第12話 異文化交流。
食品店で買い物を済ませ、外に出ると声をかけられた。
「ねえ、あんた」
「……え?」
振り返るとそこには髪を明るい茶髪に染めた、どことなくヤンキーっぽい男の子が立っていた。二十歳前後だろうか。身体つきは筋肉質で、男性には珍しく眉を整え、ピアスもつけている。
一見こわもてなのだけれど、筆文字で「車高短」と書かれたTシャツを着ているのが、なんだかひょうきん。
「あんた、最近越してきたっつう人?」
不機嫌そうな顔つきで彼はたずねる。だがこの不機嫌そうな表情は、よくヤンキーがやる「かっこいい雰囲気づくりの一環」であるように感じられる。
「……そうですけど」
なぜ、私が引っ越してきたことをこの人は知っているんだろう? 今いる場所は私の住むあたりから結構離れているのに……。田舎の情報網は恐ろしい。
「見ねぇ顔だったんでさ。なに、晩酌の準備?」
そう言いながら彼は、私の持つ買い物袋の中身をじろじろ眺め始めた。
「スーパードライと柿ピーかぁ」
「あの、このあたりに住んでるんですか?」
プライバシーを侵害された気分になって少しムッとしてたずねると、彼は「ククク」とわざと声に出して笑った。
「そりゃあ、このへんに住んでるんじゃなかったら、こんな店にこねぇだんべぇ」
「まあ、そうかもしれませんけど……。あの、お名前は?」
「ああ、俺? 新井」
「また新井さん……」
思わず顔をしかめてしまった。すると彼は笑いながら言った。
「新井が多すぎてわかんねえって? 俺は、新井大和(あらい・やまと)」
「大和さん」
「ねーちゃん、名前は?」
「中野朱里です」
「ふーん、あかりちん」
勝手に変なニックネームをつけられてしまった。二十五歳で、あかりちんって……。
「俺のことは大和でいいから。あと敬語はやめようや」
「人を呼び捨てにするの苦手なので」
はあ、面倒な人に絡まれちゃったな。気が重い。
「どうなん、あかりちん? 越してきて、なんか困ってることないん?」
「まあ最初のうちはちょっと困ってたけど……。今は結構慣れてきたかも」
「自転車で買い出し? 車は持ってねーんかい」
「もう少し様子を見てから買おうかと思ってて。免許はあるけどペーパー免許みたいなものだし」
「そっかあ。でもそれじゃ、どこも行けなくて不便だんべぇ?」
「まあ。でも田舎でゆっくり過ごしたかったから、今の暮らしに特に不満はないかな」
緑水さんとのこじょはんが、毎日楽しみだしね。
「ふぅん。変わってんだなー。俺なんか、遊びたくて仕方ねぇけどね」
「遊び……。パチンコとか?」
途端、大和くんは顔を歪ませた。なんかちょっとショックをうけたような顔をしている。
「あかりちん、俺のこと馬鹿にしてんだんべぇ!」
突然大声で言われてちょっとびっくりしつつも「ははは」と笑ってしまった。
「なんかごめん、パチンコって決めつけて」
「俺がパチンコべぇしてそうに見えるってことだんべえ? んなこたねぇで。イオンモールにも行ったりしてるんだでぇ?」
「そっか、イオンモールに……意外」
「意外じゃねぇだんべえなー! まったくあかりちん、俺のことおちょくってぇ」
そう言いつつ、恥ずかしかったのか大和くんの頬は少し赤くなっている。その様子を見ると不思議と親近感が湧いてきて、またアハハと笑ってしまった。
やーでも、さすがヤンキーだなあ。短時間で人との距離をどんどん詰めてくる。
「まあ、なんか車出してほしいときは俺に連絡しなー。ライン交換しとくんべぇ」
そう言って大和くんがノリノリでスマホを取り出したので、さすがに私はびっくりしてしまった。
「あの……もしかして私の歳とか……勘違いしてない?」
「んあ?」
大和くんは目をまんまるくして私を見つめる。
「いやべつに? 二十四・五ってところだんべ?」
「うん……。二十五歳」
なんだよー。若いギャルと勘違いしてナンパしてきたわけじゃないのかよ。
だがよく考えてみれば、どこからどう見ても私の容姿は若いギャルではなかった。
「歳ってなんで?」
「こんなお姉さんじゃなくて、もっと若い子と遊べば? って」
遠慮がちにそう言うと、大和くんは「いやいや」と首を振りながら言った。
「俺、二十一。あんた二十五。誤差の範囲だいな。はーいとっととライン交換。一人暮らしなんだから頼れる人は一人でも多い方がいいだんべぇな」
「う、うーん」
なんか腑に落ちない上にちょっと嫌だったけど、流されるままにラインを交換することになってしまった。
「へぇー、アイコンがアニメキャラの絵だで。あかりちんってオタクなん?」
「あっ……」
しまった、やっちまった。会社の人はオタク文化に寛容だし、友達も大体オタク的な趣味をもってるから、こういうアイコンでも問題ないだろうなと思っちゃってた……。
「えーいいんじゃね? 全然。俺だって漫画好きだで」
「ははは」
力なく笑う。
「そうだ、あかりちん、もうすぐ鯉のぼり祭りなんは知ってる?」
スマホをポケットにしまいながら大和くんは言った。
「鯉のぼり祭り?」
「そう、毎年五月にやるんだよ。そこの渓流のとこに長いロープを何本も張ってさ、すげー数の鯉のぼりを流すんだよ。たしか八百匹だったかな」
「へー。それは凄そう! 見たいなあ」
そういえばここに越してくる前に神流町について調べたときに、鯉のぼり祭りの写真をちらっと見かけた気もしてきた。
「その時はこの辺にも観光で人が来て賑わうで。テント張って特産品を売ったり、サウルスくんが来たりさ」
「サウルスくん?」
たずねると、大和くんは信じられないという顔になった。
「はあ? あかりちん、サウルスくん知らねえん?」
「うん、知らないけど」
「なにぃ、じゃあまだ恐竜センターも行ってねぇんかい」
「うん。この近くにあるんだっけ?」
そういえば、そんな看板を見たことがある気がする。
「あるって。っつうかそれしかねぇ」
「そんなにも重要な施設だったんだ」
「まあ、一度行ってみれば。結構すげぇと思うよ。色んな恐竜の化石があるし、恐竜が動くライブシアターもあるしさ。まあそこのキャラクターが、サウルスくんっつうんさ」
「へえー。じゃあ今度行ってみるよ」
段々興味がひかれてきた。大和くんと話してみて良かったかも。
「うん、行ってみな。じゃあもう暗いし、気をつけて帰んなよ」
「あ、うん。ありがとう大和くん」
そう答えると、大和くんはニカっとわらってグッと親指を立てるポーズをとって見せると、勢いよくバイクにまたがり、去って行った。
「はあぁ、異文化交流」
そんな独り言をつぶやきながら、私も自転車を漕ぎ始める。もうすっかり暗くなってきちゃった。早く帰ろーっと。
ペダルを漕ぐリズムにあわせて、頭の中に歌が流れる。
スーパードライと山菜のてんぷらっ♪ スーパードライと山菜のてんぷらっ♪
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