お迎え
けぶるような雨だった。傘を持っていても、外に出るのを躊躇うほどの。けれど、学校に居座る理由もなくて――というより、一刻も早く離れたくて、時也はしぶしぶ傘を差した。
玄関先には水たまり。仕方なく足を踏み入れれば、スニーカーは直ちに浸水した。靴下が湿るのに憂鬱な気分になりながら、一歩また一歩と前に踏み出す。
雨が傘を叩く音だけが耳に入った。静かだった。足元は不快だったが、雑音がないのは心地よかった。親を亡くしたばかりの時也を、周囲は放っておいてくれない。煩わしくて仕方がなかった。慰めも哀れみも、時也は望んでいない。
このまま一人で雨に紛れて消えてしまえたら――。
校門まで来たところで、誰かが立っていることに気が付いた。この中学校の制服ではない。それ以前に影は小さい。十歳くらいの女の子が、傘を差して立っている。左手に、雨合羽を着た小さな男の子を連れて。
女の子がこちらを見た。年齢に見合わぬ落ち着いた眼差しで時也を見上げ、表情をほころばせる。
「おかえりなさい。迎えに来たよ」
音が消えた。世界から、時也と女の子たちだけを残して、すべてが真っ白に染まった。男の子が、女の子から手を放し、とてとてとおぼつかない足取りでこちらにやってくる。まん丸の目で時也を見上げて、抱っこをせがむように両手を広げる。
熱くなる目頭を、時也は押さえる。
それから傘を放り投げて、男の子を抱き上げた。
傘を畳んだ女の子が、嬉しそうにこちらを見る。時也は片手で男の子を抱え上げ、もう片方で女の子の手をつないだ。
「ありがとう。俺……」
胸からあふれ出す思いは、言葉にならなかった。それでも、すべてわかっている、と女の子は優しく手を握る。
「一緒だから」
「……ああ」
時也は三人で、白い世界を踏み出した。標も何もない道を、両手の温もりだけが導いた。足取りに迷いなく時也は進む。これまでの世界に心の中で別れを告げて。
雨打ち据える校門に、捨てられた傘だけが残された。
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