第13話 こじょはん、めしゆでやきもち。


「はぁー、ねむ」


 大あくびをして瞼をこする。

 このところ仕事が忙しい。昨夜は徹夜で作業をして、朝方になってようやくお布団に入った。だがそれほど熟睡もできず、少し前に目を覚ましたものの身体がダルい。そしてダルいと作業が進まないという悪循環。


「もうすぐ二時かぁ」


 いつもこのくらいの時間になると、そろそろ緑水さんが来るかなあ、なんてそわそわしながら外を眺めるようになってしまった。


「今日はなんだろう~」


 するとさっそく、緑水さんがやって来た。


「あっ、緑水さん」


 彼の姿を見たことで、半分眠っていた身体が目覚めるように、意識が冴えていく。

 私はすぐにデータを保存して一旦ファイルを閉じ、土間へ向かって緑水さんを出迎える。


「こんにちは、中野さん。こじょはんにしましょう。ちなみに今日のおひつじ座の運勢は、恋愛運が少しいいようですよ」

「恋愛運ですかあ。ところで今日のこじょはんは何ですか?」


 たずねると、緑水さんは穏やかな笑みを浮かべる。


「今日は、めしゆでやきもちです。中野さん、ご存じですか? めしゆでやきもち」

「ご存じじゃないです!」


 なにそれー。きいたことない。


「きっと気に入っていただけると思いますよ、めしゆでやきもち」


 そう言って緑水さんは目を細めた。そのお顔が少し狐に似ているようにも見えて、私は思わずドキっとした。


 私は気づいてませんよ~緑水さん! 全然、なんにも見てないし、緑水さんのこと化け狐だなんて思ってないですから!


 そんな風に私が内心焦っていることを緑水さんは知っているのかいないのか。

 まったく至っていつも通りに、落ち着いた様子で脱いだ草鞋を揃え、土間から板の間に上がった。

 

「中野さん、冷凍ごはんってあります?」

「ありますよー」


 冷凍庫から小分けにしたごはんを取り出す。最近私は週に一度だけまとめて白米を炊き、それを小分けに冷凍するようになっていた。そうしておけばご飯とレトルトカレーを温めるだけで食事になるし、たまに緑水さんや大家さんが漬物や煮物をくれるので、それをおかずに食事にしたりもできる。


 緑水さんは冷凍ご飯をレンジで温めた。そして大きなボウルにご飯、小麦粉、ふくらし粉を入れてこね始める。


「へえ、ご飯に小麦粉を合わせるんですか」


 興味が湧いて、じっと緑水さんの手つきを眺める。緑水さんのこねかたが器用で、いかにも料理が美味しくできあがりそうに感じる。

 やがてやわらかくまとまった生地を緑水さんはコロコロ丸めてから平べったく潰した。


「あ、私もやります」


 手を洗い、私もコロコロしてからベチョンと潰す。うーん、不恰好。

 できあがったものを、今度は沸騰したお湯で茹でていく。


「めしゆで、ですね」

「はい、ゆでております」

「そのあと、焼くんですね」

「はい。そうなります。ところで中野さん、今日はお仕事のほうは大丈夫ですか?」

「ええ、一応……夜頑張ります」

「夜頑張らないと終わらないんですね?」


 心配げにたずねる緑水さんに、私は言った。


「ええまあ。でも、こじょはんのほうが大事ですから! もうお腹すいちゃって、今仕事しようと思ってもできないですよ」

「なら、仕方ないですね」


 緑水さんは苦笑した。


 ゆであがったら、今度は油をひいたフライパンで焼いていく。


「こうして、きつね色になるまで焼くんですよ」

「ほう……」


 きつね……色ねぇ……。


「これに砂糖醤油をつけていただくんですが、きなこをつけても美味しいんですよねぇ。でもあいにく今日はきなこがなくて」

「ありますよ、きなこ」


 そう言うと、緑水さんは驚いたような顔をした。


「えっ? 中野さんのお宅にきなこがあるんですか?」

「いや逆に、なんでうちにきなこがあることにそんなに驚くんです?」

「中野さん、健康に良さそうな食べ物は買わないイメージだったので……」

「そんなことないですよ! でも確かに以前の私ならきなこなんて常備してませんでしたけど……最近緑水さんがよくお料理しにいらっしゃるから、あったら何かに使えるのかなあって思って……。この前食品店で見つけたときに買っておいたんです」

「そうだったんですね。私の影響で」


 緑水さんは嬉しげに微笑んだ。


「そうなんです。私、緑水さんのおかげできっと、少しずつ健康になってますよ」

「それは良かった。さあ、そろそろいい塩梅ですよ」


 緑水さんは火を止め、砂糖醤油ときなこを用意し始めた。私はお茶を淹れておくことにした。


「いただきまーす」


 めしゆでやきもち。見た目はおやきみたいかな。まずは砂糖醤油でいただく。


「ふぁ~、外はカリカリ、中はもちもちしてるけど、お餅ほどの粘り気はなくてまた違った食感で……。素朴で美味しいです。砂糖醤油がよく合いますね」

「気に入っていただけて良かったです。中にねぎやニラを入れてもいいんですよ」


 今度はきなこをつけて。


「あっ……私はこれが好きですね……」

「そう、きなこもいいんですよ……」


もちもちのめしゆでやきもちをきなこにぎゅっと押しつけ、たっぷりくっつけていただく。甘く香ばしいきなこの風味や粉っぽさが、素朴なめしゆでやきもちに新たな魅力を与えてくれる。


お腹にたまりそうだからいくつも食べられないかと思っていたけど、これは案外いけちゃう系だわ。


 黙々と、めしゆでやきもちを食べながらお茶をすする。

 やがてお腹がふくれてきたころ、ようやく私は箸を置いた。


「ちょっと休憩です……」

「中野さんっていつもすごく集中して食べますよね。まるで呼吸を忘れて食べているように見えて、たまに心配になりますよ」

「お腹が……空きやすいので」


 よくわからない言い訳をした。お腹が空きやすい人っているのかな……。

 ずずず、とお茶をすする。ふー。平和平和。


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