1-13.デブリーフィング

 建国歴998年、トーカレ三の月、3日未明。

 王都ミクダヴドより東方、小規模集落ウガリトゥ村、その集会所。


 外はまだ暗いものの、直に夜明けが来る。

 それを待ちながら、角灯を頼りに会話する者達。

 アステリオス公爵家令嬢マリア・シュニエラ・アステリオス及びその召使い達、計3名。

 リアスマ隊隊長ウィック・ドリュード及び各科長、計5名。

 ウガリトゥ村村長レジィ及び中心人物達、計7名。

 以上15名。

 

「おしらせくださいまし」

 口火を切ったのは、この場で最も高貴な彼女。

「リアスマ隊死者17名。重軽傷者34名。つまり全ての隊員が何らかの被害に遭った形です」

「クリスタンが衛生科と共に治療に奔走しておりますが、淵源オドを使い切っては気絶の繰り返しですからなあ…。未だに持ち直したとは言い難い状態ですぞ」

「村民の被害は?」

「怪我を負った者が15名。初動での遭遇によるもので、それ自体は少ないのですが…」

「その際に殺された者が6名。それ以外に1名、北の農耕地帯での死亡が確認されています」

「逃げ遅れたのか?」

「目撃者の証言によると、骸獣コープスの北からの侵入を見抜き、おのずから向かったようだけど…」

「恐らく例の青年、カケル・ユーガも同行したものと思われます。穴が開いた異常な死体が散乱しており、その状態は、我々の目の前で彼が殺して見せたものと、一致しているように見えました。ほぼ間違いないかと」

「あの青年は——」

「そのお話は後に致しましょう。それよりも。その戦ったという村民、名前は?」

「ユーリと言うらしい。まだ、若い女の子だったよ」

 

「そうですの…それは…」

「他の者達は村の中心の広場に集合していたようです。不幸中の幸いとして、そちらでは被害は特に出ませんでした」

「……住民達への避難指示、大儀でしたわ、エスト」

「い、ぃぇ…」

「建築物も、畑と蔵の一部がやられたくらいだね。ああ、僕達が燃やした南門もあったっけ?」

「総兵力の三分の一近くを失い、それと引き換えに我々は…勝った、のでしょうか?」

「何故第二波が来ないのか、不気味でならねえ。雨は上がり、夜がもうじきに明ける。俺達の時間が来るってえのに、あのデカブツが死んでから、一切の動きがねえと来たもんだ」

