メイド服だけは着ちゃだめだ

「えー、来月に文化祭があるのでクラスで出す出し物を決めたいと思います。何か案のある人は……」


そう。来月の十一月には文化祭がある。文化祭では全クラス何かしらの出し物を出し、僕たちは去年は……何をやったかな?お化け屋敷か何かをやったんだったか。聡太が全力で怖がらせに行ったお陰で大盛況だったものの、あまりのレベルに失禁する者まで現れ先生たちに強制封鎖されたのだ。みんなで何にしようかと話し合っていると前の席の方で闇野くんが手をあげた。


「闇野」

「わ……」

「はい次」


……せめて喋らせてやれよ。たとえ重度の厨二病患者だとしてもかわいそうだろ。


「去年みたいにお化け屋敷じゃだめなの?」

「無理だ。俺が俺を押さえられる自信がない」

「ええ~、手加減しなよ~」


最上さんが呆れたようにため息をつく。


「メイド喫茶は?」

「いいけど、結構多いから審査会通らないといけないぞ?反対がなければ一応採用するが、第二案も出してくれ」

「第二案お化け屋敷でいいじゃん。去年のリベンジで先生たちを失禁させてやろうぜ」

「や、やめてくださいよ!怒られるの私なんですからね!」

「先生、これあげるんで落ち着いてください」


そう言って聡太はどこからか饅頭を取り出して先生に手渡した。


「わーい、饅頭だー。はっ!?私は何を!?い、いけません!生徒から賄賂を受け取るなんて!」

「大丈夫、ただの餌です」

「餌付け!?」

「先生、これは有名和菓子店の饅頭です。一つ千円するのですが、これでこの時間黙っていてもらえませんか?」


広町先生は先生としての責務と高級饅頭との間で揺れ始めた。数秒迷った後先生は誘惑に負けた。先生は教室のドアから頭を出して他の先生が近くにいないのを確認すると聡太から饅頭を受け取って自席で食べ始めた。……それでいいのか。


「とりあえず第一案を通すためにもメイドのモデルがいる。女子全員で着てみて二人くらいいい人を選出してくれ」

「わかったわ、誰かメイド服持ってる人」


いやいや、流石に学校にメイド服を持ってきている人がいるわけが……


「私が朝着たので良ければあるわよ」


嘘だろ?いや、流川さんは聡太のメイドだから持っていても不思議では、不思議ではないけどなんで学校に持ってきてるんだ?


「はいはーい、あたしも持ってるよー。あいあいのだと人によってはサイズが合わないだろうし」


あくまでどこがとは言わなかったが、何となく感じ取ったらしい流川さんは流れるように拳銃を出して今村さん向けて躊躇うことなく引き金を引いた。


今村さんは今村さんでどこからともなく取り出したペンチで放たれた弾丸をつかみとるとまるで何事もなかったかのように床に捨てた。……このクラスの人たちって戦闘民族か何かなの?


「じゃあ私たちは着替えるから男子は出てって」


宇崎さんに言われて男子は教室から出ていく。もちろん僕も男子なので教室の外に出ようとしたのだけれど、立ち上がろうとする僕の手を隣の席の鵺野さんがガシッと掴んだ。


「化田くんは残ろうねー」


気がつけば僕は女の子たちによって囲まれていた。絵面だけ見ればハーレムなんだけど、取り囲んでいる女子の目は恋する乙女のそれではなく猛獣のそれである。タカシに死線で「助けて!」と訴えるが、タカシは「まあ頑張れや」といった風に手をヒラヒラと振って教室から出ていった。あいつは僕の親友を名乗るべきじゃないと思う。無理やり脱出したいけど、それをしようものなら教室が壊れる。


「化田くんは自由に性別を入れ換えられるのよね?遠莉に聞いたわ」


自由じゃないわい!クールタイムが十分あるわい!と言い返したかったが、空気がそれを許してくれない。


「じゃあ選ばせてあげる。化田くん、男の子のままメイド服を着るのと、女の子になってメイド服を着るのどっちがいい?」


なんたる究極の選択。どっちも地獄みたいな選択肢だけど、男のまま着て辱しめを受けるくらいなら……


「女の子になります」


僕は数瞬の逡巡の後、宇崎さんにそう答えた。


「ごめん、性別が変わる瞬間を見られたくないから後ろ向いててくれる?」

「いいけど、その隙に逃げないでしょうね?」

「に、逃げないよ!」


確かに今一瞬逃げようかという考えが頭を過ったけど!今逃げたら後が怖いもん!


「《フォルムチェンジ》モードF」


僕は周囲の人に聞こえないように小さく呟いた。女の子になった僕はさっさとこの拷問を終えるべくメイド服を受けとると着替えてみんなの前に出る。


「どう?」


僕が更衣室を出た瞬間、広町先生と絵美と遠莉の三人が鼻血を出して倒れた。広町先生に至っては食べかけの饅頭を胸に抱いて口から血を垂らし、成仏したアンデッドのような穏やかな表情をしていた。


「ど、どうしたの?そんなに僕のメイド姿酷かった?」


いやいやながらも着たのだからこの反応は流石に心にグサッとくるんだけど……


「だ、だめ、ちかづかないでばけださん、これいじょうちかづかれたら……ぶっふぁお」


僕がさらに歩みを進めると女子の中でも一番僕に近かった木元さんが先ほどの三人のように倒れた。倒れた木元さんは教室の床に自分の鼻血で「これはテロ」と書いて意識を失った。


「なんで!?」

「今の化田さんは危険だわ。これは木元の言うとおりテロよ!こんなのを出したらお客さんが全員尊死しちゃうわ!」


尊死ってなんなんだよ。


「本当にごめん。着てもらって悪いんだけど、これ以上死者を出すとまずいから着替えてくれない?今すぐに」


なんて理不尽な。僕が更衣室に戻って着替えようとしたその時、ガラガラと扉が開く音がして僕は振り返る。そこにいたのはGL学園きっての遅刻魔村田光星の姿があった。


「先生すみません!おばあさんが川に落としたハンカチを拾っていたら遅れました!」


光星は僕の姿を見たことと、千鳥さん&鵺野さんの飛び蹴りを食らって鼻血を出して保健室送りとなるのだった。



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