第28話 昼飯、山菜のおこわときゃらぶき。
廃寺のそばには丸太のベンチがあった。寺の雰囲気とは違って比較的新しい。
「こちらは私が数年前に作ったものなんですよ。あるとなにかと便利だなと思いまして」
「いいですね。一人だったら寝転がってお昼寝もできそうです」
「そうなんですよ。いいですよ、森林浴をしながらのお昼寝は……」
そんな話をしながら、緑水さんは私に竹皮でできた三角形の包みを手渡してくれた。膝に乗せて慎重に広げる。すると中には山菜のおこわが詰められていた。
「わあ、美味しそう」
「こちらのきゃらぶきもどうぞ」
そう言ってもう一つの包みを緑水さんが開くと、ふきの茎の佃煮が出てきた。
「そういえばこれ、なんできゃらぶきって言うんですかね?」
「ふきを伽羅(きゃら)色に似たものだからです。味付けは醤油と砂糖、みりんですね」
「へえ、伽羅色……。伽羅ってなんでしょうね」
「香木の一つですね」
「香木」
濃い飴色をしたきゃらぶきは、おこわのおかずにもなってちょうど良い。
気がつけば私は、おこわときゃらぶきを無心で頬張っていた。
食後、緑水さんとぼーっと青空を見上げてくつろぐ。
「だけど『め』って書かれたお寺なんて初めて見ましたよ。やっぱり目にもご利益があるんじゃないかなあ……」
「確かに慈眼寺には菩薩の慈悲のまなざしという意味合い以外にも、そこから発展して目にご利益があるとされているお寺もあるようですよ」
「そうなんですね。私結構目をつかうお仕事をしているから、目のことでももう一度お願いしてこようかなあ」
「いいですね。では私はちょっとお供えするお花を探しにこの近くを歩いてきますから、お参りしてここでゆっくりしていてください。帰りはまた一時間歩きますし、案外下りのほうが足にきますから」
「はーい」
緑水さんは林の方へ向かっていく。私はもう一度本堂の前に立って手を合わせ、すみません可能なら私の目の健康もお守りくださいと心の中で唱えてからまたベンチに戻り、ごろりと横になった。
「はー、ねむ」
うとうとしてきたので瞼を閉じる。まあ寝てしまっても戻ってきた緑水さんが起こしてくれるから問題ないだろう。
――ズザッ。
ベンチから落ちそうになった衝撃で目が覚めた。
「はぅっ」
あっぶない。寸前で無意識に片足をついたおかげで、落ちずに済んだみたい。
ゆっくりと起き上り、あたりを見渡す。どれくらい時間が経ったのかがわからない。
本堂やお地蔵様の前にお供えされているお花が新しくなっている。どうやらもう緑水さんはお花を替え終わったみたい。
――ザザッ。
木の葉が擦れるような音がする。ふと見やれば、本堂の奥にある木に……。
大きな体をした美しい毛並みの白銀の狐が登り、実のついた枝を揺さぶっている
なんて、神々しいお狐様なのだろう。思わずうっとりとして見入ってしまう。
これが魅了される、ということなのだろうか。
だが次の瞬間、私の脳裏に危険信号が走る。
――やばい……これ見たらあかんやつや!
私は物音をたてぬよう、そっーとベンチに横たわって目を瞑った。
見てません見てません見てません!
寝たふりをしながら考える。
あれ、緑水さん、あの、この前は耳としっぽだけでしたけど、完全に狐の姿になることもある感じですか?
あの、人間の姿よりやっぱり狐の姿のほうが身体の自由が利く感じですか?
……どうしよう、いつまで寝たフリしてよう。
ぎゅっと目を瞑ったままどのくらいの時が経っただろうか。
十五分なのか三十分なのか。
足音が近づき、私の肩にそっと手が触れる。
「中野さん、中野さん。そろそろ起きてください。山を下りますよ」
「う、うーん」
今起きました、という風を装って瞼をこすりながら上体を起こす。
そこには作務衣を着た、いつも通りの緑水さんの姿があった。
「あっ、すみません。爆睡してしまったみたいで」
えへへ、と笑いながらそう言うと、緑水さんは穏やかに微笑んだ。
「お昼ご飯食べると眠たくなってしまいますよね。もう少しちゃんと目が覚めたら出発しましょうか」
「はい……」
リュックから持参したペットボトルのお茶を取り出し、喉に流し込む。
緊張しているせいか、ごく、ごく、と喉が不自然な音をたてる。
「お花、綺麗なのが見つかったみたいですね」
今気づいたという風を装ってそう言うと、緑水さんは嬉しげに言った。
「ええ、ナデシコが咲いているのを見つけまして。それから、本堂の裏にある杏の木に実がなっていたので収穫しましたよ。いやあ今日は来て良かったです」
「そ、それは良かったですね」
ふらっと白銀の狐の姿が脳裏に浮かんだが、慌ててそれを掻き消した。
「では、そろそろ行きましょう」
「あ、はーい!」
元気よく返事をして、私は緑水さんと歩き始めた。
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