「静か過ぎる」

「また何かを待っているのか、想定以上に痛手だったのか」

「まあ、不測の事態であったことは、確かでしょうなあ」

「その『想定』が問題です。今回のこの一連の出来事は、一体どこから練られていたんです?」

「完全正答は奴らに直接聞くしかねえとして。少なくとも、あれだけの数を生存圏タピオラ内に運び込む手段が準備されてたんだ。その事実だけで由々しき事態だぜ?」

「等級は、群・士等級が合わせて400以上に、獣等級が一体…いいえ、あれは雄等級と認定していいでしょうな」

「マリア様、貴女の仮説では、地下水脈を通って来たという事でありますが…」

「そのことで、共有すべき情報がございますわ。エスト!」

「は、はい、マリー様!この度村にし、襲撃してきた骸獣コープスの遺骸を何体か、解剖しゅて、してみましたです!」

「何か分かったのか!?」

「え、えぇと、殆どの個体が、お魚さんが持つような、えららしき器官をにゅう、有してますです」

「へぇ…それはそれは…」

「蛙らしき連中だけではなく?」

「も、土竜型でも、殆どが…その…」

「ピシオン運河攻略の為、とは考えられませんか?」

「無論、それもあるだろうがな。奴らの元の特性である穴掘りに加えて、水泳まで出来るとくれば、確かに前線イェリコを超えることは可能、か」

「一大事だぜ。防衛計画を一から見直す必要が出て来るかもしれねえってことだ」

「あのデカいのは?首元にそんなの無かったように見えたんだけど」

「あ、あれには、そのような身体構造がある、ありませんでしたっ。ごめんなさいです!ただ、指の隙間に水搔きが備わってまして、泳ぐことは、その、出来たのかと…」

「息を長い間止めながら潜水する種、聞いたことがありますなあ」

「土の下で呼吸の苦しさに喘ぎながら掘り進む土竜どもなら、やりかねないことではあるか…」

「そ、それと、後ろ脚の付け根に棘?爪?のようなものがあったです…」

「それだ!付与科の拳士が喰らっていた毒針!足蹴にされただけで、どうしてああなったのか不思議だったんだけど、そんなところに…」

「毒は、口腔内の触手みたいなあれと、同じものが?」

「そ、そのぉ…それがぁ…」

「なんだぁ、はっきり言え!」

「ひぅっ!えっと——」

「エスティアの言によると、どうも別々の毒だったようでして」

「別?」

「何故か、弱いのです。あ、えっと、後ろ脚の方が、です」

「確かに蹴られた彼は、痛みを訴えていたものの、死にはしなかった」

「宙で迎撃された方は、ほとんど即死だったというのに、おかしな話ですね…」

「強い毒で殺して見せた後、痛みだけのハッタリで脅して、弱い毒でも戦意を奪える…いや、まどろっこし過ぎる。どちらも同じように強い毒にすればいいだけだ」

「治療用に人員を割かせる為と言うのは?」

「それならもっと早く投入しなければ。実際余裕が無さ過ぎて、件の兵士は見捨てられていました」

「不可解」

「不可解と言えばもう一つありますぞ。事が発覚した、その第一報。今思うと奴らは何故、姿を現したのか」

「何故って、襲撃の下準備に…いや、そうか」

「奴らは、村の様子を探るにしても、見えるところまで行く意味が無いのか」

「エスト?」

「よ、予想通り目は小さく、中には埋まっていりゅ、いるものまでいたので…やっぱり主となる感覚は、匂いか、感触か、音か、だと思いますです。ハィ…」

「それなのに、見通しが確保できる場所で、わざわざその顔を出していた…」

「見ることなんて出来ねえってのに」

「それどころか、村民の一人を襲っています。そのせいで、『新種の土竜』から骸獣コープスへと格上げされてしまったくらいです」

「その結果、生存圏タピオラ内に浸透した勢力の存在が、我々の知る所となり——」

「この調査隊が派遣された。…つまり、狙いは僕達を誘き出す事?」

「それが本当だとしたら、構成がこうなることを予見していたことになるが」

「誰であっても、ここに戦力が派遣されることが目的?」

「益々分からねえ!王都にも気づかせず秘密裏に根伐ねきりした方が、奴らにとって効率的で、遥かに楽だぜ!?」

「この地が孤立気味なことも分かっているのなら、知られずに滅ぼす事も可能だと分かるだろう。尚更目立たぬ方が得策」

「不行き届き、ってことはどこまで考えられますかね?」

「我々がある程度余力を切り崩すのを待ってからの、本命投入。これにより此方こちらは、あの雄等級を初手で全力で叩く、という手段を封じられ、決定力不足に陥りました。それほど卓越した用兵を見せた彼奴きゃつらが、無意味且つ初歩的な過ちを犯すというのは……」

