1-12.壊れる企み、始まる戦い part2
「お嬢!“死角”だ!なんとかしろ!」
「ジィ!常道の一ですわ!右側方!切り替えなさい!」
翔の意図は即座に汲まれた。執事がその動きを変化させる。
残弾数、7。
土竜までの距離、僅か30mほど。
最初の一発!
先刻の焼き直し。
通用せず、距離が詰まる!
「お前は下がってろよ!」
翔はマリアを追い出そうとするが、
「わたくしがあんな下郎如きに
矢張り彼女は全く聞かない。
「めんど臭えなあ!お前はよお!」
二発目!
残り五発!
20m!
左前脚の鱗が削れてくる。
だが致命打には程遠い。
それで止まるほど甘い敵ではない!
「リアスマ隊!」
「今度は何でありますか!?」
堪忍袋が炎上しつつも、兵士は職務を放棄しない。
「左翼に展開!塞ぎなさい!」
「そう上手く行きますかな!?」
流石の練度、納得の選良。
物分かりがあまりにも良い。
マリアの描いた絵図に即乗り。
三発目!
残りは四!
10m!
平時ならより速いのだろうが、水を吸った壌土と弾丸をいなす
「“
リアスマ隊が炎の壁を展開!
巨大土竜から見て右方向。
機城科によって現出したそれを、援放科が継ぎ足して補強!
左前脚を盾代わりにしていた巨獣が、右に滑るのはもう許されない!
翔の弾丸に対し、動きを限定される。
それはあまりよろしくない。
その炎壁を崩さんと、巨獣はリアスマ隊へと——
短刃が鼻面に飛来!それも壁の向こうから!
右前脚が防ぐ!敵の位置を即時捕捉!炎で匂いを紛らわしても、それの嘴は生命を感知する!
右を向いて探ってみれば、
居た。
小物担当だった執事が、ここでインターセプトを図ってきた。
先程マリアから下った命令。「常道の一」、それは符牒。
「常道」とは戦の常道。
乃ち「大将首を狙え」!
しかし彼の刃では殺せず傷つけず、単に気が散っただけ。
それが。
それこそが。
——
「でかした」
四発目。
5m先の、
横っ面、左頬に命中!
「当ったりぃぃぃ~!馬っ鹿が見る~♪」
会心の笑みを浮かべる影。
甚大なダメージ。
弾丸を避ける為のスペースの確保、それに夢中で散らされた、銃そのものへの警戒意識。
本と末が転倒し、その隙を射止める適時発砲。
右の壁と執事へ向いていた巨大土竜の、頭部器官の左側は失われている。
翔はそれが感知用であると、そう考えて駆け引きを仕掛けた。
最早感じられない左、それを彼の側に向けさせたのだ。
「死角」。
その派手な形状が災いし、マリアもそれを怪しんでいた。だから一言で戦術が通じた。
そこに追い込むのも容易であった。
奴の癖も利用した。
左で防御、右で攻撃。あからさまに過ぎる分担。
右へ右へと誘導するなど、翔から見れば朝飯前。
気持ち内角に、抉り込むように撃つ。対応するなら、右に跳ぶ。それを重ねて、壁と挟んだ。それを、無視できぬ障害物にした。
そうして、それは無防備になった。
翔が居るそちら側を、一瞬感じられなくなった。
結果、攻撃がまたしても不可視に。
避ける術、無し。
しかし巨大土竜はまだ粘る。
距離を詰めたことに変わりなし。
次の水撃に合わせて、
——……
合わせて、
——………?
援護が、来ない。
それは、
川に配置していた魚頭達が、全滅している。
遠距離攻撃が出来ると分かるや、翔が優先して撃ち殺し始めた為、ひとまず水中に退避させていた。
その全てが死体となって、答えを返してくれる者無し。
いつ?何が?
先程まで縦横無尽に駆け回っていた、最も自由だった存在を思い出す。
翔と巨獣が睨み合っていたその時、雑兵を
あの、老執事が。
悲鳴を上げる
誰の目にも留まらなかった。
ようやく
見えぬ破壊を及ぼす黒と、勢力の中枢と見て分かる
その二つが共に在るのは、全てを釣り上げる囮となる為。
さっきから、気にするべき対象を間違え続けている。
意図的に、誤るよう仕向けられている。
勝てない。
感覚のほとんどが奪われた。それは行動の幅の制限と、優位性の喪失を意味する。
仲間は狩られ、選択肢は刈られ。
ここから先はどう動こうと、敵の想定の域を超えない。
掌の上から脱せない。
つまりこの戦い、既に大勢は決した。
ならば、
「
それがするべきは
「
一つ。
「
咆哮が物も人も揺り動かす!爪が地に突き立てられ、搔き出す!アルセズ総員に対して、過ぎ去る土石の奔流!
