第26話 連れて行ってください。
――ズズズッ。
二人で食後のお茶をすする。
こんな昼下がりの時間が、もはや私の日常となって久しい。
「ではそろそろ、縁側にでも移動しますか」
「ですねぇ」
食休みの時間は大抵、縁側でゴロゴロする流れだ。
だが今日は少し気温が高い。私はうちわを二つ持ち、片方を緑水さんに手渡した。
「おや、ありがとうございます。朝顔の柄のうちわですか。もう夏が近づいてきましたねえ」
「段々暑くなってきましたよねー。梅雨入りしたはずなのに今週は晴れ続きですし」
「確かに。最近は梅雨がいつまでなのか、はっきりしないようなことが多いですね」
パタ、パタ、パタ。
うちわで顔をあおぎながら横になる。
はー、スローライフ。
これこれぇ。
こういう時間が過ごしたかったのよ~。
田舎に住んでいるのに、最近は納期に追われて忙しい日々だった。
だが昨日の夜に納品した分で、大きな仕事には一旦きりがついた。しばらくは余裕のある時間を過ごせそうだ。
そうしてぼーっとしていたら、ふと今日の占いのことが頭をよぎった。
――なにか今まで考えていたけれど実行していなかったようなこと。
「あっ、そういえば前に緑水さん、山寺の管理をされてるって言ってましたよね」
ふと思い出してたずねると、緑水さんはうなずいた。
「はい。知る人ぞ知る、とても古い山寺なんですよ。山の中のけもの道を小一時間歩いてやっと着くような山奥の小さなお寺です」
「そこ……私もうかがってみても大丈夫ですか?」
慎重に、たずねる。
もしその山寺を見ようものなら緑水さんは狐の妖怪の姿に戻り「あなたも知ってしまいましたね……」とかなんとか言って消えてしまうだとか、そういった結末だけは絶対に避けねばならない。
なぜなら私は今後もこのまま化かされたふりを続け、緑水さんとこじょはんし続けるつもり満々なのだから!
そんな私の気持ちが伝わったのかどうなのか……。緑水さんはいつも通りの落ち着いた調子で言った。
「もちろん、大丈夫ですよ。なんの問題もありませんし、むしろお参りしていただけるなら嬉しいくらいです。いつでもご案内しますよ」
「それなら良かった……あの、本当にご迷惑にはならないんですよね?」
念には念を押してたずねる。緑水さんの管理する山寺とやらに興味はあるものの、こっちはどうしても、というわけでもないのだ。今後も緑水さんと一緒に過ごせることのほうが大事なのだから! うーんでも本当はもっと緑水さんのこと知りたいけど!
「迷惑ではありませんよ。ただ、少しの懸念が……」
「懸念!? どんな……懸念です!?」
思わず前のめりになってたずねる。
すると緑水さんは「えー」などと口ごもり、少し考えこんでから言った。
「中野さん、普段運動とかは……されてないですよね?」
「ええまあ。見てのとおり」
私はこれまで運動とは無縁の人生を送ってきた。運動部に入ったこともないし、体育の成績は軒並み悪かった。足にはほとんど筋肉もなく棒のようであり、正直自転車で二十分かけて食品店へ行って帰ってくるだけでも結構な運動だと思っている。
「あと、虫とかは……お好きですか?」
「いいえ? お嫌いです」
なにを言っているんだ緑水さんは。虫をお好きな女子の人口なんてきっとめちゃくちゃ少ないぞ?
「であれば……」
んー、とまた考えてから、彼は言った。
「道中、かなり大変な思いをされるかもしれません。ですが、もしそれでも良ければ、ぜひ一緒に山寺へまいりましょう。中野さんにご参拝いただけるのなら、私としてはとても嬉しいことなので」
「ああー」
いやーでも片道一時間歩くくらいなら、いくら運動不足の私でも大丈夫じゃないかなあ。
虫については虫よけスプレーを持っていけばどうにかなるかな。
なにより緑水さんが私に参拝してもらえたら嬉しいと言っているのだから!
「全然大丈夫です! ぜひ連れて行ってください!」
私がそう言うと、緑水さんは穏やかに微笑んだ。
「では今度、お天気の良い日にでも行ってみましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます