帰還勇者の非日常な日常
タニシ
とりあえず魔王討伐
中学二年生の春、楽しみにしていた体育祭の前日、学校の帰りに僕は異世界へと召喚され魔王を討伐することになった。
僕の名前は化田和希。小学三年生までは孤児院育ちで、小学四年生になった時高梨家という家族に里子として引き取られた。ってそんな自己紹介をしている場合じゃない!
僕が召喚されたのはグルルタスという異世界で、そこで魔王を討伐するのが僕の使命らしい。僕は仲間と共に冒険し魔王軍との三年という長い戦いを経てついに魔王城にて魔王と相対することとなった。
「ようやく来たか。フレリアの手先が」
フレリアというのは僕をグルルタスに召喚した女神のことである。魔王は世界の管理者であるフレリアさんの敵で、フレリアさんの持っている世界の管理権限を奪い取るため、様々な世界に現れては全ての命を喰らいつくしていくらしい。
普段ならばRTA勇者という世界最強格の勇者を召喚してどうにかするらしいが、生憎他の魔王討伐に行っていて不在らしく、それで僕にお鉢が回ってきたというわけだ。
フレリアさんは僕が魔王に勝つためにスキルをいくつかくれた。しかし、クセが強くて色々な意味で使い勝手が悪いのだ。とはいえ、魔王相手に出し惜しみしている場合ではない。
「最初から全力で行かせて貰う!《フォルムチェンジ》!モードF!」
《フォルムチェンジ》これが僕がフレリアさんからもらったユニークスキルだ。モードMなら物理特化の僕本来の男性体、モードFなら魔法特化の女性体となる。一度どちらかに変えると十分間のクールタイムを要するため連発できない。相手によって遠距離攻撃メインか近接攻撃メインかで切り替えられるこのスキルは非常に有用なのだが、僕の女性体はかなりおっぱいが大きい。爆乳というほどではないのだが巨乳には分類される大きさだろう。僕も健全な男子中学生なわけで、自分の胸におっぱいがついているのを見るのは背徳感を感じると同時に恥ずかしくなってしまう。
僕がスキルを唱えると同時に髪の毛が伸び自動でツインテールに結ばれる。黒かった髪の色が抜けて真っ白になり瞳の色は紅くなる。身長が僅かに低くなり肩幅は狭くなり全体的に華奢になる。最後にお尻がむちっとなり胸が急に膨らみおっぱいとなり腰に括れができ僕の変身は終了した。なお、性別が変わると自然と服装も変わるためノーブラノーパンということはないので心配はいらない。
「インフェルノランス!」
僕は変身が終わると同時に火属性の上位魔法、インフェルノランスを魔王に向けて放った。
「いい魔法だ。だが、残念だったな。この三年間でお前の事は研究し尽くした。当然魔法の撃ち合いならばお前は俺に勝るだろう。が、物理ならばどうだ?確かにそこらのやつならば勝てるだろうが、俺に勝てるか?」
魔王は右手の掌に小さい光の珠を生成するとそれをドーム状に広げる。
「アンチマジックフィールド」
僕のインフェルノランスはその光のドームに触れるとみるみる内にその威力を減衰させていき、魔王に到達する頃には消滅してしまった。
「お前のその雌の体では近接はできまい!この中なら何人たりとも魔法を使うことは敵わん!無論それはこの俺も例外ではないが、十分あればお前を殺すことなど容易い!」
くっ《フォルムチェンジ》のクールタイムもバレてるのか!僕は歯を食い縛りながら十分間逃げに徹するため魔王から更に距離をとる。
「こい、魔剣アグルス」
魔王が呼んだ魔剣は滅神剣アグルス。神や神の眷属に対して特効となる魔剣である。僕は人間なのだから関係ないと思われるかもしれないが、そんなことはない。神様によって召喚された僕は分類上は神の眷属ということになってしまうのだ!しかも、この女の子の体は魔法に関しては最強クラスの攻撃力と防御力を持っているのだけれど、物理に対しては紙ほどの耐久すらない。つまり、あの魔剣による攻撃を一度でもくらえばゲームオーバー、即死である。兎に角、今は十分耐えるのが必須だ。十分耐えればまだ勝ちの目はある!
