1-14.甘ったれ part2
「貴方!そこの貴方です!」
テーブルを叩くように立って、正面切って集団と向き合う!
「もう一度!わたくしの目を見て!おっしゃってごらんなさい!」
「あ、え、えっと…『あんたは金持ちだから——』」
「それは貴方の一つ前の方の発言ですわ!わたくしは!あーなーたーの!お言葉を伺っておりますのよ!?」
「え、そのお…」
人差し指を突き刺すように、ずいずいと詰め寄る彼女の剣幕に、形勢は簡単に逆転した。問い詰められた村民は返答に窮し、深く煌々とした瞳に魅入られたように、モジモジと小さく萎縮してしまった。
「御自分の発言に責任を持てないなら、最初からお黙りになっていらっしゃればよろしいですのに!思い出せないのなら結構!わたくしは覚えておりましてよ!『この村で出来ることなんか無い』、貴方はこうおっしゃったのですわ!違いまして!?」
「それは、その、そ、そうだあ!なんも違わんだろ!?」
それでも引っ込みがつかなくなったのか、差し出された端緒を掴み、彼女の舞台へ登ってしまった。
彼女の論陣に、引っ張り込まれた。
「貴方は、この村で生まれた以上、何も出来ないと?」
「そうだあ!この村にゃ、なあんもねえんだ!」
「ここに住む住民は、誰であれ、何者であれ、力を合わせても、周辺都市にも王都にも、外側に何の影響力も持たない、そうおっしゃりたいのですわね?」
「んだ!ここじゃあ、お役人様や兵隊さんの、お情けに縋るくらいしかねえんだよ!」
何故だ。
何故彼らの意見は、こんなにも不愉快なのか。
地理的な価値を失い、人は減り、財力を貯えらえれず、結果軍事力など望むべくもない。
その意見は、妥当に思える。
翔だって知っている。
生まれた時から、持てる者と持たざる者は、厳然として別たれている。
紛争に巻き込まれた犠牲者達も、
親に虐待されて死ぬ子供も、
病魔に連れていかれる赤子も、
子宮の中で一生を終える胎児も、
卵子と添い遂げられなかった幾億もの精子も、
皆、間違っていたわけではない。
罪業を背負っていた筈もない。
何が悪かったのかと言えば、
ただ運が悪かった、それだけである。
翔がここに居るのだって、全て単なる偶然なのだ。
人は、
生命は、
形あるものは、
この世界の気紛れに、
ある日振るい落とされないよう、
祈る事しか出来ないのだ。
だから、彼らの言い分は正しい。
産まれからしてツイてなかった。
それで、全て決まることもあるのだ。
そう、分っているのに——
「わたくし、パンガイア統一君主国の次期“権王”、現王太子殿下の婚約者ですわ。つまり、未来の王妃ですの。この点については、ご理解頂けて?」
——は?
この状況で、身分
——空気が読めないにも程があんだろ…
翔が度肝を抜かれていても、彼女は構わず話を続ける。
「あなた方はあまり分かっていないようですが!わたくし、本来こんな辺鄙な村に、馳せ参じるような立場では御座いませんの!まさに、雲の上の存在!」
分からない。
彼女は喧嘩を売っているのか?
更なる挑発にはどういう意味が?
