第31話 こじょはん、じり焼き。

 今日のこじょはんはとっても簡単。じり焼きという食べ物だ。

 前に緑水さんが作ってくれたことがあり、今日は私が一人で作ってみている。


 そしてその代わりにと、緑水さんは庭の木を剪定してくれている。


 じり焼きには様々なバリエーションがあり、ニラなどを入れて焼くものもあるようなのだけれど、私が今日作ろうとしているのはいたってシンプルなものだ。


 小麦粉に味噌とお水を入れて混ぜて、油をひいて焼く。クレープよりは厚くてホットケーキよりは薄いくらいの生地だ。

 生地が焼けたら適当な大きさにカットして、砂糖をまぶして出来上がり。


 たったこれだけなんだけど、なにげに美味しい。

 そしてたったこれだけとはいえ、私が料理をする気になったというのが素晴らしい。

――これは人類にとっては小さな一歩だが、わたしという一人の人間にとっては偉大な飛躍である。ニールアカリストロング。


「ふぅ、あついあつい……」


 剪定を終えた緑水さんが板の間に腰かけ、額の汗を手ぬぐいでぬぐっている。


「あっ、ご苦労さまですー」


 私はすぐに氷と麦茶を用意して緑水さんにお出しした。


「ありがとうございます。よく冷えていて美味しい……。おや、中野さんが麦茶を?」


 緑水さんは眉をひそめている。私が麦茶を用意したのがそんなにも意外だったのだろうか。


「水出し麦茶なので……さすがにそれくらいはできます」

「ですが、いつもの中野さんであれば……」

「ええそうですよね。ペットボトルの買ったお茶を飲んでましたので。でも東京の友達がおしゃれな麦茶を送ってくれたんですよ。色んなフレーバーが楽しめる麦茶で。今日作った分はパイナップルフレーバーの麦茶みたいですよ」

「へえ、そういえば甘い香りがしますね」


 クンクン、と緑水さんは麦茶の香りを確かめる。


「こんな素敵な贈り物をしてくださるなんて、良いお友達をお持ちですね」

「ええ、すごく親身になってくれる、大切な友達です」


 ふと、東京のバルで一緒に飲んだときの麻衣の姿が思い浮かぶ。あの時は和やかな雰囲気で飲めなかったけど、また東京に行くときは麻衣に連絡しよう。こんなに私のこと考えてくれる友達、いないもんな。


「ここじゃ暑いですから、居間に行きましょう。クーラーを効かせてありますから」


 この古民家、基本的にはクーラーなしでも快適に過ごせる日が多いのだけれど、梅雨明けと同時に三十度を超える真夏日が続いており、さすがに日中はクーラーに頼る日も多くなった。


「今日はこちらの部屋で食べましょうか~」


 一度台所に戻ってからじり焼きを居間に運んでくると、緑水さんは畳の上に寝転んでいた。


「あらっ? 緑水さん、大丈夫ですか?」


 じり焼きをテーブルに置き、急いで緑水さんの元に駆け寄る。頬はいつもと違って赤味を帯びているし、額の辺りを手で押さえて苦しげな表情をしている。


「ちょっと日に当たりすぎてしまったのでしょうか、めまいがして……」

「それ、熱中症じゃないですか!?」


 私は急いでスマホで熱中症について検索した。


「緑水さん、身体がだるいですか?」

「ええ、まあ少し……」

「そんな……やっぱりそれ熱中症ですよ!」


 すぐさま、今度は応急処置について検索する。


「えっとまず……涼しいところにはもう避難したからいいとして……。氷でわきの下を冷やす!」

「いえあの、中野さん、少し休めば治りますから……」


 私は緑水さんの言葉をスル―しつつ冷凍庫から氷を取り出しビニール袋につめていく。


 熱中症は危険ですって、最近ネットでよく見かけるもん! 命にかかわるかもしれないものね。


 そして氷を袋につめて作った即席の氷のうを二つ持ち、緑水さんの元に駆け寄った。


「あの、中野さ……」

「失礼します」


 緑水さんの両わきに、氷のうを押し付ける。


「ひっ……」


――コーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 という声ではなかったのだけれど、緑水さんは叫び声をあげ、必死に氷のうを身体から遠ざけようと暴れはじめた。私はその手を必死に押しのけ、氷のうを緑水さんのわきの下、首、内腿などに当てていく。


「どうか……おやめ……くださっ……」


 息をきらしながら緑水さんが懇願する。


「だめですよ! 早く身体を冷やさないと、緑水さん死んじゃうかもしれません!」

「いえ、そこまでではっ……ひいいいいいい……」


 緑水さんは身をよじり、なにかに耐えるようにぎゅっと目を瞑った。


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