「希望的観測が過ぎるだろうね」

「『意味がある』ってなワケかあ?」

「王都から戦力を引き剝がす為、ってのはどう?」

「否定。逆に小規模過ぎる」

「まあ、私ならもっと派手にやるわな。高々50兵程度動かしたところで、大局に影響はあるまい」

「重い立場にある者、今回の場合はマリア様に当たりますが、それを引っ張り出すことが目的でしょうか?」

「その割には、戦闘中ほとんど興味なさげに見えたが」

「人質を取るつもりだった、というのは考えられますが…、しかしあの巨大骸獣コープスがお嬢様と対峙した際、あの時奴は殺気を一切緩めませんでしたぞ?」

「……あー、あまり深読みし過ぎるのも良くないんじゃねえかな?」

「賛同。全てが偶然の噛み合いということもあり得る」

「今は考えても仕方ない、か…」

「で、あるならば、わたくし達のこれからの行動方針を決めますわよ!」

「とにかく、出来るだけ早く前線及び王都に、この情報を持って行く必要がある」

「で、ありますなあ。王都ミクダヴド襲撃にせよ、前線イェリコの背面を突かれるにせよ、我々にとってはうまくない事態となりますぞ」

「今夜中に再度の侵攻が無かったなら、奴らはここの陥落を諦め、情報が届くより先に要所を襲撃することにしたと、その可能性が濃厚となります」

「可及的速やかに、迎え撃つ態勢を整える必要がある」

「ヨォシ!じゃあ夜が明けると同時に——」

「愚か者!出発は明日の朝ですわ!わたくし達が王都で、あなた方が前線イェリコですわ!」

「はぁ!?なんでだ…ですか!?話聞いてやがりましたかぁ!?」

「マリア・シュニエラ・アステリオス様に賛成」

「お前まで!」

「まあ聞け。今我々の中で即応可能な隊員は、本来の半分程だ。そしてその全てを派遣するわけにはいかん。この村に留まり守る役も必要だからだ」

「それはまあ、はい…」

「で、そうなると前線イェリコに行ける兵は、僅か10名にも満たないってことになる。その途上で襲われれば、まあ一溜まりもないよね?」

「少なくとも、即時突破が困難になるわけだ。時間を稼がれる」

「…戦闘要員を復帰させ、鈍重な機城科全てと、衛生科の一部をこの村に配備。残りが全速力で向かう、そう言いてえんですね?分かりました。だけど、こいつら…この方々が王都でいいんですか!?」

「最前線で戦う兵士達と、王宮の貴族連中。どちらを説得したい?」

「ま、そもそも政治的判断の為のご同行だったわけだしね」

「わたくしのお役目からして、これ以外ありませんことよ!お分かり頂けたかしら!?」

「あーあー!分かりました!」

「よろしくてよ!」

「本日は衛生科、及びクリスタン女史の手での、隊員の治療を最優先とする。その後夜にしっかりと休息を取り、夜明けと共に出発だ。我々は前線、マリア様方は王都」

「妥当な差配かと」

「なら後は——」

の青年、カケル・ユーガの処遇について」

「決まっておりましてよ!わたくしが持ち帰り、召使隊に編入致しますわ!また面白い玩具が見つかりましたわね!」

「こればかりは待って頂きたい!あれは全くの正体不明!身元がはっきりするまでは、憲兵の下に預けるべきではないでしょうか!」

「同感だな。あんなの野放しにしとけねえぜ」

「あら?つまり?わたくしからあれなる武器を収奪すると?本気でそのような、不届き極まりないお考えが、許されるとそうお思いですの?随分と出世なさいましたのね?」

「真偽不明の記憶喪失に、突然使えるようになったてい権能ボカティオ。それにその力は、明らかに殺す為に特化したものですよ!?」

「それで思い出したのですけれど、エスト、あの男の攻撃について、何か分かったことはございまして?」

「あ、あれは…傷口の状態や匂いからさっすす、察するに、高熱の、金属?だと思うですが、それに似た何かを、高速で射出している、みたいです…。原理的には、付与科の方が使う術と近い、と思うです」

「付与科の?」

「密閉したところで、燃やして、温度を一気にグーンと上げて…で、その、バーンって…」

「あの抜剣術のことか。成程?」

「撃ち出した金属の方も、権能ボカティオで作ってるのかな?」

「何処にも残骸がみちゅ、見つからなかったので、恐らく…ハイ…」

「だが、あんなに真っ直ぐ飛ぶものか?件の剣士も、制御に苦労していたと記憶しているが…」

「それは、えっと…き、傷口…と言うより傷穴が、深くなっていく程に、狭くなってましたです…」

「……つまり?」

「きりもみゃ…錐揉きりもみや螺子ねじのように、螺旋状に回りながら、動いていた…のかも…?回転すると、全方位から、こう…外側に引っ張られるような力が働いて、軸の方向には安定する、です…」

