自称親友の襲来

次の日、僕は学校に行けないので自分の部屋で3年ぶりのゲームを楽しんでいた。あくまで僕の体感で3年であって、こっちでは3ヶ月程度しか経っていないため大して変わったところはないのだが。


それに楽しんでいたと言っても長期間触っていなかったせいで、初心者までとはいかないもののかなり腕も落ちていた。スマブラなどオンラインに潜っただけで30連敗である。


ちなみにリリーはお母さんと一緒に家具や服を買いに行っている。リリーは髪の色が髪の色なので迂闊に外に出れないと思っていたが、何故か次女の絵七が洗ったら落ちる染髪剤を持っていたため、それを使って髪の色を誤魔化して買い物に出掛けている。


リリーは瞳の色は茶色だし、フレリアさんが僕らがこっちに来る際にリリーに『言語理解』というスキルをくれていたので、色白で美女ということ以外は目立つところはないだろう。


僕も当分女の子として生活していくこととなるので替えの下着が何着か欲しく、買ってもらおうとしたのだが、カラコンの類いがなく瞳の色が隠せなかったので今回はお留守番である。なので今は遥お姉ちゃんの下着を借りているのだが、ちょっと苦しい。


「ただいまー!」  


昼の3時を過ぎた頃、玄関の扉が勢いよく開いてドタバタと慌てながら絵美が帰ってきた。あの慌てようからして先生の話が思いの外長引いて急いで帰ってきたといったところか。


僕はスマホでYouTubeのアプリを開くと、登録チャンネルの欄から絵美のチャンネル「ch.如月未来」をタップして配信の枠を確認する。配信開始予定時刻は3時半。スマホの左上の時刻は3時27分となっており本当に時間ギリギリで帰ってきたようだ。


普段はあまり見たりしないのだが、なんだか心配になったので久しぶりに見守っていたら何とか時間通りにオープニングが始まり、それが終わると息も絶え絶えな絵美が挨拶を始めた。


『こ、こんみらいー、はぁはぁ、トルゥーダウト所属のっ、如月っ、未来っ、ですっ!今日もっ、よろしくっねっ!はぁはぁ』


コメント欄は【いきなりどうしたw】や【何やっとんのやw】といったコメントで溢れかえっていた。


『ごめーん!学校から帰ってきて制服のままなの!着替えるからちょっと待ってて!』


マイクから絵美が離れていくのがわかった直後聞こえてくるシュルシュルという布擦れ音。どうやら酸素不足でマイクをミュートにするということすら頭からなくなっているらしい。生着替えASMRというなかなか貴重な放送事故にコメント欄は沸きに沸いている。


ミュートにしてないのをメッセージアプリで伝えてやろうかと思ったその時、インターホンが鳴り響いた。正直出たくはなかったが、絵美は配信で出られないので仕方なく僕が出ることにした。インターホンのモニターを覗けば外にいたのは僕の親友を自称する桐生タカシであった。


『和希が帰ってきたって聞いたんですけど、会いませんか?』

「和希ならお母さんと一緒に買い物に行ったよ」

『はい嘘乙ー』


こいつ、今喋ってるのが僕だと見抜いてやがる。


『ボイスチェンジャーで声変えても無駄だっちゅーの。ま、許可なくても入れるんだけどな』


ガチャガチャと鍵の空く音がして玄関の扉が開いた。どゆこと?なんであいつ鍵使って入ってこれるんだ?玄関に急いで駆けつけた僕に長シンプルな答えが突きつけられた。三女の遠莉に鍵を空けさせたのだ。


「はあ、久しぶりだね。タカシ」

「は?和希?どゆこと?」


タカシは目を丸くして困惑したように遠莉にこしょこしょと話しかける。遠莉はだから言ったのにと言わんばかりに呆れた顔をして肩をすくめた。とりあえず忠告はしたのだろう。こいつはそれを無視してついてきたというわけだ。


