リハビリ作

時を超える恋人

 アリスの手元の懐中時計の針が、逆転をはじめた。萎れた勿忘草が、みるみるうちに青い色を取り戻していく。

 まるで魔法のような現象に、僕はただ目を瞠るばかりだった。すっかり崩壊してしまった都市も、目に入らないほど。

 握りしめた繊手が離れていく。浮遊した彼女の身体を光の粒が包み込む。

 慌てて彼女の手を掴もうと、手を伸ばす。けれど、すんでのところですり抜けてしまう。

 何度も何度も繰り返して、しかし僕は彼女の手を掴みそこねていた。

「大丈夫」

 輝きに包まれる向こうで、アリスはふんわりと笑う。焦る僕をなだめるように。けれど、何処か寂しそうに。

「貴方が私を判らなくても、私が貴方を見つけるから」

 アリスの声は、だんだん遠くなっていく。彼女の姿もまた、おぼろげになっていく。行ってしまうのだ、と悟った瞬間、僕の目が、胸が、熱くなった。

「今度こそきっと、私が貴方の望む未来を創ってみせる」

 だから安心して。

 アリスの声が消えていく。彼女の儚い姿も、光に呑まれて消えていく。

 そして、僕だけが残された。曇天の下、破壊し尽くされた世界の真ん中に。

 地面に溢れた勿忘草の花束が、埃っぽい風に煽られてアスファルトの上を転がっていく。

 頬を熱いものが流れていることには気がついていた。けれど、涙を拭う気力もなかった。独り残された。その事実が僕を打ちのめして。

 どこからともなく、鐘が鳴る。重厚で神聖な、刻の音。

 灰色の空が崩れ落ち、瓦礫の大地が浮遊する。無の一点に収束されていく。選択を間違えてすべてを壊した僕の時空が、無に帰ろうとしている。

 空を仰いで、目を閉じる。これは君が新しい時間に辿り着いた証左。なら、僕は受け入れよう。この時間の終わりを。僕の終わりを。

 そして君が、僕と新しい未来を築けることを祈ろう。

 ――けれど願わくば、君が〝僕〟のことを忘れずにいてくれんことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る