聖女の我が儘

微かな花の香りがして僕は目を覚ました。僕を出迎えたのは知らない天井で、あまりの綺麗さに一瞬だけ天国かと錯覚し身構えた。


ただ、全身に走る激痛と、横になる僕の側でコクリコクリと船を漕ぐ僕のパーティーメンバーの一人、《聖女》リリー・スケランツァがいるということが僕にここが現世だということを主張してくる。


彼女の顔は見るからに疲弊しており、僕たちを治すために死力を尽くしてくれたことがありありとわかる。


僕は内蔵を多少削ってしまったようだけど命に別状はなかった。とはいえ、このままでは痛いし一時的に女の子の体になって痛みから逃げることにした。男の体ならば「自動治癒」もあることだし、放っておけば治っているだろう。


「モードF」


僕の体が女の子になると同時に、僕の声で起きてしまったのかリリーがパチクリと目をしばたかせる。


「ごめん、起こした?」

「いえいえ!大丈夫ですよ!それで、つかぬことをお聞きしますが、涎とか垂れてませんでしたか?」

「心配しなくても垂れてなかったよ」

「よかった~」


安心したようにホッと溜め息をつくリリーを見ながら僕は内心心配性だなぁと苦笑いしていた。


「ところでリリー、みんなは?」


僕のために盾になってくれたみんなは生きているのだろうか?地球に帰る前にちゃんとお礼が言いたい。


「みんなは……」


そうリリーは力なく首を横に振った。そうか、死んじゃったのか……面と向かってお礼を言いたかったのに。せめて帰る前に墓参りはしよう。


「もうダメだわ。怪我も治ってないのに魔物狩りに行っちゃって」


死んだわけじゃなかったのか。それならよかった。でも確かに、それはそれで色々な意味でもうダメかもしれない。


「それよりも、勇者様はこれからどうするんですか?故郷に帰っちゃうんですか?」

「そのつもりだよ。向こうでまだやり残したこともあるしね」


地球で僕がいなくなってからどれ程の時間が経っているのかはわからないけど、長期間失踪状態になっているのは確かだろうしみんな心配してくれてるといいなあ。


「私もついて行っちゃだめですか?」

「へ?リリーはこっちが嫌いなの?僕と一緒に来てくれるのは嬉しいけど、こっちの人と一生会えないかもしれないんだよ?」

「覚悟の上です。それとも、私がついて行くと迷惑ですか?」

「全然!そんなことはないよ!むしろ大歓迎さ!」


ただ、僕の家族全員オタクだからなあ。リリーのザ・ファンタジーって格好と容姿を見て耐えられるのかな?絶対興奮して面倒なことになりそうなんだけど。そんなことを考えていたら、僕とリリーはフレリアさんに呼び出され無数の星が瞬く空間へと連れてこられた。


「久しぶりねカズキ。そして初めましてリリー。私は鏡の神フレリア。この世界の管理者よ。それでカズキ、答えは決まっているようだけどもう一度問うわ。地球に帰るのか、グルルタスに残るのか。どちらを選んでもあなたの親しい人たちに悲しい思いはさせないわ」

「地球に帰ります」

「そう。決意は固いようね。グルルタスに残れば富も名声も思うがままだけどそれでもいいのね?」

「はい」


フレリアさんはしょうがないなあといった風にフッと笑うと僕の頭に優しく手を翳した。


「あの、私も勇者様……いや、カズキと一緒に行かせてください!お願いします!」


リリーの頼む姿を見てフレリアさんは苦笑いした。


「あのねえ、あなたを連れていく気がなければここに呼び出したりはしてないわよ」

「そ、そうなんですか!?」

「当たり前じゃない。でも、いいんだね?グルルタスのみんなには忘れられてしまうけど」

「構いません……別れは済ませてきたので」

「ふふ。いい覚悟だ。それとカズキ。もうないとは思うけどもし人手が足りなければまた君を召喚するかもしれない。だから念のため君の力はそのまま残す。一応地球でも使えるはずだけど、まあ時間のあるときに確認するといい。それと君のインベントリの中に魔王討伐の褒賞金と私からの気持ちを入れとく。大事に使いなよ」

「……何から何まで、ありがとうございます」

「それじゃ二人とも、元気でね」


最後にフレリアさんは慈愛のこもった笑みで僕たちを見送ってくれた。そして僕とリリーは光の渦に呑まれ気が付けば2年前僕が召喚された十字路に立っていた。

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