「そんなわたくしが、どうしてこんな美感の欠片も無い場所に参ったのか、お分かりですの?疑問にすらお思いでないと?」
それは、彼女が嫌われているから。
翔はそう考えていた。
「実は、とある興味深い噂が、沢山耳に入って来たからですのよ?」
「興味深い…噂…?」
彼女が言うには、この村から
「だと申しますのに」マリアは続ける。
「この村、新しい情報が無さ過ぎますわ!見つかる記述はどれもこれも、輸送路として使われていた頃の話!わたくしが生まれる前まで遡る、繁栄を享受していた過去の遺物!黴臭いったらありませんの!」
そこで彼女は、調査方法を変えたのだと言う。
コネクションを総動員して、実際にそこに立ち寄った人間を探し回ったそうだ。
「偶然あの村に立ち寄った方は幾名かいらっしゃいましたわ!その方々にお越し頂き、伺ったんですの!この村の印象や地形等について」
「そうしたらまあ、出て来る出て来る!」、そう言いながら彼女は、自分の言葉で更に怒りを募らせたようだった。
「無愛想・排他的・不便・娯楽欠乏・活気無し…等々、不満点ばかり湧水のように!村についての良い評判など、一つも御座いませんでしたわ!」
村民達は反論も逆ギレも出来ないのか、ただ諦めたような顔をしていた。
「しかし、誰も彼もが、とある一点について、口を揃えて褒め称えておりましたの」
「ある一点」。
その言葉で、希望を見たのか顔を上げる村民達。
そんな彼らに語られたのは——
「美しく、賢明で、何より才気溢れる少女が居た、と」
——それは
「生まれた地を愛し、それを守る為の方法を考え、積極的に外部と交流し、数少ない来客の心を確実に掴み、自らを鍛え上げ、夢を叶える為に妥協の無い、そんな方がいらっしゃったと」
その少女は、まず懐に入り込み、ある程度打ち解けて来たところで、数多くの質問をしていたらしい。
数え切れない程に、学んでいたらしい。
どうしたら人を呼び寄せられるのか。
外の流行はどうなっているか。
この村の何を独自の強みに出来るか。
招致出来る人材は居ないか。
まず何を整備するべきか。
誰に取り入れば影響力を引き出せるか。
また、この村に来てくれるか。
「それは」
その少女は、
誰の事か、
少なくとも、翔は知っている。
そんな奴は、
此処にはたった一人しかいなかった。
「あなた方が、『単なる新しい物好き』『不相応な夢を見る少女』、そうおっしゃって冷遇していた、ユーリという少女のことですわ」
「彼女に興味を持ったからこそ、わたくし直々に罷り越すことに致しましたのよ?」、そう言うマリアに対して、皆唖然として、今度こそ何の言葉も出ないようだった。
思考が纏まっていたのかも怪しい。
「だ、だって…」
1分程度の混乱の後、ようやく口が動いたようだ。
「あいつは、いつもこの村んこと馬鹿にしくさって」
「『いつか出て行ってやる』、なんてこと言って」
「自分が特別だって勘違いして」
「夢みてえなことばっか叫んで」
「出来ない事は無いってガキみてえなこと」
「現実が見えてねえんだよ」
「ただ癇に障るだけだっただ」
「踊るんだけが上手かったぁ」
「そうだ、『今』が見えてねえから、『明日』ばかり見とるから、加減も分からず無茶苦茶なことして、死んじまったんだ」
「お似合いの死に方だ」
漸く分かった。
翔が、彼らを受け入れられない理由。
彼らの言葉は、行動は、全てがユーリを否定している。
彼女の努力を、追求を、飛躍を、成功を。
彼らは、無かった事にしているのだ。
「お、お前らは——」
「あなた方は!まだそのような、見苦しい言い訳ばかり積み上げますの!?」
バチリ。
と青白い電光が弾ける。
やはり彼女の怒りが勝る。
「彼女は!やり遂げて、知らしめましたわ!あなた方の『出来なかった』は、そのほとんどが『やらなかった』だけであると!何の工夫も、挑戦も、働きも、全て行わず!ただ『誰も構ってくれない』と不満だけは垂れる!先程『豚』と申し上げましたけれど、物を言わない分、豚の方がまだ上等ですわ!挙句の果てには、新たな試みに踏み出す次世代を、村ぐるみで手折ろうとして!そんなに緩やかな壊死がお望みですの!?」
