1-16.忠誠と、旅の始まり part2

 翔は何となく分かって来た。

 彼女は、良くも悪くも貪欲なのだ。

 「模範的貴族」という、その仮面すら手放さない。

 その結果、「なに一つ譲らぬ淑女」、そういったスタンスが確立される。

 上品にがめつい、それがこの少女だ。

 彼女が何かを𠮟責する度に、やけに翔の目に付いた。

 つまりは、目で追っていた。

 「絵になり過ぎて」「金鍍金」「雷」…翔自身が、一番よく分かっていた。


 彼女は、気品を損なわないのだ。


 好き勝手やっていながら、聳え立つ姿は優美荘厳。

 

 二つが矛盾しようと、同時に手に入れんとし、実現する。

 そして何より彼女自身が、その高貴さを疑っていない。

 “ノブレス・オブリージュ”。

 「かくあるべし」。

 上から目線は、義務ですらあると思っているのかもしれない。

 生まれながらに美しく、そしてしぶとい。

 その立ち姿こそが——



——



 翔は思う。

 人は、生まれながらに不平等だ。だがそれは、運が良いか悪いかという話。

 持っている能力・時代や環境が異なれど、本質が持つ意味は異ならない。


 恵まれているかどうかはあっても、たっといかどうかの差など無い。


 幸福が約束された人生はあっても、勝利が決定された命など無い。


 昨夜翔が喋っていた相手は、何の備えも武装も無く、矢張り単なる一人だった。

 どれだけお高くとまろうとも、彼女と翔とそれ以外、例外無く同列なのだ。

 ならば彼女もまた、無様でなければ嘘だ。

 我が身の醜態を代償に、それでも欲を強めた者だけが、本当に欲しい物に手が届く。

 にも拘らずマリア嬢は、気取った顔で支配者たらんとし、自分にしか出来ないことだと、手当たり次第に奪略していく。

 成果であれ、負債であれ。

 綺麗なままで。


——そんな生き物が、あって堪るか。


 一人だけ芯から美しい、などということは有り得ない。

 それは欲望が無いのと同義、生命の根本が欠けている。

 彼女は無欲ではなく、無知なだけだ。

 心から欲するということを、知らないだけだ。

 外装も体面も質に入れ、全財産をはたいてでも、掴んで、いや、せめて触れようとする。

 そんな心持にさせる何かを、まだ見つけていないのだ。

 それは、彼女が「恵まれて」いるからだと、翔はそう考察する。

 欲しいと思うその前に、目の前に置かれてしまうからだと。

 ならば——


——教えてやろうか。


 心から浄いお嬢様など、演じていること自体が苛立たしい。

 だから、理解させる。

 手に入らない物があると。

 思い通りに行かない事があると。

 彼女もまた、敗北するのだと。


 では彼女が、

 この世界の最高権力者に近い少女が、

 手に入らない、欲しがる物とは?


 “一番”。

 それに他ならない。


 王妃という、王あっての地位ではない。

 自分だけが居座る、いただき

 もし格下に掠め取られたら、プライドの高い彼女のことだ、是が非でも手を伸ばすに違いない。

 その時に、本気が見れる。

 取り繕いの一切無い、マリア・シュニエラ・アステリオスが。

 それが立証する。

 彼女は虚飾に引き立てられただけの、卑しい一人であるのだと。

 最後の一時いっときまで美しかったユーリが、如何に優れていたのかを。


 彼女が助けた翔が、それに価する人間であることを。


 「気に食わない」、だから変える。

 傲慢さでは、彼も負けていない。

 それを思うと、俄然やる気が溢れてきた。


——そうだ。そうだったじゃあないか。


 マリアと、そしてユーリのお蔭で思い出せた。

 どれだけカッコ悪くても、

 大人になれと馬鹿にされても、

 諦めなかったのが酉雅翔だ。

 異世界?

