第24話 上野スカイブリッジ、不二洞。
再び大和くんのガルウイングカスタムのワゴンに乗り込み、今度は上野スカイブリッジに向かう。恐竜センターも私が住む古民家よりさらに山奥にあるのだが、上野スカイブリッジはそれよりもさらに山奥に車を走らせること十五分、上野村という場所に存在している。
「わー。結構……スリルある系だね?」
上野スカイブリッジ。それは谷にかかる超巨大なつり橋だった。作りががっしりしているので身の危険は感じないけれど、側面の金網フェンスからは雄大な渓谷の風景がスケスケ。見ているだけで足がすくみそうだ。
橋をわたるには往復で一人百円払うようで、橋の手前に料金をいれる箱が設置されている。
「百円払ってまでして、こんな罰ゲームみたいな怖い橋を渡らないといけないの?」
「なに、あかりちん、こえーん?」
「こえーね。普通に」
「でもここ渡んねえと不二洞に行けねえからなあ」
「そう……」
「それに、そんなにこわかねーで。みてみ、みんな平気な顔で渡ってっから」
「う、うん」
確かにここは人気スポットなのか、さっきから楽しげに家族連れやカップルが料金箱にお金を入れてぞくぞくと橋を渡っていく。
そうだな、子供だって渡ってるんだし。わざわざここまで連れて来てもらったんだし。
「よしっ。下は見ないで歩こう!」
意を決し、私は橋を渡り始める。
すると背後から男の子たちの声がした。
「だれが一番先にわたれるか競争な~!」
「俺もうスタートするぅぅぅ」
「あっ、ズリィぞ」
ドタドタドタドタドタ。
小学生くらいの男の子三人が駆け抜けていく。
すると吊り橋がゆらゆら揺れ始めた。
「やめてー」
足がすくみ、立ち止まる。
「大丈夫、俺が手ぇつないでやるから」
大和くんはそう言って手を差し伸べてくれた。なんだか気恥しいけれど、仕方がないから手をつなぐ。
するとどこからか、シャボン玉が風に乗って漂ってきた。
「えっ? こんな恐怖の橋の上で優雅にシャボン玉なんかやる人がいるわけ?」
「このシャボン玉は橋から三十分おきに出てくるんだで。見れてラッキーだったな」
「へえ……橋からシャボン玉が出てくるんだ……すごい」
「綺麗だんべ?」
シャボン玉を目で追ってしまうと、なんだかそのまま自分が谷底に落下してしまうような不安感に襲われる。
私は脇目もふらずに、ただただ黙々と橋を渡った。
橋を渡り終えた私たちは売店でアイスを買った。
「ここなら見晴らしがいいでぇ」
さっそく良さげなベンチを確保してくれる大和くん。気が利くなあ。
渓谷の風景を眺めながら、バニラアイスを木べらですくって食べる。
どこにでも売っている市販のアイスなのに、なんだか美味しく感じる。
「あっ……」
アイスをぽたりとワンピースにたらしてしまった。するとすかさず大和くんがティッシュを差し出してくれた。
「きぃつけなー」
「ありがとう……」
ちょっと思うけど、女の子にモテようと努力してる男性ってえらくないか?
ちゃんと相手のこと考えて、楽しい時間を過ごせるように頑張ってくれてるってことだもんね。
今までそういうタイプの人はチャラくてちょっと、と思っていたけど、こうして一緒に過ごしてみたら印象が段々変わっていった。逆にこんなにしてもらう価値が私にあるのかな? とは疑問に思うけど。
「なんか考えごと?」
自販機で買ってきてくれた麦茶のペットボトルを手渡しながら大和くんがたずねる。
「ま、色々とね。大和くんわりといい人だなあとか」
「わりとぉ!? すげーいい人の間違いじゃねーん?」
またそうやって、わざとおどけた大声で言うので笑ってしまった。そういうところ、すっごくヤンキーっぽくて笑える。
「あかりちんはさー、なんか闇抱えてんべ?」
ふいに大和くんにそう言われ、私は驚いた。
「え? そう見えた?」
「見えた。だからあん時、声かけた」
「そうだったんだ。ありがとうね」
「別に」
照れたようにブスッとした顔で大和くんは言った。
「そう言って女を落とすのが俺の常套手段っつうやつな」
「はいはい」
心底いい人なのに、いい人そうにも見せないっていうね。
「私みたいな人と一緒にいるのは、もったいないよ。大和くん」
「私みたいなって、なにが?」
たずねる大和くんに私は心の中でだけ答えた。
――私みたいな、もう人生を半分捨ててる人間。
その後私たちは不二洞を見た。関東一の規模だという鍾乳洞は思いのほか見応えがあり、暗闇の中でライトアップされた鍾乳石はとても神々しかった。
嬉しいような、寂しいような、不思議な気持ち。
大和くんと一緒にいると、私も人間になれる気がする。
だけど人間らしくない私を肯定してくれるのは、あの人のような気がして。
「じゃあ、またな」
「今日はありがとうね」
家の前まで送ってくれた大和くんにお礼を言う。あたりはもう真っ暗で、大和くんの顔もよく見えない。
「なあ、あかりちん。またどっか行くべ?」
「……うん」
「返事がおそーい! んじゃ、またな!」
黒塗りのワゴンが坂道を下っていく。
「緑水さん」
暗闇の中、ちいさな声でささやいてみる。
当然のことながら、返事はない。
お隣の、森のように茂った木々が、風にふかれてざわざわと音をたてている。
緑水さん、こじょはんの時間だけじゃなくって、いつでも私のそばにいてくれたらいいのに。
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