「機城科ァァァァァァァ!!」
隊長が絶叫するまでもなく、盾列が並び立ち悪足搔きを受け止める!
そして土砂の幕が晴れて、そこで構える土竜を——
「!?テメェ!待て!」
見えたのは、
地面に頭から突っ込むその体勢は、その意思を雄弁に物語っている!
逃げの一手。
詰め切れない盤面を見て、これまでの成果も全て破棄。
思い切り良くリセットを掛ける!
賢明に過ぎる判断。
獣離れした冷徹さ。
頭に血が上っていたのは、アルセズの側だった。
それ故に彼らは逃してしまう。
あの土竜こそ奇襲の頭領。生きていること自体が仕事。
この後は姿を見せなくとも、次なる襲撃を匂わせ続ける。
この村を捨てるか。
備え続けるか。
どちらであろうと負担を強いる。
ここで逃げるだけで、戦略的勝利を掴める!
発砲!
残り二発。
だが、そこで全身が潜る。
翔も他のアルセズ達も、歯噛みする。
ここまで来て、
予想外の追い風を経て尚、
負けるのか。
「
マリアの命令にも、答える者はいない。
頭隠して尻まで籠る。
勝ちの為には体裁を見ない。
今は例え、狭く息苦しい即席の穴でも——
——「狭く息苦しい」…?
「燃ぉやぁせええええ!!」
翔の口から、
そんな怒声が響き渡った。
「なんでもいい!穴の中とその周囲!残り全て注ぎ込め!燃やせ!燃やして燃やして燃やし尽くせ!」
リアスマ隊は、燃焼という現象を研究してきた。
アルセズとそれ以外の命、それを別つ物は何か。何故、オウリエラは彼らに
そこに、叡智の種があると信じて。
そんな彼らは知っている。
生命の呼吸と、燃え上がる火。これらは、似た物であるのだと。
彼らの中では、生き物の体内には炎があり、それが生命力であるというのが定説。
その二つは同じ物を用いて、同じ物を吐き出すとされる。
密閉した空間内で、呼吸ができなくなるまでの時間が、
ある一定量の燃料があり、取り込んでいる存在が多くなれば、それだけ底を突くのも早くなる。
水が上から下へ流れるように、考えるまでも無く当然の道理。
もっと身近な話なら、猛り火の近くでは息苦しくなる。
それを知る彼らだったからこそ、
「火だ!火を点けろ!」
「燃やせ!辺り一面にばら撒け!」
「穴の中に火球を撃ちこんで!出来るだけ多く!倒れるまでやって!」
「おいそこの黒い奴!ちょっとこっちに来い!」
「壁はもういい!火であればいいんだ!ただ燃え続けていればいい!」
隊の全てが、同時に閃く。
放火に次ぐ放火を実行。
火勢、火柱、炎舞、延焼…
最早ペース配分などしない!
雨天の下での戦いであるのに、
八つ当たりじみたそれらの暴挙で、「火の海」が実地で再現される!
このままでは彼ら自身が危険。
だがその前に、
「
音を上げた者が居た!
巨獣が地を破り飛び出して来た!
それこそが
土竜を文字通り「炙り出す」、それこそが正解!
地中型の弱点、それは呼吸の困難さにある。
奴らが柔らかい土を好む理由。穴の中では空気は限られ、地上との循環が必須である為、隙間の多い土壌を選ぶから。
勿論
だが、今のこれはいけない。
その巨体が大量のエネルギーを消費させ、それが入る穴を掘るためにも、仕事量は更に多くなる。
更に翔は、酸素不足による不完全燃焼、一酸化炭素の発生を知っている。エネルギーが減るばかりか、有害物質が増量していく。
その上で、この灼熱。
土が大気をよく通すなら、熱を遮るものも無し。
潜ってなどいたら、蒸し焼きは必至。
息も出来ず炎熱に侵され、両面から甚振られた結果、そこから抜け出そうと藻掻くことなど、火を見るよりも明らかな末路。
当然、退路には殺気立つ待ち伏せ。
「こっちの彼岸に居るか知らないけど、石川五右衛門ってのを探してみるといいさ!ジャンヌ・ダルクでもいいかなあ!」
影が
六発目!
出現即発砲!
避ける間無し!
胴体部に命中!
新たに穴を追加!
