、異様に速いだけだろう。寝て起きたらもう忘れている。彼はなんだか、勿体ない気分になった。

「情けないですわねえ!ちょっとジィ?王都に戻ったら、ビシバシ鍛え直して差し上げなさい!」

「心得ましたぞ」

「勘弁してくれ…」

 いつも通りの暴走っぷりに、早くも将来への不安が加速していく翔。

「おお、仲良しだねー。さあて、この子は何日持つかなあ?」

 空気が読めるのか読めないのか、回復役ヒーラーメイドが更に不穏な言葉を付け足し、

「………………………ヨロシクデス」

 ちびメイドはマリアの影に隠れていた。


——…主人を盾にするのは、流石にどうなんだ?


 そう思わないでもない翔だったが、誰も咎めるつもりもないようで——

「ちょっとエスト!何わたくしを遮蔽物扱いしておりますの!?」

「ひゃっ!?ご、ごめんなさいです~!」

 思いっきり咎められていた。

——そうだな。こいつに寛容さを期待した俺が一番の馬鹿だったな。

 威厳は無いのだろうか?このお嬢様は、果たして敬われているのだろうか?そんな疑問も考えないことにした。

「ところで、リアスマ隊の馬担当も前線イェリコ組と合流してるんだが…」

「帰路はわたくしめが御者を務めまするぞ。他都市の中継も時間が惜しい今、慌てず急ぎます故、ご安心召されよ」

 成程、と翔は安心する。

 このジィという執事が、かなりのハイスペックなのは分かっている。

 馬車の制御くらい卒なく「げっ」こなす——

「おい今誰か『げっ』て言ったか?」

 声の元にはヒーラーメイド。

「お姉さん、やっぱりこの村に残りたいなあ、なあんて…」

「駄目に決まっているでしょう!?」

「だよねー!」

 それから彼女は、憐れむような目を翔に向けて、

「短い付き合いだったね…」

「死ぬのか!?これからの道中で誰かしらが確定で死ぬのか!?」

「どうも信用が無いようですなあ。誓って申し上げますが、死なせは致しませんぞ」

「つまり死に瀕するところまでは行くという理解でいいか!?」

「よろしくてよ!」

「よろしくねえんだよ!!」

「………」

「なんか言え!あと影からこっちを見るな!」

——怖えから!

