第16話 大和くんとおばあちゃん。こんにゃくの酢味噌和え。

「こんにちは」

「よっす」


 私が挨拶すると、少し照れくさそうに大和くんはぶっきらぼうな返事をした。


「あれぇ、こちらさんがあの、東京から来たっつう人かいね?」


 売り場の椅子に腰かけているおばあさんが大和くんにたずねる。


「そーだよっ」

「なんだいねその態度は。まーったくしょうもないんねぇ」


 そう言っておばあさんは私に困ったような顔で笑いかける。

 大和くん、おばあちゃんの前だと思春期の少年に戻っちゃうのね。と微笑ましく思う。


「こちらのこんにゃくって、おばあちゃんが作られたんですか?」


 たずねるとおばあちゃんは嬉しそうに答える。


「そうだでぇ。全部一から手作りしたんさ。うちは昔はこんにゃく農家だったんだいね」

「へえ~。すごいですね」

「こんにゃく、試食する?」


 そう言ってぶっきらぼうに大和くんは、紙容器にのせたこんにゃくの酢味噌和えを差し出してくれた。


「いいの? ありがとう」


 ひと口食べて、私は驚いた。

――このこんにゃく、スーパーで買うのと違う。


 私が知っているこんにゃくはみんな、つるりとした滑らかな表面だった。でもおばあちゃんのこんにゃくは、デコボコした舌触りでたくさんの気泡が含まれている。その細かなデコボコに酢味噌がよく絡んで美味しい。食感もシコシコして弾力がある。


「私、こんなに美味しいこんにゃく食べたの初めてです」


 正直にそう言うと、おばあちゃんは目を細め、両手を合わせて喜んでくれた。


「まあ~、嬉しいこと言ってくれらいねぇ。はぁこんにゃく作りもやめんべーかと思ったけど、もうちっと続けてみるかな」


 おばあちゃん、可愛らしいなあ。


「じゃあすいません、このこんにゃく二袋いただいていいですか?」


 一袋は緑水さんにあげよーっと。


「はあい、まいど」


 おばあちゃんはこんにゃくを袋につめながら、大和くんに言った。


「ちっと二人で屋台でも見てくればいいじゃねぇ」

「あ? だってばあちゃん忙しいだんべ?」

「この時間はそこまで人もいねぇから。ちっと行ってこい、ほらぁ」

「わかったから……」


 大和くんは困ったような顔で私に「ちっといいか」と言う。私も二人のやりとりを見ていたのだから断れない。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 そう答えると、おばあちゃんはニンマリと満足げに笑った。



 大和くんと二人で鯉のぼり祭りの会場を歩く。


「あっちに鮎の塩焼きとか焼きまんじゅうがあるで」

「うん、さっき両方とも食べた」

「さっすが!」


 大きな声で大和くんが叫ぶ。よく見れば今日のTシャツには“I LIKE CAR”とプリントされている。


「車が好きなんだね」

「おう」


 大和くんは自慢げに、自分のTシャツをピピッと指で引っ張ってみせた。


「今度どっかに車で連れていってやってもいいで?」

「ええ? いいって」

「遠慮すんな。ちっと買い物行きてぇ時とか、気軽に連絡くれりゃすぐ行くで」

「いやいや、そんなこと頼めないよ」

「行きてぇだろ色々? ベイシアとかコストコとか」

「大和くんコストコに行ったことあるの!?」


 思わずびっくりしてたずねると、大和くんは眉間にしわを寄せた。


「ああん? あかりちん俺のことナメてんべぇ? コストコぐれぇ行ったことあるって!」

「そうだったんだ。そうだよね、車があれば日本全国どこにでも行けるもんねっ」

「日本全国どこにでもってほど遠かぁねぇよ。一時間もあれば行けるで」

「あ、そうだったんだ」


 ここから意外と近かったんだ、コストコ。


「でも私、買い物はアマゾンとかで済ませてるから……。逆にこのあたりのことをもっと知りたいかなあ。観光名所とか」

「それだったら、上野スカイブリッジに今度行ってみんべぇ」

「上野スカイブリッジ?」

「でっけぇ橋があって、観光名所になってんの。知らねえ?」

「うん、知らない」

「じゃあ行ったほうがいいな。決まり! 俺の愛車でスカイブリッジに連れてってやるよ。再来週の日曜日あたりとか、あかりちんどーなん?」

「えっ……でもそんな、貴重な休みの日にねぇ……」


 やんわり断ろうとしたが、大和くんは一歩も引かない様子だ。


「俺のことは気にすんなって。せっかくこのへんに住んでんのに上野スカイブリッジにも行ってねぇんじゃ、もってーねーから」

「そ、そうかな」

「行くんべ行くんべ」


 楽しげにそう言われると、とてもじゃないが断れない。


「じゃあ、連れて行ってもらおうかな」

「うっし」


 大和くんはグッとガッツポーズを決めた。


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