今はまだ耐え忍ぶ

「いい加減目をお覚ましになってください!」

 絞り出されたような恫喝は、切実さをはらんでいた。四十を越えた男は、まだ成人したばかりの年若い王に縋り付かんばかりに詰め寄った。

「なぜそう民を傷つけるようなことばかり! 暴虐にもほどがある! かつてのあなたは民を想い、慈悲にあふれた誠実な――」

「耳障りだ」

 臣下の訴えを、王は冷酷に打ち捨てる。まだ幼さの残る顔に浮かぶは非情。睥睨する眼差しは虫けらを見るようだ。

「王!」

 それでも、と一歩前に出るその男の前に、私は立ちはだかった。腰の剣に手を添え、引き抜きざまに一閃する。血しぶきの向こうに、驚愕に見開かれた目。その胸をそっと押しやれば、男は床に倒れた。

「……よくやった」

 凍り付いた空気を割る王の言葉に、静かに頭を垂れる。

「始末しておきます」

「任せる」

 踵を返し、玉座を後にする王を見送り、私は傍らに待機する兵士を招いた。ぎこちなく近寄る兵士に、ただ一言。

「今すぐ表に捨ててこい」

 倒れた男を担ぎ上げようとした兵士の顔色が、変わった。見上げる兵士に、私は一つ頷いてみせる。

「二度と王の目に触れさせるな」

 表情を明るくする兵士の無防備さに、内心で苦笑する。今、王がここに居なくてよかった。彼を見たら、せっかくの芝居が見破られてしまう。

 あの男は今後もこの国に必要だ。王を諌めようとした忠臣を、みすみす殺させるわけにはいかなかった。だが、あのまま放置しておけば、王自ら剣を振るっていたことだろう。そうしたら、まず命はない。

 だからその前に、私が剣を振るった。死んだように見せかけて、ひそかに逃がすために。

 死体を担いだ兵士を見送って、一つ息を吐く。見上げた天井には、かつて世界を救ったという初代王の物語が描かれている。

 勇ましく心優しかったあの王は、再来となるはずだったのに。

 いつからか狂ってしまった運命の針に拳を握りしめながらも、私は胸に決意を燃やす。痛みに耐えながら、機が訪れるのを待つ。

 いつの日か、かつての心優しき王を取り戻すために。

 今はまだ、耐え忍ぶ時だ。

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