 骸獣コープス

——だからどうした。

 条件が優しくないことなんて、彼は今更慣れ切っている。

 最大の障害はもう無い。

 権能ボカティオは、手に入れた。それも、強力なものを。

 なら、戦える。

 生きて、挑戦出来る。

 元の世界に帰る方法は、勿論探し出す。まだ向こうでは、「一番」になっていないから。

 けれどそれまでは、このパンガイアで目指せばいいのだ。

 どちらか片方だけの為に、もう一方を捨て置くというのは、彼の性分には似合わない。

——どちらも手に入れる。本当の強欲とは何か、見せてやる…!


「貴方!わたくしの箪笥の肥やしにならぬよう、せいぜい気張りなさいな!」

 人差し指を突き出したマリアが、翔に釘を刺してくる。

「その命をいつ使い果たすのか、それすらわたくしから命じられた通りに!我が従僕として当然の掟ですわ!」

 あんまりな要求だが、人権など無いパンガイアにおいて、翔に反撃の手札は皆無。

 だから今は。

 今はまだ。

「ちょっと!よろしくて!?お返事が聞こえませ——」


「“Yes, your Majesty.”」

 

   


「………今何と?」

「確か、まじないかなんかだ。朧気だが、そんな気がする」

 そう言いながら、さりげなく視線を逸らす翔。

「…………???」

 訝しげに首を傾げるマリア。

 矢張り、これだと意味が通じていない。



 精霊タピオ達はどうやら、発言者が「音」に重点を置いた場合、意味ある言葉でも翻訳せずに、元のままで伝達してくれる。

 例えば「カケル」と言う名前。

 漢字に籠められた「飛ぶ」「走る」といった意味を無視して、「カケル」という名前をそのまま伝えている。

 何となく、意味が脳に届いたケースと、音を耳が拾っているだけのケースが、感覚で区別できるのだ。彼の名が呼ばれる時は、後者。翻訳前から、「カケル」と発しているように感じるのだ。


