第22話 こじょはん、つとっこ。

「もう三時かあ」


 んー。と私は伸びをする。今日はもう、緑水さんは来ない。

 なんでも、管理している古い山寺のお掃除をするために出かけるのだそうだ。山奥にあるので一日がかりになってしまうらしい。わざわざ今朝、私にそう告げにきてくれた。



「なのでこちらをどうぞ」


 緑水さんはそう言って、葉っぱで包まれた小さな包みようなものを差し出している。


「えっ、いいんですか? ありがとうございます。……ちまきですか?」

「まあ、ちまきにも似ていますね。つとっこというものです」

「つとっこ……?」

「とちの葉でもち米と小豆を包んで茹でたものです。今日は山に入るので、自分の携帯食にしようと思って朝から作ったんですよ。たくさんできたのでお裾分けです」

「わざわざすみません。食べるの楽しみです」


 私はつとっこを三つ受け取った。


「それでは行ってきますね」

「お気をつけて!」


 緑水さんは手を振り、出かけて行った。



「はー、緑水さんの管理している山寺って一体どのへんにあるんだろう」


 今度一緒に行ってみたい気もする。考えてみれば緑水さんがうちに来ることばかりで、緑水さんとどこかに出かけたことはない。

 おでかけ、してみたいなあ。


「……一人でこじょはんにしますか」

 私は作業中のデータを保存し、席を立った。


 麦茶をコップについできて、準備完了。今日は居間で食べることにした。

 さーて、つとっこいただきます。

 実は既に、お昼ご飯として二つ食べてしまったから、もう残り一つしかない。


――とその時、大家さんがやって来るのが見えた。わたしは縁側のガラス戸を開いて出迎える。


「こんにちは~」

「どうもぉ。あれ、こじょはんかい」

「はい。ちょっと休憩中です」

「ん? そりゃあ、つとっこじぇねぇ。どうしたん、誰かにもらったん?」


 大家さんは私の手元にあるつとっこをまじまじと見つめている。


「ええあの……」


 緑水さんって言っちゃうと、またそんな人はいないだの幽霊だの、言われてしまうかも。


「なんていうか、ちょっとそこで出会った人に、いただいて……」

「あ、そうなん。どんな人だったんかい?」

「えっと……。男の人です……」

「へぇ?」


 無表情の大家さん。うう、怖い怖い。


「今日はさあ、こないだもらった東京みやげのお礼に、たけのこの煮物を持ってきたんだいね。食うだんべ?」

「あっ、はい。嬉しいです! いつもすみません。いただきます」

 エヘヘ、と笑いながら受け取る。大家さんのたけのこの煮物、柔らかくておいしいんだよなあ~。

 なにか考えながら、じっと私の手元に見入っている様子の大家さん。


――怖い怖い!


「いやあしかし、つとっこなあ。昔はよく作ったんだけんども、最近そういやあ、めっきり作ってねぇなあって思ってなあ。うんめぃやいね。今度作るんべぇかな」

「ああー。そうなんですね」


 なんだ、だからまじまじと見つめていたのか。


「半分食べます?」


 そう言って差し出すと、大家さんは首を横に振った。


「いんや、大丈夫」

「そうですか」


 パクッとひと口頬張る。もちもちして、とちの葉の香りも良くて美味しい。


「そういやあ、こないだ大和と鯉のぼり祭りに行ったんだんべぇ?」

「あ、ふぁい」


 つとっこを食べながら答える。


「なあに? いい感じなんかい?」

「うっ」


 もち米がのどに詰まりそうになった。危ない。

 麦茶でごくごく流し込む。


「いい感じとかではないですけど、大和くんには親切にしていただいてますよ。車で出かける用事があれば、いつでも声かけてって言ってくれて。今度一緒に、上野村にあるスカイブリッジっていうところに行く予定なんです」

「そうかそうか。大和は、見た目はちっとこえぇかもしんねぇけど、根はいい子だかんねぇ。ああいう子を旦那さんにもらったら、いいかもしんねぇよぉ?」

「あはは」


 笑って流したが、大家さんの目はキラキラ輝いたまんまだ。


「どうなんかい?」

「いやー。でもー。まだちょっとー。全然そんな感じではないですぅ」

「なんだ、そうなんかいね」


 大家さん、少しがっかりしたようだ。


 ごめんなさい大家さん。でも私、ひきこもり生活が好きなオタクだから、ピアスしているヤンキーとはきっと合わないと思うの……。


 苦笑いしている私に、大家さんは顔を寄せてたずねた。


「あかりちゃん、もしかして本当は、別に好きな男があるんじゃねぇんかい?」

「ひぃっ……」


 ぐいっと寄せた大家さんの顔が怖くて小さく悲鳴をあげてしまった。だってなんか、こういう時の大家さん、すごい迫力なんだもの。


「いやーまあ。ねぇーどうかなあー」


 なんとも答えられない。

 私にもよくわかってないし。


「ふむ……」


 大家さんは顔をあげ、一旦引いた。思わずふぅ、と息を吐く。

 だが大家さんは、もう一度私に顔を寄せ、言った。


「あかりちゃんねえ……」

「はぃ……」


 じーっと私の目を見て、いつになく大家さん真剣だ。

 低い声でゆっくりと、大家さんは言った。


「化かされてるうちは幸せでも、化けたもんと一緒にはなれねぇんだで。おつきあいすんならちゃんとした男にしときなぁ。さもないと、婚期を逃すでぇ」

「…………へ?」


 なんで大家さん、化けたもん、だなんて。

 まるでなにかを、知っているみたいに。

 ふっとまた、大家さんが距離をとる。


「なぁんてな! あはははははは! まあこれは、ばあさんなりの教訓つうやつだい。じゃあ、悪かったんね。急に来て。また来るかんね」

「あ、はい」


 ニコニコしながら、何事もなかったかのように大家さんは去って行った。


 ……化かされてるうちは幸せでもって、なんだろう。

 例えかな。


 そうだ、例えかもしれない。変な男に騙されるな、みたいなね。ばあさんなりの教訓って言ってたし。

 そうだそうだ。


 とりあえずは、そう思っておくことにした。

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