周囲の火が全身の傷口に流れ込み、その身の内から焼き滅ぼさんと
「きっと、気が合うと思うよお?」
万策が、尽きた。
盤面は、詰んだ。
——————————————————————————————————————
「何故」、その疑問ばかりが募る。
それは、理不尽に打ち震えていた。
仕込みは完璧だった。
策は全て上手くいっていた。
終始優勢のまま終わる筈だった。
間違いなく、王に成果を献上できる。そう信じて疑わなかった。
そこに、鉄と鉛を振り撒きながら、対策困難な死が現れた。
矢も槍も剣も弾くその表皮を、なんてことなく射貫く仕掛け。
それで、全て破綻した。
たった一つで、全部が狂った。
戦場はそんなものだと知ってはいた。
だが腑に落とせるかは別の話だ。
そもそも今回の作戦は、その始まりからおかしかったのだ。
託宣を基に告げられた命令は、「致死性の低い毒へ換装せよ」。この時疑うべきだった。
「この任務に波乱あり」と。
——————————————————————————————————————
もうそれに出来ることは、立ち向かうことだけ。
「冥土の土産は貰っていく」と、そう死を覚悟したかのように、影に向かって突進を仕掛ける!この場で最も脅威に感じた、その存在に!
その前に、立ちはだかる者。
リアスマ隊隊長、ウィック・ドリュード。
彼の
然れども火力主義のリアスマ隊に所属し、その長にまで上り詰めている。
その一因として、普段常識的な彼が、火に関する事柄においてのみ発揮する、極端な思考・言動が挙げられるだろう。
その深淵を覗くためには、まず自らを捧げなければ。その信念の下に火に直に触れ、それに焼かれることも厭わない。
そしてその性根と能力とが、完璧な相性で並び立つ。
進むべき者よ。
叶うべき
ああ、そんなに欲しいのか。
ああ、そんなに飢えているのか。
小さく痩せ細り酷く凍えて、
切ないひもじさに蝕まれるか。
この
この
さあ、共に
さあ——
「我に勝利を授けん」
詠唱は、既にほぼ済ませていた。
発動したるは、
“
籠手が外れ、爛れた左手が露出する。
近くの焼炎に躊躇うことなく、それを突っ込み燃え移らせる。
その炎が烈気を増して、まるで拳が肥大化したよう。
何が起きているのか、それは分からない。
だが、巨獣はもう止まらない。
両前脚を交差し顔面を守りながら、進行方向の全てを蹴散らさんと、直進爆走満身の
対する受け手、ウィックが大きく振りかぶり——
その背中から、最後の鉛が貫通して来た。
それは、彼を通り過ぎた後、不自然に加速して、
防御の上から、それの頭部をぶち抜いた。
残弾数、零。
影が、ゆらりと融けるように消える。
カケルが気を失い、倒れ臥す。
炎の左手が、より強大に。
「
それを頭上に高々と掲げ、
「自身を捧げる事の!」
折れた爪で頭を押さえる巨獣へと、
「この尊さが!」
振り下ろした——。
ウィック・ドリュードの
その本質は、
己の肉を何かに喰わせ、それを強化する能力。そして、その力を「借りる」という形で、それを制御することもできる。
喰わせた量が多くなる程、その作用もまた大きくなっていく。
「誰かの為にその身を投げ出せる、そんな兵士になりなさい」
それが、生まれたばかりの彼に捧げられた、祈りだった。
結果、自らの一部を捨てることで、自分以外を昇華する力を手に入れたのだ。
彼は、それを炎への献身に利用した。
リアスマ隊が参加した数々の戦いで、様々なアルセズがその異様な光景を見ている。
曰く、「焼かれながら戦う者が居た」。
曰く、「文字通り火を纏っていた」。
また曰く、「誰よりも炎を体現していた」。
衛生科の治療師の中には、傷を完治させられる者も居た。しかし、その左手の治療だけは、決して許しはしなかった。
彼にとってそれは、炎と深く結ばれたという、その絆の証だった。
左手の火に意識を惹いて、
背後から影に銃撃させる。
土竜が地上に出て来るまでの、短い間で組まれた合意。
弾丸はウィックの肉を喰らって、威力を増して防護を砕く。
即座にクリスタンに治療され、供物を再び献上することが出来、更に火勢を強めさせた。
そしてそれを、穴が複数開いたその顔に、
今、
叩きつける!
「
その火炎から、何が守ってくれるというのか!
隙間という隙間から入り込み、血管を巡り、狭い頭蓋に閉じ込められ、
巨大土竜のその頭が、膨らみ歪み、体内から爆散!
パ ア ン。
弾け飛んだ!
血潮すら焼かれ、声帯ごと破れ散り、その不快な聲は、もうどこにも響かない。
動かす意思を失った巨大な胴体が、ピクピクと痙攣を繰り返した後、その膝をガクリと力無く折って、ズシリと前のめりに倒れ込んだ。
その
決着だった。
これにてようやく、
ひと段落。
一つの計略が失敗に終わり、
大いなる計画が始まった。
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