バチバチバチ
ジュッ
バチン。
激したマリアは、加熱すればする程、鮮やかに閃く。
あまりに強い炎を宿すが故、発する光は却って冷たく、そんな青い星そのものだった。
彼女が怒るのは、手に入る寸前の宝物を、箱ごと粉々に壊された為。
犠牲者を哀れに思うような、義憤の為ではありはしない。
なのに、こんなにも美しく響く。
ユーリは、この村を大切に思っていた。
だからこそ、今のままではいけないと気付けた。
遠からず、滅びる時が来ると。
それを回避する方策は、この閉じた場所ではなく、外にあると。
彼女は言っていた。
「笑って帰って来たい」と。
ウガリトゥ村はユーリにとって、無二の故郷であったのだ。
「財力が無い、あなた方はそうおっしゃいましたわね?」
「あ、その——」
「では、具体的に、何が足りないのでしょう?」
「な、何って——」
「財力を増やす為に何を計画していらっしゃいますの?その為に、どれだけの資金・資源が必要ですの?それで増やした財を、どのように利用なさるおつもりで?」
「え、えっと?——」
「例えば設備投資が宜しいですわね。現在使用されている輸送路にあるのは、駅舎のみで常駐の住民・職員はいらっしゃいませんの。ならばこの村は、豪華な宿を構える、接客応対の質を向上するなどして、安心して
「それは、そうかもしれんが——」
「この村を訪れた方を丁重にお持て成しすれば、そこから様々な関係を築けますわ。今まで絶たれていた交流を再開させるのにも役立ちますわね。実際ユーリがそれを小規模に行い、このわたくしまで繋がったのですから。浮いたお金を、この一帯を治める領主の方に贈る、付け届けにでも利用すれば、いざという時に積極的に派兵してくださるかもしれませんわ。それか、御自分で兵を雇って、志願者を募り訓練させ、常備軍を組織するのも手段の一つですわね。そう言えば、有事の際の警報くらいは、ご用意なさることをお勧め致しますわ。気付いた者が叫ぶだけでは、知れ渡るまでに余計な一手間が入りますわよ?そう、此度のように」
「いやでも——」
「ああ、しかし、駄目ですわね。此処に住む方々ときたら、この国の最高階層の来訪をご存知であっても、歓迎の準備どころか寝床の確保すら満足に行えないわけですから。なんでしたら平に均して、
だからか、と翔は妙に納得してしまった。
だから彼女はこの村に来た当初から、
折角ユーリが手繰り寄せた縁を、他の村民が台無しにする。その構図が目に見えてしまったから。
「し、食糧に余裕が——」
「あーらそうでしたの?それは失礼いたしましたわ。それで、税の減免の嘆願などはどのように?それこそ鼻薬を利かせるのが手っ取り早くてよろしくってよ?そもそもどういった周期で収穫していらっしゃいますの?ここの土壌はどのような作物が良く育つんですの?勿論色々試していらっしゃいますわよね?おっと失礼、流石に
危機感。
切迫感。
先見性。
当事者意識。
その全てが欠けていた。
どれも他人事、万事が対岸の火事。
誰かがどうにかしてくれる。
いつも通りに生きてさえいれば、これからも変わらず暮らしていける。
そんな怠慢が、腐食を広げる。
「まさか。ま!さ!か!
——それを当然だと、考えてはいらっしゃいませんわよね?
うんともいやとも、聞こえてはこない。
論理的な敗北を認めるも、嘘を吐き通し知らぬ顔をするも、どちらも選べぬ哀しき者達。
けれど翔はその糾弾を、止めてやる気にはならなかった。
「兵は命を懸けることが仕事ですわ。しかしそれは、同じく命を預け合う戦友が為に!彼らの為に食事を、武具を、寝床を作り、生活の中から軍を、国を維持する糧を捻出し、傷ついた者共が帰る場所を守る。それこそが民草!
わたくし達は生きている以上、常に何かと戦っておりますわ!
時は山中の
静止した怠け者は、時代のうねりへと呑み込まれ、過去へと遠ざかるだけですわ!
守る守られるの関係は、変化や影響の波及とは、一方的では御座いませんのよ!
大の大人が——」
——甘えないでくださいまし!
