やり残した戦い

フライの魔法を解除して下に降りると魔法少女の格好をした二人が呆然とした表情で立ち尽くしていた。うーん、我に帰るまでもうちょっとかかりそうだな。遠くからパトカーのサイレンがかすかに聞こえてくる。多分あの大型の魔物を見た誰かが警察に連絡したのだろう。直に警察も来るだろうし、魔法少女のコスプレしたこの二人をここに残していけば事情聴取されることは目に見えている。僕は警察や野次馬が来る前に二人を脇に抱えると近くにあった家の屋根に飛び移って「隠蔽」スキルで目立たないように隠れる。二人が我に帰るのを待って僕は魔力障壁をテーブルに宿題をすることにした。コスプレしてる二人をどこかの店に連れていくわけにもいかないからね。国語のプリントが終わる頃、ようやく千鳥さんが我に帰った。


「助けてくれてどうもありがとう」

「気にしなくていいよ。それで、君らのその格好はなんなのさ」

「魔法少女よ。ちゃんと魔法つかったじゃない。全く効いてなかったけど」


あれを魔法って言うのか?あんなの駆け出しの冒険者ですら使ってないぞ?


「なんで魔法少女なんてやってるの?きゅう○え?」

「ちがうわよ。……似たようなもんだけど」


千鳥さんは鞄から茶色の熊のぬいぐるみを取り出した。その熊のぬいぐるみは背伸びをして欠伸をすると首を回す。若干吊り目気味の熊のぬいぐるみは僕を正面から見据えると口を開いた。


「やあ、僕はミッシェル。よろしくね」

「僕は化田和希だよ」

「へえ、僕を見ても驚かないんだね」

「別に、割と見慣れてるからね。ぬいぐるみがしゃべるのは」


うちのリリーが魔法生物をつくるのが好きだからなあ。まだ地球に来てから作っているところは見たことがないけれど、時が経って落ち着いたらまた山のように作り出す光景が目に見える。


「僕の使命は魔法に適性がある子を集めて、二か月前にこの地球にやって来た魔王を名乗る人物を倒すことだ」

「魔法に適性があるって……あれで?」


あれではお世辞にも魔法適性があるとは言えない気がするが。


「しょうがないだろう。まだ覚醒して二か月だ。魔法のない地球でここまで魔法が使える時点で十分に適性があるだろう?君だって魔法を使い始めたころは優花たちと大差なかったろう?」


いや、少なくとも属性魔法は下級から上級までまんべんなく使えましたよ。


「それにこれから数は増やしていくんだ。もしかすると優花や美那以上の適性を盛った者もいるかもしれない」

「魔法少女って言ってるけどさ、男で魔法適性が高かった場合はどうなるのさ」

「おっ?カズキも魔法少女に興味があるのかい?」

「いいや、まったく」


魔法少女なんてならなくても魔法使えるっつーの。


「ははは、冗談だよ。そうだね、男の子の場合はそのまま魔法少女の格好をしてもらうか……」


なんの拷問だよそれ。


「もしくは女の子になって魔法少女の格好をしてもらうかだね」


結局魔法少女の格好をするのには変わりないのな。


「そのコスプレ、する意味あるの?」

「失敬な。君にはこれがただのコスプレに見えるのかい?」


コスプレ以外に何があるというのだろう。


「この服は魔法の威力ブースト効果や防御力上昇効果が付与されているんだよ」

「なるほどね。魔法具になっているわけだ」

「そういうことだよ」

「で、敵の名前とか姿とかわかってるの?」

「もちろんだよ。名前まではさすがにわからないけど、姿はばっちりさ。ほら」


ミッシェルは空中にホログラムを浮かび上がらせる。僕はその姿を見て一瞬見間違えかと思った。なぜなら、空中に浮かび上がったその姿は、異世界で倒したはずの魔王四天王フレアだったからだ。僕の表情が険しくなったのを見てか


「知っているのかい?」


と声をかけてきた。ごまかす理由もないので僕は「うん」と返す。


「僕はフレリアって神様にグルルタスって異世界に召喚されたんだ。そこで魔王を討伐することになったんだけど、そこで魔王四天王として僕の前に立ちはだかったのがこのフレアってやつだ。僕が確実にとどめを刺したと思っていたけれど、もしかして取り逃していたのか?」


いや、それはないと僕はその考えを祓うかのように頭を横に振る。あの初めて肉を絶ち、骨を絶ち、命を奪うあの感触はいまだに忘れられない嫌な記憶として僕の右手に宿っている。でも、目の前に浮かぶその姿は紛れもないヤツそのものだ。


「お願いだ。もしこいつを倒したことがあるのなら僕たちに力を……いや、ごめん。酷なお願いだったね。君は一度魔王を倒したんだね……そんな君にもう一度背負わせるわけにはいかないか。優花、美那行こう。これ以上彼女に背負わせるわけにはいかないね。僕たちの手で魔王を……」

「誰も嫌だなんて言ってないよ。まあ、正直言えば嫌だけど。フレアを取り逃したのは紛れもな事実らしいから、これは僕のやり残した戦いでもある。何かあれば呼んでほしい。力になると約束しよう」


自分から探して魔物を片づけるのもいいが、今の僕は家族がいる。ただでさえ異世界に召喚されて心配をかけたというのに、また頻繁に家を空けては家族にいらぬ心配を抱かせてしまうことだろう。


「そうか……!」


ミッシェルはパァッ!と顔を輝かせると僕に飛びついてきた。


こうして僕は魔法少女たちに手を貸すこととなってしまったのであった。

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