第17話 こじょはん、酒まんじゅう。
「はぁあ……」
気の抜けた声を放ち、机に突っ伏した。
仕事、やる気しなぁい。
昨日鯉のぼり祭りの会場に行った疲労感がまだ抜けない。
いっぱい食べたなあ。
アイドルのステージもやってたっけ。
久々に買い物もした。地酒とかお味噌とか、木製のマグカップとか。
なめらかな形状の木製マグカップは手に持った感触が優しいのが気に入り、少々お高かったのに二つ購入してしまった。
一つは自分の分。一つは緑水さんの分だ。
これで何を飲もうかねえ。コーヒー、紅茶、コーンポタージュ。
――眠っ。
とその時、声がした。
「中野さん、こじょはんにしましょう」
緑水さんだ!
「いらっしゃーい」
私はマグカップを手に持ち、すぐに玄関に飛び出していく。
「今日のおひつじ座の運勢は……。おや? それは何です?」
「昨日買ったマグカップです! とっても触り心地がいいんですよ」
「へえ、見せてください」
緑水さんはマグカップを一つ手に取り、撫でている。
「つるつるで丸みを帯びていて、なごみますね」
「そうなんですよ」
良かった。良さがわかってもらえて。
「これで緑水さんとコーヒーでも飲みたいなって思って」
そう言うと、緑水さんは顔をくしゃっとさせて嬉しげに笑った。
「それはいいですね。うん、コーヒーが意外とアレに合うかもしれませんね」
「確かに」
めずらしく私、今日のこじょはんが何なのかはすでに知っている。材料の一部を用意しておいてほしいと前もって頼まれていたのだ。
「買っておきましたよ。お酒と重曹」
「ありがとうございます」
緑水さんは草履をそろえて板間にあがる。
「私も持ってきましたよ。小麦粉とあんこと酢」
今日のこじょはんは、酒まんじゅうだ。
「では今日は一緒に作りましょう」
言いながら、緑水さんはボウルに酒、酢、砂糖、重曹を入れていく。
「これをかき混ぜていてください」
「はいっ」
言われたとおりにかき混ぜていると、緑水さんは小麦粉をふるいにかけ、それをボウルの中に入れた。
よく混ぜ合わせたら、生地にぬれぶきんをかけてねかせる。
「これでしばらく放置です」
「ではその間、ゴロゴロしますか?」
「いいえ。中野さんはお仕事をしていてください。三十分ほど時間が空きますから」
「そうですか……」
私はシュンとする。
「その間に、庭の草むしりをしておいてあげますよ」
緑水さんはそう言って腕まくりを始めた。
私が何も手入れしないせいで、庭のあちこちに草が伸び始めている。
「あーじゃあ、私も草むしりをします」
普段は草むしりする気なんておきないのだけれど、今は仕事をするより草むしりをしたい気分。一人だとやる気がおきないのに二人だと俄然やる気が出て来ちゃうときって、ある。
そうして草むしりをしたり、結局すぐに疲れてしまい縁側でゴロゴロしているうち、すぐに三十分が経過した。
「では生地をわけて、あんこを詰めていきましょう!」
「わーい!」
実は私、この工程を楽しみにしていたのだ。
数日前、緑水さんに「一緒にこじょはんを作ってみたい」とリクエストしてみたら「それならおまんじゅうを作るのなんかいかがですか?」と提案してくれた。おまんじゅうの作り方を聞いたときから、この作業を緑水さんと二人並んでするのは楽しそうだな〜とわくわくしていた。
生地を分け、あんを入れて丸めていく。あんは緑水さんが炊いてきてくれたつぶあん。きっととっても美味しいだろう。
緑水さんと並んでせっせとおまんじゅうを作る。うーん、この無心になって作業できる時間が最高よね……。むにっとした生地の感触にも癒されるし、作り慣れてくると段々上達してくるのも嬉しい。
「お料理って、楽しいですね」
「そうですよ。楽しいんですよ」
「今、気づきました。緑水さんのお料理教室のおかげで」
「あはは、お料理教室だったんですね」
本当になんでもない会話。
だけど緑水さんと言葉を交わすだけで、心が癒される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます