第37話 廃寺を目指して。

「確かここの道を入っていったんだよねぇ……」


 前に緑水さんに連れて行ってもらった「め」のお寺を目指して記憶を頼りに裏山へと歩き始める。

 しばらく歩くと墓地がが見えて来た。


「そうそう、この墓地があったんだよな。よかった、道は間違ってなさそう」


 そのまま歩みを進める。夏場だからけもの道には草が伸び放題だ。庭の草刈りように買っておいた鎌をリュックから取り出し、行く手を阻む植物を刈りながら進んでいく。


「今日暑いなあ」


 曇りの日だから最高気温はそこまで高くないのだけれど、湿度が高いせいで蒸し暑くて息苦しい。そして昨日の夜雨が降ったせいで土は湿っていて、ところどころぬかるんでいる。


「はあ、どこかで休みたいけど休める場所がないな……」


 スマホの時計を見る。歩き始めてから三十分くらい経ったようだ。本当ならそろそろ、緑水さんが前に案内してくれた湧き水の流れている場所に出るはずだけれど……。


「あの時と違って一人で歩いてるから、遅いのかな」


 前は緑水さんが草を刈りながら案内してくれたものね。

 だがその後いくら歩いても湧き水の流れる小川には一向に辿り着く気配がない。

 それどころか自分が一体どこを歩いているのか、どんどんわからなくなってきてしまった。


「ねえ、これが道だっけ? え? わからないよ……」


 軽くパニックになりながら独り言をつぶやき、とにかく自分が思う方へ歩みを進める。

 元々あの道は人が踏み鳴らして道のような形跡になっていただけだったから、ちょっと草が生えるともう道なんて消えてしまうのだ。


「もしかしてヤバかったりして……。なーんて」


 一旦、立ち止まってみる。

 後ろを振り返る。


「例えば今から、元きた道を戻れるのかな……」


 スマホの画面を見る。歩き始めてから一時間。まだ湧き水の小川もなければ、廃寺のある開けた場所も見えてこない。

 そしてふと、画面左上の表示に気づく。


「圏外だ……」


 詰んでませんか、これ。

 とりあえず、リュックからスポーツドリンクを取り出してひと口飲む。本当はゴクゴク飲みたいけれど、それは危険な気がした。


「で、どうしようか……」


 緑水さんには会いたい。

 だけど、このまま歩いていっても辿り着ける気がしない。

 遭難なんかしたら洒落にならない。


「引き返すか……」


 途端に疲労感が襲ってくる。せっかくこんなに頑張って歩いてきたのに、あの場所さえも見つからずに終わるなんて……。

 こんなんじゃ、もう一生緑水さんには会えないんじゃないのかな。


「はあ、息が苦しい」


 なんで今日こんなに暑いんだろう。最高気温二十七度の予想だったけど、絶対に三十度以上あるとおもう。

 そうして引き返し始めて三十分後。

 私はあることに気づいた。


「どっちから来たのか、わかんないじゃん」


 もう、泣きそうだ。

 そうして彷徨い歩き続けることまた小一時間。


「え、私どこを歩いてる?」


 次第に恐怖は増していく。

 スマホは相変わらず圏外だ。

 とにかく、休みたい……。

 私はどの道から来たのかを考えるのはやめることにし、とにかく下る方向に進んでみることにした。そうすれば山を降りられるから、きっとどこか人目のつく道には出られるんじゃないかと思ったのだ。


 だが次の瞬間、私はぬかるんだ場所で足を滑らせた。


「うわああっ」


 急な斜面を落ちていくのを止められない。木に体当たりして落ちるのは止まったものの、木の下にはさらに急な斜面が続いていて絶望感しかない。一体ここからどうやって、這い上がればいいというのか。


「無謀なことをするのは、良くないってことですよ」


 自分に向かって呟く。

 田舎の暮らしについてよく知らないのに、勢いで古民家を借りちゃったりとかさ。

 山登りなんか普段しないし運動音痴なのに、一人で山奥のけもの道に入り込んでいったりとかさ。


 だけど後悔先に立たず。

 さて、どうしようかと辺りを見渡すと、ちらりと黒い影が見えた。


「ん……?」


 それは、森の熊さんだった。

 真っ黒くて体格の良い熊が、じっとこちらの様子をうかがっている。


「ああ……」


 どうしてこうなっちゃったんだろう。

 悪いことは重なるものだ。

 信じたくはないことだけれど、私はもう駄目なようだった。

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