ワンちゃん襲来
事件から数日後、リリーの助けもあり難航していた衣装一式がついに完成したらしい。ちゃっかりリリーは男性用の衣装も作り上げていたため急遽男子も接客をする羽目になったのだけれど。
「それにしても、リリーさんすごかったよねぇ」
「あれ人間業じゃないでしょ。だって手作業でミシンより速く正確に丈夫に縫ってるんだよ?リリーさんの指どうなってるんだろう」
たぶんヘイストとかの動きを速くする魔法を使ってるんだと思うよ?使ってなかったら絶対人間じゃないと思うから使っていて欲しいけど。
「ねえ化田くん、なんでベルトにぬいぐるみつけてるの?」
「ほんとだ!かわい~!」
「ベルト?」
僕が自分の腰の辺りに目を向けるとウサギのぬいぐるみがベルトにしがみつくような形でくっついていた。
「たぶんリリーが作ったものだと思うよ。でも、なんでくっついてるんだろう?」
「なあ和希、その人形動いてないか?」
確かに僕のベルトに引っ付いているウサギの人形はピョコピョコと耳を動かしている。
「気にしたら負けな気がして」
「何に負けるんだよ」
「スゴーい!どうなってるのこれ!」
欅さんがウサギの頬をツンツンとつつきながら言った。欅さんにつつかれたウサギの人形はわたわたと手足を動かしている。
「リリーの魔法で動いてるんだよ」
「へー!リリーさんも魔法が使えたんだ!」
「いや、むしろリリーさんの方が異世界出身なんだから使えないとおかしいだろ」
呆れたようにタカシが欅さんにつっこんだ。
「人形を動かす魔法なんてあるの?」
「精神魔法か何かだと思うけど、よくわからないんだよなあ。仮に精神魔法を使えてるとするとリリーは治癒魔法が使えないはずだから」
「どういうこと?」
「異世界じゃリリーは聖女って呼ばれるくらい治癒魔法がすごかったんだよ。だからここまで強い闇系統の魔法を取れていることがおかしいんだ。光系統の魔法と闇系統の魔法は同時には使えないから」
「そんなルールがあるんだ」
「どうしたのよ優花。闇野くんに感染しちゃったの?」
「興味があったから聞いてみただけじゃん。なんでそれだけで闇野くんに感染したことになるのよ」
「だって優花二ヶ月前くらいまで魔法少女どうこう言ってたじゃない」
「うっ……」
普段助っ人に行った時はあんまり話さないからね。まあ、意図的って言うよりは千鳥さんたちが魔法少女の格好をしてるせいで長話できないだけなんだけど。
「そういえばみんな気を付けてね?最近三つの首を持った黒い犬が町中で目撃されてるらしいよ」
「見間違いじゃないの?」
「見間違いじゃないって!ほら!」
戸さんは自分のスマホを操作して写真を僕らに見せてくる。確かにそこには三つ首の犬の姿が写されていた。
「ふっ、それは地獄の番犬、吾輩の魔力に当てられやって来た地獄からの使者さ」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」
「優くんは邪魔だからどこかに行ってようね」
唐突に会話に割り込んできた優を一が引っ張っていく。でも、優の言ってることはあながち間違えじゃないんだよなあ。僕の記憶が正しければそいつの名前はケロベロス。今まで千鳥さんの助っ人として倒してきた魔物とは格が違う。あれくらいなら僕でも片手間で倒せたけれどケロベロスはさすがの僕も本気を出さざるを得なくなる。
ケロベロスとは一度だけ戦ったことがある。とあるダンジョンのボスとして出てきて、モードFによる魔法のごり押しで何とか倒した記憶がある。
「いやいや、何かの冗談でしょ。き……と」
冗談冗談とばかりに笑っていた宇崎さんが窓の外を指差して固まった。
「嘘、でしょ?」
「どうしたのかな……た」
窓の外に目を向けると、つやつやとした黒い毛を纏った堂々とした立ち振る舞いの三つ首の犬がいた。……なるほど、宇崎さんのフラグが回収されちゃったか。それなら仕方ないね……いや、仕方ない分あるかー!あの時は空間が隔絶されたダンジョンだったから僕が本気で魔法を撃ちまくれたんだ。外であんなことをやったらここら一帯を軽く更地にする自信があるんだけど!?
「ゴアアアア!」
パリンッ!
校庭でケロベロスが吠えその衝撃波だけで教室の窓が何枚か割れた。しょうがない!ここは力を出し惜しみしてる場合じゃない!
「みんなは先生の指示に従って避難してくれ!」
「みんなはって和希はどうするんだよ!」
「みなまで言わせるなよ。僕が時間を稼ぐんだよ。みんなが逃げる時間を」
「そんなの無茶よ!」
「大丈夫、なんたって僕は」
僕は割れた窓から外に出ながら言う。
「帰還勇者だ」
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