 「ヒステリー」がマリアに対して、訳されていなかった時もあった。そこに精霊タピオ翻訳が発動しなかった。

 日本でその言葉を使えば、一々意味まで掘り下げず、語感だけで罵倒となる。

 「ヒステリー」という音それ単独で、言葉として成立しているから。

 彼はあの時、「すぐ怒る耳障りな奴!」ではなく、「ヒステリー女!」と罵った。

 翻訳者は、その意図を汲んだのだろう。


 つまり、彼らが知らない言語を、発音に集中しながら喋れば、翻訳されない言葉の完成だ。



 今彼が唱えたのは、英語の慣用イディオム

 権威に忠誠を誓う言葉。

 これは、彼なりのである。

 調子に乗らせたくはないので本人には言わないが、マリアは間違いなく今の彼より上だ。

 権力が、ではない。

 今回の一連の騒動で、翔は大きな敗北感を抱いていた。他でもない自分が「負けた」と思っているのだから、これは負けである。

 よって、今のところは彼女が主人だ。彼自身にだけ分かる形で、悔しさと共にそれを刻む。

——いいぜ、見てろよ。

 彼の心胆が、沸々とたぎっていく。

 彼女が「高貴」なままでいる内は、しもべとして仕えてやろう。

 だがいずれ、その馬脚があらわれる時、

 彼が彼女を追い抜き、その正しさをハッキリさせる時、

 彼女が「貴いもの」で無くなった、その瞬間。


 この主従契約は、終わる。


 彼が誓ったのは、「特別」な彼女に対してだからだ。

 不履行により、破棄。

 彼にはそれが、今から楽しみで仕方がない。


 果たしてこの少女は、どんな顔をするのだろうか。




「出発しますぞ!」


 その呼びかけと同時、揺れながら加速していく馬車台。

 離れていく復活の村。それを見ながら、弔い代わりに誓いを立てる翔。

 その身も、約束も守れなかったあの「憧れ」。

 今彼が連れていけるのは、形見である首飾りのみ。

 けれども——


——見せてやる、見たかった景色を全て。

——俺はやる。必ず、報いる。


 彼と彼女の、これまでの全てに。



 そんな彼を見て、何かを思案する少女。


 意味ありげに顔を見合わせる、使用人達。


 それぞれの想いを胸に、


 彼らは一路、西の王都へ。


——————————————————————————————————————


「隊長?定刻ゆえ出発せねば」


 リアスマ隊もまた、次なる戦場を目指さなければ。

 だが隊長は、西方を見たまま動かない。

「何?ようやっとあのお嬢様から解放された、って感慨に浸ってる?」

「いや、そうではなく…」

 もし再び彼女にお供する任務があれば、彼は全力で固辞するだろう。それだけ、あの公爵令嬢には振り回された。

 それに、彼女の主張・姿勢には、未だに賛同しかねる部分も多い。

 しかし——

「もう少し、腰を据えてお話してみたかった。そんなことを、思ってしまってな」

「正気?僕は暫く遠慮したいかな…」

 げんなりした部下に苦笑し、彼は気を引き締め直す。

 未来の王妃、その骨柄は、今は未知数としておこう。

 それを見定めるその為にも、生きて帰らなければならない。


 今日を欠けずに生きる事、まずはそれに全力であれ。


 火の手は迷わず、東の最前線に。


——————————————————————————————————————


「ふぅん、流石にそう都合良くは行かない、か…」


 その青年は、空を見ながら言った。

 否。正確に言えば、空を覆うそれを仰ぎながら。

「それともあの後、全滅したのか…?などと、それは流石に有り得ないか」

 少なくともあの時点までは、防衛線は突破されていなかった。

 ならば、勝ったこと自体は疑いない。

 問題は、どういった「勝ち」を掴んだのか。

 最善か?

 それとも、最悪か。

「まあ、根回しは済んだ。やる事自体は、当初から一貫している」

 彼の立ち位置は、変わらず固定。

 そこに居ながら、もう十年。

 幼き日々の中で、ただの一回。


 それだけで、彼らの命運は決まってしまった。


「役目を果たす時も近い。分かるだろう、マリー?」


 使命を担う最優の使徒は、中枢で静かに時を待つ。


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buzzzzZZZzzZzzzzZZzzブゥゥゥゥウウウゥウゥウウゥゥゥゥウゥン


 の役目は、見ていることだった。


 虹のように照るその体色に、毎秒100回近く空を叩く羽、上側に歪曲した二本角。

 特技は、目立たないこと。

 その能力を十全に活かせる、太陽の下の木立の傍。

 或いは敵の注意が散逸している、戦闘中のその上空。

 そこでしか活動を認められず、見ること以外も許されない。


BUuZZzzzZZZzzzzzブウゥゥウウウウゥゥゥウゥウゥン


 どれほど勝利に近くても。

 どれだけ同志が死のうとも。

 助力すらも禁じられ、ただその任を全うすべし。

 この後、それは追尾しなければならない。

 太陽が昇ったのと、反対の側。

 そちらに進む、あの綺羅綺羅したヤツ。

 あれを、何処までも追い続けるのだ。

 たとえ死が近づいて来ても、変わらずヤツを見続けるのだ。


 死屍累々の山を越え、己が責務を遂行せねば。


buUUuuUブゥウゥゥウゥウmbllLllllLLLllllLLleゥゥウウウゥゥゥウゥウゥウゥン


 追跡飛行を開始して、


 それは密かに、太陽を背にした。




——————————————————————————————————————




rumドン rumドン Rumblingドコドン rumbleドカドン rumbドン

rumドン rumドン Rumblingドコドン rumbleドカドン rumbドン

 