その一喝が、止めだった。
言葉の鋭角が削り取られ、敵意の矛が取り下げられる。
ただ彼らに出来ることは、自らの過ちを全て認め、地べたに這いつくばってでも、助けを請うことだけである。
それ以外の可能性は、全て自ら閉ざしてしまった。
「お、お願えです…。教えてくだせえ…どうすれば、オラ達はどうすればええんです…?」
「わたくしの、知ったことではありませんわ」
チャンスはあったが、活かさなかった。
今更尻尾を振ったところで、遅いとばかりに一蹴される。
「この村のことなのですから、そこに住むあなた方で決めるべきことですわね」
「そ、そんな…」
「オレらが、バケモンに喰われても良いってのかあ!?」
「林檎を保存します時には、周囲に毒を撒き散らす、腐った果実は捨てるもの、そう聞きますわ。戦力なんて残さず、全て引き上げようかしら?あなた方なら、あまり惜しくはありませんもの」
今のやり取りで、彼らはむしろ窮地に立った。
力添えを引き出すつもりが、なけなしの価値を貶めただけ。
「これからも日々
泣いて
「わたくし、この村がつくづく厭になりましたわ」
それでもマリアは、追い討ちに余念がない。
ウガリトゥ村に失望したことを、徹底的に分からせる。
「この村に
これ以上何と言われようと、彼らの心は動かない。
既に死んでいるならば、動きようが無いのだから。
「だから、これは捨てていきますわ!」
そう言って彼女は、
さっきまでテーブルで読んでいた、
紐で
レジイ目掛けて投げつけた。
「こ、これは…?」
村長である彼も知らない物のようで、不思議そうに拾い上げる。
「とある行商がこの場所に立ち寄った際、野望に燃える少女に感銘を受け、格安で
「な!?」
植物繊維から製紙できる時代ならともかく、動物の皮から作る紙など、どう考えても貴重品だ。それを、大負けに負けたと言うのか。相手に取り入るユーリの手管に、翔はまたしても驚かされた。
驚愕したのは彼だけではない。その価値を肌で知る村民達の方が、より度合いは大きかった。
彼らからすれば、「紙」を目にすること自体が稀。そのまま転売しても、それなりの儲けになった筈である。
そこに、インクで書かれていたのは。
「こ、これは——」
「ウガリトゥ村再興案?」
「す、すごい。オレらで出来得る新規開拓、産業、整備計画まで…」
「見ろぉ!既に必要な伝手まで確保しとる!」
「『外の世界で大冒険をして、手柄を立てて、ウチの顔を売って、それで村の知名度を上げる』…こんなん、考えとったのか…?」
「今」と一番戦っていたのは、他の誰でもない、
あの、一所懸命な少女だった。
産まれも時代も環境も、ある日降りかかる火の粉でさえも。
不運の結果のマイナスとして捨てるのではない。
出会えたことに意味があるとして、一つも取りこぼさない生き方。
その気高さは、今もこうして生きている。
「わたくし、このパンガイアに存在する価値ある物は、なんであれ掌中になければ気が済みませんの!」
彼らはそのマリアの声に、一斉に顔を上げる。
まるで暗い雨雲の下、切れ間でも見つけたかのように。
「わたくしが欲しくなるような価値を提供するなら!またここに拾いに来るため、留め置いても宜しいかもしれませんわね!」
そうして彼女は、もう言いたいことは言ったようで、スカートを摘まんで一礼した後、
「もうここでは落ち着けませんわね。ジィ、場所を変えますわよ!」
などと勝手に立ち去ろうとする。
ジィはテーブルを分解し、それを抱えて後に続く。
その進路を塞いでいた者は、ほとんど逃げ腰といった風に、左右に分かれて道を作る。
途上でマリアは、困り顔の隊長とすれ違い、
「ウィック・ドリュード」
「は、はっ!」
彼にも講釈をくれてやる。
「あなた方は、民を守る盾、違いまして?」
「いえ、全くその通りであります」
「では、盾の役割とは、なんと心得ますの?」
「迫り来る害あるもの全てを、代わりに受けることであります!」
「では、背後に守るべき民と馴れ合いまして、果たしてその役目が万全に務まるんですの?敵前に出ず隣に居ながらにして、確実に守れる程器用だと、そうおっしゃいますの?」
「そ、それは——」
「盾を自称するならば、傍らに寄り添って言葉を交わすより、前に立って背中で語るべきでしょう?」
「………仰る通りでございます……」
「“兵は民によって律せられ、民は兵によって教わる”。己が使命を、
「肝に…銘じます」
「よろしくてよ」
それだけ言って満足したのか、今度こそ何処ぞへと去って行った。
翔は途中から、自分がどう思っているのかすら分からなくなっていた。
彗星の尾のように遠ざかる背中に、何か、何を言えばいいのかさっぱり整理できないが、それでも何か言おうとして、
「あ…」
その声が湿って震えていることに驚く。
そうして、初めて気付く。
いつの間にか、昨晩枯れたと思っていたものが、頬を伝って流れ出ていた。
何が、閾値を超えたのか。
何を思った?
何故。
悲しいのか。
悔しいのか。
自分が殺した彼女の、
その重みに耐え兼ねたのか。
——いいや、違う。
翔は、なんとなく直感していた。
彼は今、
嬉しかったのだ。
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