1-12.壊れる企み、始まる戦い part1
「
影が嬉々として、土竜達を破壊していた。
反対に、翔は静かなものだった。
赤く腫れた目元で睨み、崩れた形相を貼り付けた彼は、今や淡々と指を動かすのみ。
焦点がどこで合わさっているのか、それすら誰にも明らかではない。
その能面を知る者が見たら、「般若のよう」と表現したかもしれない。
撃つ。
撃つ。
撃ち続ける!
上部から弾き出される
足元に落ちると、
一回撃つと、一匹壊れる。
七回撃って束の間の平穏。
それで逃げ出した奴から順に、
再び七回
動けなく、なった。
狙われている
翔を信用していないリアスマ隊は、援護と不意討ちのどちらか決めかねる。
使用人二人はその不安定さを見て、近付くことは危険だと判断した。
そして、
マリア・シュニエラ・アステリオスは。
誰の目からも外れていた間に、
酉雅翔の、
横に居た。
「!?お嬢様!」
執事が飛び出すのを片手で制し、
「御機嫌よう、軟弱男」
混沌の中でも良く通る声で、涼しい顔で軽く挨拶。
彼はそちらに横目を寄越し、
「…ピカガキ…まだくたばってなかったのかよ…」
軽口にも恨み言にも聞こえる言葉を、静かにやる気なく投げ返す。
「相も変わらず、何をおっしゃっているのか、分かりかねますわね」
「てめえ見てるとチカチカして目が痛え、って言ってんだ」
「
この間にも、翔の殺戮は止まらない。
気配で獣と牽制し合い、堪らず動いた奴から殺す。
七発。弾切れ。
ベルトコンベア式殺処分場。
唯々諾々と死を待つ
反動で腕が痛みを訴えるが、所詮感覚だけの紛い物。
同調が浅い今なら耐えられる。耐えてしまえば異常は無い。
「あの害獣共、今は大人しいもんだが、そのうち生存の為の底力を発揮し始めるぞ」
「まあ、貴方のお命を頂く以外に、この状況は脱せませんものね。如何に
何より、巨大土竜が死んでいない。
あれは、まだ後方で様子見。
思考、しているのだろうか。
勝利を譲る気は、未だに無いと見える。
「この
翔は獣ではない。
だから、手と手を取り合える。
共に歩み、共に殺せる。
「一つ、勘違いを為さっていてよ?」
伸ばされた手を跳ね除けて、
腰に手をやり仁王立ち。
「貴方が手を貸して、わたくしが尽く滅ぼすのですわ!」
この期に及んで彼女は変わらず、
主役は誰にも渡さない。
「もうそれでいい!やるぞ!」
翔の
巨体が、動いた。
全ての脚を別々に動かし、通った跡に道が生まれる!
「リアスマ隊!攻撃用意を!」
「な!?そのような素性も分からぬ輩に、我々の命運を託すと——」
「黙らっしゃい!わたくしの
説明すら挟まない。
最短最適最良を期すため、余計な時間は全て切り落とす。
語気の荒さに押された隊は、考えも追い付かず反射で動く。
「クリスはその場に待機!治療はカケルの指定優先ですわ!」
「仰せのままに~!」
挙手と共に了承するメイド。
最後の虎の子を正体不明の、脅威になり得る青年に委ねる。その横車を快く通す。
「ジィ!群れている
「御意に!腕が鳴りますなあ!」
執事の意志に、一点の
この場に突如現れた鬼札。彼らの切り札の代わりが務まる。
趨勢は再び覆る。
ならばそれに乗らぬ手は無し!
巨大な両前脚を
それに目を付けられたのが分かる。
しかし翔は、微塵も怖くない。
今これから、この場の全ての
その理由は幾つかある。
恐怖がほとんど、麻痺してしまったから。
先程とは違い、仲間が居るから。
コメディ・リリーフたる、マリアが
そして何より、
「てめえら、
恐怖の存在だった者達、
「人類の敵ですってアピールしててよお」
人と対峙する「特別」な生物達、
「魔法みたいなので殺されて、まるでRPGのモンスターみてえな顔しといてよお!」
何一つ分からない正体不明達、
「それが」
それが
「単なる生物だったとはなあ!!」
銃撃!
巨獣に再び着弾!
見慣れた赤い液体、血液がドロリと吹き出す!
そう、この世界でも、銃は撃てる。
火薬が急速に燃焼し、発生したガス圧が鉛を押し飛ばす!
それ即ちこのパンガイアは、地球と同じ物理法則下ということ!