 地の底。

 暗闇の中。

 厳かな喧騒。

 騒めき、

 どよめき、

 地を這う彼らは、

 これからの楽しい催しを待ち侘びる。

 これよりの夥しい犠牲をくちしむ。

 

rumドコ rumドコ Rumblingドンドン rumbleドコドン rumbドン

rumドカ rumドカ Rumblingドカドン rumbleドンガラ rumbドン


 震えるのは何故。

 酩酊はどこから。

 怯え。

 竦み。

 すさみ。

 おこり

 “後戻りはもう出来ないpoint of no return”。

 千載一遇を前にして。

 あと一つでも踏み出せば、

 仲良く地獄へ真っ逆さま。


rumドコ rumドン Rumblingドコドコ rumbleドンコ rumbドン

rumドド rumドド Rumblingドドドド rumbleドゴゴン rumbゴン


 聞こえる聴こえる。

 鳴動が。

 骸なる者達の、

 脈動が。

 内緒内密の

 ヒソヒソ話が。


「奪還失敗」「目標を視認」「第四段階」「保存状態は良好」「時間が必要」「排除」「汚染が深刻」「噴火装置」「掌握率は」「中純度生体の一つを喪失」「侵入され」「実験結果」「秘匿領域」「乗っ取り利用する」「極めて高濃度」「軌道を修正」「協定によれば」「検証は終わらず」「予測平均気温」「条件の変更を」「絶望的」「本計画は篭絡が前提であり」「撃墜」「あの力の構造」「出力最大の場合」「投入が決定」「進捗は遅々として」「発見」「数万分の一」「検体を追加」「現地工作は次の段階へ」「連絡が途絶え」「制御不能」「前例の無い規格」「概算結果」「高い再現率」「器との相互作用」「地形の修正」「予定通り」「減衰が発生」「再放出まで推定20日」「遺伝情報」「腫瘍」「37時間前」「回収を推奨」「横入りに気付かれ」「解析完了」「机上の空論」「一瞬だけ」「あの天使型は」



「どうしたんだい、みんな?」



 一斉に、

 正された。


 ボウと輪郭を結ぶ甲冑。

 その全身を巡る紫光しこう

 流線鋭角強固な鎧は、

 柔肌の一片も露出せず。

 手足に鉤爪、背中に突起。

 頭に浮かぶは巨大な単眼。


「折角の目出度い日、滅多に無い朗報じゃないか」


 種々雑多な誰かが混ざり、釜の内から響くような声。

 侍らせたるは、妖しき四対よんついまなこ達。

 そこを中心に、円周を描く異形共。


 そのかいが現れた途端、

 浮足立った死者の群れが、

 落ち着きを取り戻し、

 正常に動き出す。


「もっと、嬉しそうに祝おうよ?」


 その場の王とは、何者か。

 言葉より雄弁に語る光景。


「喜ばしく笑おうよ?」


 一段高いお立ち台におわし、

 その背を巨大な竜に預け、


「世界の数多の生き物の中でも」


 その声は心底、弾んでいた。

 その調子は底抜けに、快活だった。


「それを知れるのは、僕らだけだ」


 そう、彼らは、幸せなのだ。


 何故かと問えば、答えは一つ。


「僕らは見つけた——」


——生きる意味を。



rumドン rumドン Rumblingドコドン rumbleドカドン rumbドン

rumドン rumドン Rumblingドコドン rumbleドカドン rumbドン


 活気が加わった木霊の中で、


「“悪魔”の出番だ。楽しくなるなあ」


 曇りなく、噓偽りなく、


 彼はその生を祝福する。


 終わり無き旅路が、


 悠久の楽園が、


 彼のその手で


 まれるからこそ。




     (Chapter1「敗者復活」 Results:群等級358体

                    士等級52体

                    雄等級1体撃破                       

                    酉雅翔権能ボカティオ覚醒

                    マリア・シュニエラ・アステリオス合流

                    少女ユーリ

                    その他村民6名

                    リアスマ隊員17名死亡

                    ウガリトゥ村存続決定)


                   (Next Chapter→「王都へ生還せよ!」)

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