久々の学校

「というわけで、和希君が女の子になって帰ってきました。みんな、よくしてあげてね?」


先生の説明を受けた教室はこれ以上ないのではないかと思えるほどにシンと静まりかえってしまった。……沈黙とみんなの視線が痛い。


『ええええええ!?』


直後、天地がひっくり返るかのような大音響が教室を支配した。びっくりした!うるさいなあもう!


「おい和希!胸揉ませてくれ!お前も男だったならわかるだろ!」


全っ然わからん。それに男だったじゃなくてまだ男だ。体が女なだけで。このクラスの変態男子代表、入野孔明いりやこうめいは教室だというのに一切の躊躇をせずに「うへへ」と若干涎を滴しながら近づいてくる。これで誰からもシカトされていないのだから逆にすごいと思う。


とはいえ身の危険を感じたので、僕は風魔法で坊主で残り少ない髪の毛を全て剃り落としてやった。髪の毛がパラパラと炒飯のようにこぼれ落ち、孔明は頭をペタペタと触って髪の毛を確かめる。孔明はその顔をみるみる青ざめさせると、ツルピカの頭を抱えて「ノー!」と言って崩れ落ちた。女子からは「天罰だ!天罰だー!」などとブーイングの嵐を貰っている。


「と、とりあえず和希君は自分の席についてね」

「はーい」


広町先生の顔を見ると今にも泣き出しそうな顔をしている。でもこればっかりはどうしようもない。僕にできるのは先生に言われた通りおとなしく席に座るだけだ。


「ねえ、めっちゃかわいいけど、メイクでもしてるの?」


僕が席に着くと隣の席の鵺野ぬえのさんが話しかけてきた。


「メイク?そんなのしてないよ。やり方もわかんないし」


それにこの体でメイクしだしたら心まで女の子になってしまいそうで少し怖い。


「ほほう……?」


鵺野さんの目が鋭く光った気がした。


「一限目は体育です。男子は教室で、女子はプール下の更衣室で着替えてください」


なんか僕に対する女子からの圧が増した気がする。やっぱ体は女の子とはいえ僕と着替えるのは気が引けるよな。


「阿南くん、号令してください」

「起立、礼、ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』


挨拶をして朝のHRを終えると僕は女子に引きずられるようにして女子更衣室まで連れていかれた。孔明が惜しそうに僕の姿を眺めていたが、そんなに惜しそうに見つめるならせめて助けてほしかった。


「男の僕と着替えるのに抵抗ないの?」


さっきの圧はてっきり僕と着替えたくないってやつかと思ったんだけど、違うのか?


「なに言ってるの?和希くんはかわいい女の子じゃない」

「うぐ……」


すみません嘘つきました。本当は女子の皆さんと着替えるのが恥ずかしいんです。


「うへへへへ、その乳揉ませろ―!」

「ひゃうんっ」


後ろから胸を揉まれて僕は思わず変な声を出してしまった。うう、ただでさえ恥ずかしいというのに余計に恥ずかしさが湧き出てきた。幸いにも僕の胸を揉んできた流川さんはすぐに手を放してくれた。僕の胸から手を放した流川さんは僕から数歩離れると、今度は自分の胸をペタペタと触る。


「な、なにしてるの?」

「こうすれば和希くんの巨乳成分が私のおっぱいを大きくしてくれるかなと思って」


そんな流川さんを離れたところから木元さんが煽る。


「そんなことしてもおっぱい大きくならないよ~まな板流川ちゃん」


別に二人は仲が悪いわけではない……と思う。僕がいなかった間のことは知らないので何とも言えないけど。ただ、まな板と言われた流川さんの周囲に謎のオーラが見える。とんでもなく怒っているのは確かだろう。


「き~も~と~?」


め、目が吊り上がってる!そして流川さんは制服の胸元から拳銃らしきものを取り出した。え?さすがに本物じゃないよな?


「だああああ!?流川さん!落ちつこ!いったん落ちつこ!」


千鳥さんが拳銃の標準を木元さんに合わせる流川さんに飛びついて止める。こ、怖くないのか?


ダアアアアン!!


凄まじい轟音とともに、拳銃の銃口から一発の弾丸が吐き出される。千鳥さんのファインプレーによってわずかにずらされた銃口から放たれた弾丸は木元さんの頭上を掠め更衣室の壁に突き刺さった。木元さんはガクガクと機械じみた動きで弾丸が突き刺さった壁を見る。その顔はとんでもなく青ざめている。


僕はそんな騒動の中何とか着替え終わってプールサイドに出ることに成功した。本当になんなんだよあの空間。怖すぎるんだけど。というかなんで日本で堂々と拳銃を所持できてるんだ?阿南財閥怖すぎかよ。


「おや?意外と早かったね。もう少し遅くなるもんだと思ってたんだけど」

「別に、着替え自体はそこまで難しくなかったよ」


昨日遠莉が着替え方を教えてくれたからな。さすがにそれがなければここまでスムーズに着替えることはできなかっただろう。


「というかさ、みんな遅くない?」


僕がそう聞くと聡太とタカシは非常に悪い顔をして笑った。うわ、めっちゃ嫌な予感がするんだけど。


「クックック、今頃仕掛けていたベトベト君パワーアップバージョンに引っかかってもがいてるころだろ」

「ケッケッケ、あいつらが和希の水着姿をいち早く目に焼き付けようとするのなんてわかりきってることだからな」


守ってくれたのかもしれないが、捕まってしまった連中は何ともかわいそうである。


「それにしても、水着を着るとさらに協調されて大きさがよくわかるわね!それ!揉ませろ―!」


今度は鵺野さんが僕の胸めがけて飛びついてきた。かなりの速さだが避けれないほどではない。僕はスッと横にずれて鵺野さんを避けると、鵺野さんは僕がプールに背を向けて立っていたこともありその勢いのままプールに飛び込む形となった。すると外から体育教師の吉谷先生の怒鳴り声が聞こえてきた。鵺野さんがプールに今飛び込んだことで怒られるのかなと思ったが、先生の怒りの矛先は全く別の方向であった。


「阿南ー!桐生ー!貴様ら来い!」


聡太とタカシは顔を見合わせると、示し合わせたかのように入り口ではなくプールを囲うフェンスへと走りそれを飛び越え脱走していった。


「あ、コラ!待たないか!」


吉谷先生は二人がフェンスを飛び越え逃走を計ったのに気が付き、僕らを放って二人を追いかけて行ってしまった。


「これまた授業がなくなるやつじゃない?」

「いやだなー。去年もこのパターンで結局プールの授業が長引いて十月末までわたしたちだけプール入ってたじゃない……。凍え死ぬわよ」


結局一時間の間聡太とタカシは学園中を逃げ回り一時間体育の授業が丸々潰れることとなった。もちろん二人は授業後に捕まり先生たちに説教をくらっていたが、二人の顔はけろりとしたものであった。

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