「とりあえず僕の部屋に来なよ。そこで話そう」


部屋まで来るとタカシは妙にソワソワして、落ち着かなさげにキョロキョロと何かを誤魔化すかのように視線を行ったり来たりさせている。


「何?緊張してるの?」

「し、してねーし!そ、そうだ、3ヶ月もどこに行ってたんだよ。探してたんだぞ?」

「異世界」


僕の言葉でタカシは緊張が解けたのか僕のことを据わった目で睨み付けてくる。


「そういうつまんない冗談はよせよ。こっちだってお前がいなくなって3ヶ月、どれだけ必死に探してたかわかってんのか?それを異世界に行ってましたたあ、なんともクソみたいな嘘つくなぁお前。そんな下らねえ嘘で誤魔化すんじゃねえよ。本当のこと言いやがれ。どれだけみんなが心配して探し回ったのか知ってるのか?」


僕はこの時ばかりはフレリアさんを恨んだ。なんで召喚された直後に戻してくれなかったのだと。


「本当だって。そんなファンタジーでもなければ女の子にならないでしょ」

「そんなこと言って、その乳も偽物なんじゃねえか?」


そう言うとタカシは僕の胸を鷲掴みにしてムニムニと揉んできた。僕は突然のことになにも考えられなくなる。


「おま!何やって!やっ……んっ……ああっ」


僕がそんな喘ぎ声を出してしまったためタカシは手を素早く引っ込めるとマジか?といった風に呆然と僕を見てくる。僕は恥ずかしい声を出してしまったという自覚から、みるみる内に自分でも顔が赤くなってくるのがわかる。


「この、この、この変態がー!」


僕は思わず腕で自分の胸を隠しながらタカシを蹴り飛ばした。タカシは窓ガラスを突き破って地面に落下する。あ、やってしまった……力セーブしないといけないのに……急いで駆けつければ幸い息と意識はあったようで、ヨロヨロと立ち上がるところだった。僕はあわてて治癒魔法で怪我を治してあげる。


「疑ってゴメン!」


部屋まで戻ってくるとタカシは床に頭を擦り付けようとする程の勢いで頭を下げてきた。


「……さっきの、さっきの触った記憶を抹消するなら許してあげる」

「もう消しました!」

「よろしい」

「ていうかさ、さっきの俺の怪我治したのは魔法だよな!?」

「そうだよ。僕が魔法を使えるのは他言無用な」

「もちろんだ!それで、俺でも魔法って使えるのか?」

「無理じゃない?異世界にでも召喚されない限り」

「そうかー……そういえば、なんでお前女になってるの?」

「僕が召喚された時にもらったスキルだよ。僕の元々の体と女の子の体で変えられるんだ」

「凄いな!童貞も処女も卒業できるんだな!」

「言い方」


僕が絶対零度の冷気を浴びせてやればタカシは顔をひきつらせた。


「てか、変えられるんだったらなんで元の体に戻らないんだ?はっ!もしかして女体化願望でも……」

「あるわけないだろ。僕の元々の体は魔王と戦ってボロボロだから完治するまで戻れないんだよ。後1、2ヵ月で治るから、それまで学校は行けないよ」

「魔法とかスキルじゃ隠せないのか?」

「一応隠せるけど、制服ないし」

「よし、制服があれば学校来るんだな?」

「まて、そんなこと言ってな……」


僕が言い終わるよりも前にタカシはスマホを手にとって電話をどこかにかけ始めた。


『もしもし、タカシか?』


電話の向こうから聞こえてきたのは聡太の声だった。聡太というのは中学生にして阿南財閥の総裁をしており希代のマッドサイエンティストでもある。


「おう。聡太、今和希の家にいるんだけどな、今の和希の写真を送るから制服を大至急で作ってやってくれ」


そう言うとタカシは呆然としている僕にカメラを向けパシャリと写真を撮った。


『……なんで女の写真なんて送ってくるんだ?和希の写真はどうした?』

「いや、それ和希」

『なるほどな』


クックッと楽しそうな笑いが電話の向こうから聞こえてくる。あ、もうこれ手遅れだ。僕がどうあがいてもどうなることもないだろう。


『面白い。今日中には完成させて和希の家に届くようにしておこう。楽しみに待っててくれ』

「良かったな和希!これで学校行けイデデデデ!」


僕はなんかムカついたのでとりあえずタカシの腕を折っておいた。

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