それで殺せる
一個の生命体の枠を出ない!
故に、殺せる。
単なる暴で、根源を絶てる!
更に、一発!
またも表皮に穴が——
——!?
開かない!
金属が擦り合ったような、甲高い金切り音の後、大した傷も無い巨獣が進む!
「ちょっと?貴方の曲芸、早速見切られていらっしゃいましてよ!?」
「な、馬鹿な…いや外したのかもしれないし…」
発砲。
やはり発される
その時、低く構えた巨体の、その体毛が弾道を示した。
それを見て、彼らは理解した。
「逸らしてやがる!?」
「器用ですわねえ!」
狙われると同時、立ち止まって構え。
弾丸に爪の傾斜で触れて、その毛と鱗で滑らせて、左前脚に沿わせるように、後方へと受け流す。
表面を浅く削っただけで、
「なら胴体だ!」
より低い位置に狙いを付けて、次なる引鉄、対処不能!
が、やはり直撃しない!
照準がずらされたと同時、それに合わせて横に跳び、やはり左前脚で弾く!
蹴とばされた地面から泥が跳ね散る!
頭の右下と左後ろ脚に一発ずつ。屈んで避ければ足に当たり、横に移れば一発目が避けきれない。
これに対して巨大土竜は、上は這うようにしてスレスレで避け、下は左前脚に食い込ませて止める!
「
「まさか——」
——見えている?
——弾丸のスピードに、慣れてきたって言うのか?
「冗談キツイぜ、こちとら超音速なんだぞ?」
いいや、それは飛躍が過ぎる。
今まで碌に抵抗できなかった、その理由が分からなくなる。
「貴方、一つお伺いしたいのですが」
マリアの疑問、というより確認。
「その武器は、先端の穴から飛翔体を発射していらっしゃる。相違ございませんわね?」
「ああ!?…そうだよ!何だ、こんな時に!?」
「その時、真っ直ぐに飛んで行くものなんですの?」
——…そうか。
「銃口の方か…!」
「どこから出て、どこに向いているのか、そこから軌跡を割り出す。それくらいは可能というわけですわね?」
だが、それを実行に移すには、かなりの精度を必要とする。
あそこから、そんなに精緻に?
「落ち着け…地中で生きるってことは、光が当てにならないってことだ。目で見てるんじゃねえ。地球のモグラが発達していたのは、主に触覚と——」
——嗅覚?
翔はハッとして銃口を見る。
そこからは硝煙が立ち昇る。
反応した火薬の独特な匂い。
何度も喰らい、何匹も殺され、
その間に探していたのだ。
この不可解な攻撃に伴い、発生する特別な香り。
銃口の位置と向きを、それで特定し対応している。
「何なんだ…こいつら…」
高い判断能力。
信じ難い技量。
このままでは、距離を詰められる。
更に残った二発を撃ち切る!
殺せないなら遅滞戦術。
足踏みしている隙に囲んで、あらゆる方向から一斉攻撃。
避ける隙間を無くした上で、7発まるまる叩き込む。
それがベスト!
手順は組み上がり、実行あるのみ。
空の弾倉が自由落下。
間髪入れずに次なるを——
「ぐ、う、うぅ…」
ここで、限界が来た。
強烈な眩暈と吐き気。
乱れ散る呼気。
額を濡らす脂汗。
立っているのもやっとな疲労感。
目を閉じれば熟睡できる倦怠感。
「…貴方、もしかしなくとも——」
「在庫切れ、だな…」
翔の
勢いに乗った状態が終わり、危機感によって頭が冷えた。その結果、アドレナリンで誤魔化していた、身にかかる負荷を自覚してしまう。
「だらしのない!まだまだ働いて貰わなければ困りますわよ!」
「無茶言うな…!さっきから、何十匹
呆れ顔で不平を垂れるマリアに、不当評価だと猛抗議する翔。
「それで?具体的にあの攻撃を、あと何回程可能ですの!?」
だいたい感覚で捉えた所、
「きっかり7発!」
弾倉一杯。
最後の装填。
「これで、打ち止めだ」
「貴方の
「そいつはご愁傷様だねえ!頑張らないとね?兄弟!」
「どいつもこいつも好き勝手に…!」
近付いてくる巨獣。
事は既に滑り出し、誰であろうと止められない。
先に立たぬ後悔は忘れて、残った資源を
勝者には生を、敗者には死を。
ゼロサム状態のシンプルな賭け。
——いいや、既に割には合わねえか…
例え全て殺しても、死した者達は取り返せない。
総和マイナス。
勝者無しの泥沼が始まる。
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