 恐るべき事にこの所帯、不安要素だけで構成されている。

 転職先を早急に見つけるべきかもしれない。

 だが今の彼に、選択の自由など無い。

 彼は諸々に目を瞑って、この破天荒に着いていかなければ。

 余計に酷くなった頭痛を押しやり、「ええい乗ってやる」と馬車に足を掛け——


「待ってくだせえ!」


 そこで一行は、呼び止められる。


 振り向けばレジイ達村の衆が、またしても大挙して押し寄せて来ていた。

 それをその目で認めたマリアは、躊躇いなくと方向を転換し、

「あ、おい!」

 止める間もなく彼らへと歩み寄る。

 向き合った彼女は、強硬な姿勢をまるで崩さない。

「しつこいですわよ!何度言われようとわたくしは——!」

「これを、これを見て下せえ!」

 そう言って彼らが掲げた物は、昨日の皮紙の束だった。

「それは既に拝見いたしましたわ」

「違えんです!余白にオレらが捕捉したんだす!」

「この村全体で協力すりゃあ、実現できることは何かぁ、成果がすぐに出るのはどれか!」

「余っていたけつには、新しい案も書いときましたぁ!」

「村のモン、みんなで一晩中考えたんだす!」

「お願えです!最後にもう一度、機会を!」

「オレら、変わりたいんだぁ!」


「お願えします!」


 彼らの希望が詰まったそれを受け取り、パラパラとその場で捲った後に、


「ハァ…」


 マリアの口から出たのは、あからさまな落胆であった。

「発想が貧困に過ぎますわね…。数だけ間に合わせればよろしいというものでもないでしょうに…」

「う」

「おいおい…」

——もう少し手心とかさあ…

「ま、わたくし達アルセズは、そんな都合良くは変われないということですわね。折角産まれた鷹も、鳶のままで居させようとする、そんな方々のようですし」

「う、うう…」

 それはそうだろう。

 ここで斬新な提案が出て来るようなら、最初から困窮などしないのだ。

 こういう連中は、考えることを誰かに押し付けて来た者達は、

 二度と進歩することは無い。

 それが翔の経験則だ。


「こんなものでは、平均点すら差し上げられませんわ」

「そ、そだよなぁ…」

「んだなぁ…」

「基盤となるユーリの案の良さがあれども、辛うじて赤点を免れたくらいですわ」

「やっぱり、オレらじゃあ…」

——何?

「今、なんて…」

「無意味に繰り返すのは、わたくしの好むところではありませんわよ?それに交渉の場では、殊更失礼に当たりますわ!しっかりしなさい!いつまで呆然としてらっしゃるおつもりですの!?」

 当たりの強さは何ら変わらないが、今はもうそれはいい。

 「赤点回避」、つまりそれが意味するのは。

「ま、ただ消えて無くなるのでしたらまだしも、骸獣コープスにくれてやるとなると、それはそれで癪ですので!」

「そ、それじゃあ…!」

 それでは、

「こちら、わたくしが持ち帰りますわ!」

「や、やっ——」

「話は最後までお聞きなさい!」

 お祝いムードの最中でも、しっかりと冷水を浴びせていく。言いたいことは、言わずにおかず。マリア・シュニエラ・アステリオスは、やはり、ブレない。

「このまま提出しても、わたくしが恥を掻きますから、大幅に手を加えさせて頂きますわ!当然、功績も半分以上わたくしのものとなりますし、あなた方が関知しないところで、あなた方を考慮しない決まり事が成立することにもなりますわ!」

 それは、強奪宣言。

 敵対者としての名乗りに近い。

 けれどそれを受けた側には、敵意も悪意も見えなかった。

「もしわたくしの裁量に不満がございましたら、如何なる手段を行使してでも、わたくしに文句を言いにいらっしゃい!直接ぶつかりにお越しなさい!こんな辺境二度と御免ですので、今度はあなた方からわたくしの元を訪れなさい!その時は——」

——またコテンパンに言い負かして差し上げますわよ!

 そう言って笑い声を響かせるマリアに、

「おうよ!」

「受けて立つだぁ!」

「首ぃ洗って待っとれよ!」

 混じりけなしの強い戦意を、漲らせるはウガリトゥ村。


 望むところとでも言うように、目に爛々としたあかりともし、再起の為に動き出した。


 マリアは絶えず笑い飛ばしつつ、そのまま馬車へと乗り込んでいった。

 翔はその対面に座り、

「これが狙いか?」

 どこまで見えていたのか、探りを入れようとする。

「わたくし何か、策謀を巡らせましたかしら?」

「一人の住民の、お前のお気に入りの死まで利用して煽り、共通の敵を作って、一度叩き落としてから、蜘蛛の糸よろしく救いをぶら下げる。対価として、手柄はほとんど頂いていく。下衆なのかお人好しなのか分かんねえな」

「…このウガリトゥ村は、有事の際の要所になり得ますわ」

 それは、彼女なりの答えである。

「この村が発展し、防衛力を獲得するというのは、王都にとってもわたくしにとっても、大きな利益になりますわ。ですが、村民があの調子では、どのような施策も無駄骨ですもの。犬に牛車ぎっしゃを牽かせでもした方が、まだ効率的でしてよ?」

「だから、意識の方を変えた…ってか?」

「わたくし、どのような状況からでも、美味しい所は逃しませんわ!」

 食らいつく為に、大口を開けて、嚙み切る為に、歯を見せ笑う。

 その一つ一つが、見惚れるように美しくなってしまうのが、公爵令嬢にして次期王妃、マリア・シュニエラ・アステリオスである。

「そして、美味しくなるようなら、どのような調理法でも実行させますわよ!」


 そう言った彼女のかんばせは、気持ち良い程に傲慢だった。

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