「ここはお任せを勇者様!」
そう勇んで前に出てきてくれたのは勇者パーティーの
「悪いが、俺がいる限りは勇者様へは一撃たりとも入れられないと思え!」
「雑魚が!どけ!」
不敵に笑うリドリネス君に腹が立ったか、それとも《フォルムチェンジ》のクールタイムの十分という時間を無駄に使わされることにイラついているのか、はたまたその両方かはわからないが魔王の顔は激情と焦りが入り雑じったかのような顔をしている。
僕はその間に「隠形」のスキルを使って自分の姿を隠すと、魔王の近くまで近づいて拳を思い切り握りしめる。
「うおりゃぁぁぁぁぁ!」
「ぐほっ!」
確かに女の子の体では物理攻撃をしたところで元の体で攻撃した時よりも火力が出るわけではない。だが、筋力値、つまり力だけなら男だろうと女だろうと変わりはない。だから殴る蹴るならば少なくとも鍛えた人間よりも火力を出すことはできる。それに、完全な死角からの不意討ちだ。魔王に防御ができるわけもなくもろに受け、よろめきながら数歩後退する。
「勇者様、あと、何分くらいですか」
「……9分」
「承知しました。全員死ぬ気で耐え抜きます」
ニヤリと笑うリドリネス君、いや、パーティーメンバー全員の目には決死の覚悟が宿っていた。
「魔王はお願いしますよ?」
「当たり前です。死なないでくださいよ!」
「はっ、それは無理な相談だぜ」
僕は魔王からできるだけ距離をとり巻き込まれないように逃げ出した。クールタイムを乗り越え魔王を倒すために。
そこからは魔王による一方的な蹂躙だった。せめて、僕が牽制できれば良かったのだが、生憎かなりの距離をとってしまったためそれはできない。でも、後悔はしていない。ここで後悔することは魔王の前で頑張るみんなへの冒涜だと思うから。
クールタイム内に倒すべくあせる魔王に対して、仲間たちは余裕の笑みで魔王を煽り、肉が裂け骨が折れようとも僕を守るため全力で魔王の前に立ちはだかる。僕はみんなの期待に応えないといけない。
そして、永遠とも思える10分が過ぎ去り《フォルムチェンジ》のクールタイムが終了した。
「モードM!」
僕の体がいつもの男性の体へと変化する。
「こい!聖剣ルシファー!」
天使の名を冠する聖剣が僕の右手に召喚され、アグルス以上の力が渦をまく。
「ここがお前の墓場だ!いくぞ!『モードチェンジ』パワーモード!」
赤いオーラを纏った今の僕は攻撃力が二倍になっている。僕と魔王は何度も、何度も剣同士を打ち合わせ競り合う。
「届かぬな。その程度では!」
「ぐっ!?」
僕の防御をすり抜けてアグルスが僕の脇腹を切り裂いた。並外れた防御力のお陰で致命傷とまではいかないが、アグルスのダメージ増加効果のせいでしっかりと傷を負い、血が服に滲み出している。
僕は体をぐらつかせ魔王城の床に膝を屈しそうになるが、何とか踏ん張り体勢を立て直しそこから飛び退く。直後、ギロチンのように振り下ろされた魔剣が魔王城の床に突き刺さりヒビを入れる。
「っ……」
僕はそのあまりの威力に背中を冷や汗が伝うのを感じた。正直今のをくらっていたら間違いなく死んでいた。
「はぁぁぁぁ!」
僕は踏み込んで上段から聖剣を叩きつけるように振るう。
「ふん!」
僕の全力の一撃を魔王は魔剣の腹で受けると、力業で僕の剣を弾き飛ばした。
「くっ」
今ので僕の剣を持っていた右腕が痺れ今度こそ床に崩れる。だけど、このままじゃ斬られる。直感的にそう感じた僕は『モードチェンジ』で別モードに切り替えてこの場から脱することにした。
「スピードモード!」
移動速度が上がった僕は剣が振り下ろされる直前で窮地から脱し、魔王に弾き飛ばされた聖剣を拾い上げる。まだ少し痺れは残っているけども、この程度なら戦える。
「『限界自傷』!」
このスキルだけは使いたくなかったのだけれど、死ぬよりは遥かにましである。『限界自傷』は自分の体の細胞と引き換えにステータスを10倍にまで引き上げるとんでもないスキルだ。細胞の消費は命に直結する部位ではなく、命に直結しないような皮膚や毛髪といった部位から消費していくので即死するようなことはないが、それでも長時間の使用は死を招きかねない。
「くっ」
僕が魔王の懐に飛び込むと、魔王は呻き声をあげながら後ろに下がろうとする。
「させるか!」
僕は魔王の首を狙って剣を振る。しかし、首に届く前に何とか魔王が剣を滑り込まされて防がれた。なおも僕は押しきろうとしたのだが、分が悪いと悟ったか僕の力をいなしつつ後ろへと飛び退いた。
「なるほど、自傷強化系のスキルか。だが、その様子では三分も持つまい」
そんなこと、僕が一番わかってる!
全身の毛が使いきられ細胞の消費が皮膚にまで到達する。これだと皮膚がなくなるまでは後30秒ってところか。皮膚がなくなったせいで若干ピリピリするけどこんなところで倒れるわけにはいかないんだ!
僕は剣を強く握り直すと魔王に斬りかかる。剣を縦横無尽に振り魔王の全身に傷を増やしていく。そして僕の剣は魔王の左腕を落とした。だけど、それと同時に僕の左の脇腹を魔剣が貫いていた。
「ぐっ……」
剣が傷口から引き抜かれたとたん、血が溢れだし床を濡らす。傷口の周囲は火で焼かれたように熱く、耐え難い痛みが全身を襲う。皮膚がすべて消費されて内蔵が消費され始めたのだ。
僕は限界に近い体を引きずりながらも最後の力を振り絞って地面を蹴る。魔王と剣を交わす度自分の命がこぼれ落ちていくのを感じ、意識は朦朧としもう何をしているのかすら理解できなくなっていた。
そんな中、左腕をなくしたことが祟ったのか、魔王の体勢が左に傾いた。
「今だぁぁぁぁぁぁ!」
僕の意識が一瞬だけ覚醒し魔王の心臓に聖剣を突き立てる。魔王の目が驚きに満ちその目がこれでもかというくらいに見開かれる。そして魔王はついに息絶えた。
そして三年に及ぶ魔王との戦いに勝利した僕の意識も暗転しその場に倒れた。
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