第23話 ガルウィングと神流町恐竜センター。

午前九時。

うちの庭に、一台の車がやって来た。古民家にはミスマッチな、車高短にカスタムされドクロマークのステッカーが貼られた黒塗りのワゴン。


デートの待ち合わせにしては早すぎる時間にも感じるが、山での暮らしですっかり早寝早起きが板についてきた私にとってはゆとりのある待ち合わせ時間だ。


「あっ、大和くんの車かな?」


 バッグを肩にかけ、玄関から外に出る。すると黒塗りのワゴンのドアがゆっくりと……横にではなく、なんと上に開いていく。まるで鳥が翼を広げるかのごとく。


「これって……ガルウィングドア?」


 車内からはヒップホップミュージックが鳴り響く。

 やがて羽が完全に開くと、大和くんが車から出てきた。


「よっす」


 あくまでもクールに、ジーンズのポケットに片手を突っ込んだまま挨拶する大和くん。最近日差しの強い日が増えてきたせいか、筋肉質な腕は小麦色に焼けているし、真っ黒いサングラスもかけている。

 髪はきちっとワックスかなにかでセットされ、ぴったりめの無地のTシャツにはシンプルなロゴのみ。いつもはふざけたTシャツを着ているけれど、今日はデートということでファッションにも気合が入っているのが感じられる。

 

一方私は最近お出かけ着なんて買っていなかったから、部屋で着るのにも楽だと思って二年ほど前にアジアン雑貨店で購入した、モン族という少数民族のゆったりしたワンピースだ。自然な風合いが大和くんの雰囲気に似合ってない気がするけど大丈夫だろうか。


「ねえそれすごいね。ガルウィングでしょ?」

「おっ。よく知ってんね」

「前にテレビ番組で特集してるのをたまたま見たから……」


 空にむかって持ち上げられた車のドアを見上げる。なんか急に落ちてきたりしないか不安になる。


「じゃ、さっそく恐竜センター行くんべぇや」

「うん。お願いしまーす」


 大和くんの車に乗り込む。キツめに香るカーフレグランスと重低音の効いたBGM。なんだか異国に迷い込んだみたい。

 自分とは全然違う文化の中に足を踏み入れるのも、それはそれでわくわくする。



 神流町恐竜センターまでは、車で十数分の距離だった。


「車って便利だねぇ。ネットで調べたら自転車だと一時間以上かかるって出たから、自分じゃ来られないと思って諦めてたの。でも車だとあっという間」

「そうだんべー? まあ車に乗りたい時はいつでも俺に言いなー」


 しかし大和くんと恐竜センターだなんて、妙な気分だ。私が行きたいって言わなかったら、絶対大和くん恐竜センターになんて行かないんだろうなと思う。


「外にも恐竜の像があるね」

「写真撮ってやるよ。そこに立ちなー」


――カシャッ。


「これでどうかい?」


 大和くんの撮ってくれた写真を見る。あ、結構いい構図!


「大和くんってわりと写真撮るの上手なんだね」

「まあな。俺は子供の頃から、絵とか描くんは好きだったんさ」

「そうなんだ!」


 意外な一面!


「さーいくべいくべ」


 大和くんはサングラスを外してTシャツのえりにさっと刺し、颯爽を歩き始める。

 辺りを物珍しげに見渡しながら、私もひょこひょこ、その後をついていった。


 

「サウルスくんや、逃げるんじゃ!」

「ふわわわわぁ!」

「モンゴル最大最強の恐竜、タルボサウルスのお出ましだぁ!」


 私と大和くんは、恐竜センターの中にあるライブシアターを見ている。

 近未来の人型ロボット? と思うほどやけに精巧な作りをした博士と、非常に二次元的な作りをしたサウルスくんが会話している。


――ズシン、ズシン。


 大きな足音と共に、どでかいタルボサウルスが現れた。ちゃんと身体が動いている。


「グオオオオオオ」

「おお……」


 思わず私は小さく声をあげた。

 こんな山の中の恐竜センターなのに、結構すごいなライブシアター。

 隣の大和くんはライブシアターを食い入るように見つめ続けている。

 ねえ、意外と見入っちゃうよねえ。



 その後様々な化石を見て回り、気づけば十一時半ごろになっていた。


「どう? 腹減ってる?」

「うん、わりと」

「じゃあここで食ってぐか」


 私たちは恐竜センター内のカフェでお昼を食べることにした。


「意外とオシャレなカフェだね」

「そうだんべ?」


 大和くん、自分のことのように自慢げだ。


「えーっと私はレックスバーガー」

「俺も」


 食券を買い、席について待つことにする。大和くんは気を利かせてお水をもってきてくれた。一緒にいるうちに段々わかってきたが、彼はかなり紳士的だ。ぶっきらぼう風を装ってはいるが、まるで私を姫かのようにエスコートしてくれるようなところがある。ドアを開けて先に通してくれたり、お手洗いに寄らなくていいのか確認してくれたり。


「ありがとう。大和くん」

「いや、全然」


 お水を飲んで一息つくと、大和くんが言った。


「どう。楽しい?」

「うん、楽しいよ。おかげさまで」


 なんだかこのところ、山でののどかな暮らしに慣れてきつつあったが、こうして大和くんと観光に出かけるのはまた別の楽しさがあることに気づかされる。


 それに彼のことを「ヤンキーだ」と勝手に自分の頭の中でレッテルを貼っていたけれど、髪型や服装、言葉遣いだけで人を判断すべきじゃないなと感じた。


「この後はスカイブリッジ行って、最後は鍾乳洞だ」


 スマホを見ながら予定を確認している。几帳面だなあ大和くんは。

 きっとこんな彼氏が欲しいって女の子は、たくさんいるだろう。


「大和くん、実はモテるんじゃない?」


 ふとそうたずねると、照れくさそうに大和くんは言った。


「実はってなんだいね。俺はフツーにモテるで?」

「そうなの!?」


 それはそれでビックリして、思わず口を半開きにして笑ってしまった。


「あははははは!」

「あかりちん俺のこと馬鹿にしてんだべぇ!」


 頬を赤くしながら、大和くんが叫んだ。


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