「前脚表面の削られ方とも、矛盾しない推測ですな」

「ええ…??どうやったらそんな軌道を?」

「分かりましたか!?得体が知れなさ過ぎるのです!味方である保証がどこにありますか!?」

「なあ思ったんだが、あいつを俺達の仲間と思わせる為の襲撃、ってことはないか?」

「なんと!珍しく鋭いね!」

「めずらっ!?」

「情報不足。されど筋は通る」

「その可能性は確かにございますなあ。我々の派遣と同時に彼がふらりと現れ、危機的場面で颯爽と駆け付ける。筋書きとしては、出来過ぎなくらいですな」

「彼を王都に伴って帰還して貰えば、すんなり大本営に入り込めるって寸法だね。うん、なんだかあり得る気がして来たよ」

「やはり研究機関で腹ぁ割いてみるか、少なくも監視は必須じゃねえか?」

「必要ありませんことよ!」

「な!?何故!?」

「あれは、心の底から骸獣コープスを憎んでいた、それだけは確かだからですわ!長い間閉じ込めて取り調べたり、調査の過程で『うっかり』手に掛けてしまったり致しますの?それであれがお味方でしたら?あの力が失われるんですのよ?大いなる損失ですわ!看過し難い蛮行ですわ!」

「そうは言っても、貴女の勘を根拠に博打をするわけにも——」

「それに皆様も、あの光をご覧になったでしょう?」

「…肯定」

「あれは確かに、王都ミクダヴドの世界樹から賜る、“出生の光バプティズマ”に他なりませんなあ」

「それがまた、問題だ。あの男が、権能ボカティオをあの瞬間に授かったのだとすると——」

「何らかの理由で権能ボカティオを失っていた。或いは、元々保有していなかった。その話が一気に信憑性を帯びてきます」

「そ、そんなことがありえんのか?」

「分からない。それ以外には申し上げかねます…」

「彼は、偉大なるオウリエラから、力を持つ者として選ばれた。今はそれが、証という事でもよろしいのではないでしょうか?わたくしめはそう愚考いたしますぞ」

「まあ、どんな能力に目覚めるか分からない奴を、内通者として送り込むような真似は、避けるだろうことは確かだね。ちょっと冗談っぽい位に怪し過ぎるし」

「と!いうわけですので!わたくしが持ち帰って、蒐集物の目録に加えて差し上げますことよ!これは決定事項ですわ!」

「チェッ…お偉方はこれだから…」

「やめろ。…分かりました、マリア様。そのご要望をお受けします」

「初めからそうおっしゃれば良いのですわ!時間の無駄でしてよ!」

「ですが!ですが、です。王都には後々、必ず今回の顛末を報告する要員を送らせて頂きます。勿論、カケル・ユーガが何をやったのかも詳らかに!それに対して、国が如何なる決定を下しましても、従って頂こう!」

「心配御無用!国の決定は、わたくしの決定でもありますわ!わたくしの国ですもの!」

「その思い上がりで何処まで行けるか、見物みものではあるね」

「何かおっしゃいまして?」

「失礼、独り言ゆえ気にしないで下さい」

「監視も付くことになるでしょう!それをお忘れなきよう!」

「望むところですわ!わたくしへの注目が、より高まるわけですわね!オーホッホッホ…!」

「つ、疲れて来た…確かに休みは必要だなこりゃ…」

「お、お待ちくだせえ!おら達には村を守るだけの力がまるでございませんですだ!どうかこの村にぃ、も少し多めに兵隊をば——」

「村長殿、大変お心苦しいですがそれはなりません。アルセズ全体の命運に関わる事態です。少しばかりの不安は、押し殺して頂かなければ」

「し、しかし——」


「お、見ろよ!」


「おお、オウリエラ!」


「奴らの時間の終わりですね」


「ようやく、か…」


「それでは皆様方!ご準備の方は、抜かりなくお願い致しますわ!」


「……はい、かしこまりました…。ふぅ…よし!急げ!やるべき事を早めに済ませて、今夜はぐっすり眠るぞ!」


「わたくしめはエスティアと共に、傷病兵達と、クリスタンの様子を見て参ります」


「お、お料理とかで皆さんを元気づけて来るです!」


 集会所の床を染めていく朝日。


 三々五々散っていく戦士達。


 取り残されるウガリトゥ村の民。


 朝が来た。


 終わりと始まり、


 その朝が。


 次なる戦が、


 すぐそこにまで。

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